第10話孤独だった白根を救った亮平

今回は話の大本から少しだけ外れる。

亮平と真名の物語ではなく…

では慶秋と咲の話かと言われたら…

それも違う。

では誰の物語というのだろうか。

では…早速!




多田亮平の自宅で立食パーティという名の同窓会を終えて庭で話をしているところだった。


「今回白根はどうしたの?」


深瀬キキは後輩である葛之葉雫と香川初に問いかけていた。


「えっと…聞いた話によると忙しくて仕方がないらしいです。

毎日残業残業で殆ど家に帰れていないようですよ」


「そうなの?そんなに大変な職場なんだ?」


「そうみたいですね。アニメ会社ですからね。

ゲーム会社も大変ですけど…私は優遇されている方ですし」


「そっか…今度気晴らしに外に連れ出してあげたいね」


「ですね。本当は今日も来てほしかったんですけどね」


「まぁ無理はさせないほうが良いでしょ」


「ですね…」


三人はそこまで話をすると葛之葉雫は体に障らないように車の助手席に乗り込んだ。

葛之葉雫に別れの挨拶をすると深瀬キキと香川初は帰り道を歩き出す。


「いつ休めるか尋ねておきましょうか?」


香川初は少しだけ心配そうな表情を浮かべて尋ねた。


「うん。お願いできる?」


「任せてください」


そうして私達は駅まで向かい別々の帰路に就くのであった。



「久しぶり。元気している?」


香川初は深夜になる前に白根桃にチャットを送っていた。


「お久しぶりです。激務で挫けそうです…」


珍しく弱音を口にする後輩に香川初は少しだけ複雑な気持ちを抱いていた。


「大丈夫なの?無理してない?」


「無理は…していますね。でも私がやらないと…」


「そんな仕事は少ないと思うわ。

白根さんがやらないと回らない仕事なんて…

残酷なことを言うようだけど…

代わりはいくらでもいるでしょ?」


「分かっています。だからこそ必死でしがみついているんですよ。

先輩たちみたいにスポンサーが付いて自由が利く仕事をしているわけじゃないんです。

先輩たちみたいに代えのない仕事をしているわけじゃないです。

それは分かっています…

それでも…だからこそ私は必死で頑張っています」


「そっか…余計なこと言ったね。ごめん」


「そんなことは…私も言い過ぎました…」


「でも。そんな事を思っているなら…多田くんに会いに行ったほうが良いよ」


「どうしてです?一番私の話をわかってくれない人だと思うんですが…」


「だからこそだよ。話をわかってくれない…

価値観がまるで違う人と話すのが現状を変えてくれるヒントになると思うよ」


「本当ですか?」


「うん。それに皆…

白根さんが今日の同窓会に来られなかったことを残念がっていたよ。

もちろん多田くんも」


「そうですか…じゃあ連絡してみます」


「そうしなよ。自宅に赴いて腰を据えて話してみると良いよ。

ゆっくり落ち着いて顔を合わせて話すときっと良い気付きになる」


「わかりました。明日にでも連絡してみますね。ありがとうございました」


「いえいえ。無理しないでね」


そこで二人はお互いにスタンプを送りあってチャットを終了させるのであった。




ここで話は亮平に戻る。


現在僕は多田の初仕事を終えて帰宅した後に一息ついているところだった。

不意にスマホが震えて思わず手に取った。


「急で悪いのですが…お話を聞いてもらいたくて…」


後輩である白根桃からの久しぶりの連絡に僕は表情が綻んだ後に…

少しだけ不穏な雰囲気に包まれていた。


「大丈夫だよ。何かあった?」


「はい。仕事についてなんですが…

次の休みに先輩の家に向かっても良いですか?」


「もちろん。住所送っておくよ」


「ありがとうございます。話したいこと纏めておきます」


「うん。気軽い気持ちでおいでね」


「はい。ありがとうございます。では休みが決まったら連絡します」


そこで僕はスタンプを押してやり取りを終える。

そして真名と不破雪菜に後日来客があることを伝えるのであった。




白根桃から連絡を受けてから五日後のことだった。

彼女は昼過ぎに自宅であるアトリエへ赴いた。


「いらっしゃい。リビングでゆっくりしていて」


彼女は少しだけ緊張した面持ちで家の中へと入ってくる。

しかしながら彼女の緊張感を一気に吹き飛ばしたのは静だった。


「こんにちは」


拙い言い方でしっかりと挨拶をする静に白根桃の表情は一気に緩やかなものに変化した。


「こんにちは。お名前は?」


「せいです」


「そっかぁ〜。かわいいなぁ〜」


白根の緊張の糸は一気に綻んでリビングの奥に座る真名に視線が向かっていた。


「奥様。本日はお邪魔します」


「いえいえ。ゆっくりしていってください。

本日は亮平くんを頼ってお越しいただいたそうで。

満足いくまで話していってくださいね」


「ありがとうございます…」


白根はキッチンの方へと視線を向けるともう一人の女性である不破雪菜を見ていた。


「あちらの方は?お姉さんとかですか?」


白根は僕に問いかけてくるので思わず苦笑した。


「お手伝いさんみたいなものだよ。多田家お抱えの何でも屋」


「そうなんですね…。こんにちは。本日はお邪魔します」


挨拶をしてくる白根桃を目にした不破雪菜は思わず顔面を凝視していた。


「お疲れのようですね。今、お茶を入れます」


「すみません。こんな疲れた顔で来てしまって…」


白根桃は謝罪するように僕の顔を覗いていた。


「大丈夫だよ。座って」


僕の言葉に従って白根桃は対面の椅子に腰掛けていた。


「それで?話って?」


「はい。仕事についてなんですが…」


「仕事?好きな絵描けてる?」


「え?」


僕の唐突な質問に白根桃は思わず声が漏れてしまっているようだった。


「あ…えっと…そう言えば…描けてないですね」


「そうだろうね。合同で制作するってそういうものだもんね」


「はい…」


「まぁ僕は芸大時代にしか合同制作をしてこなかったけど。

あの時は気心の知れた仲間との作業だったから…

そこまで苦労は無かったけど。

まるで知らない人といきなりチームを組んで制作するのは大変だよね」


「そうですね…」


「自分自身の作品を作らなくなってどれぐらいが経つ?」


「えっと…卒業制作が最後ですね」


「そっか。それじゃあ結構経つね。休みの日にでも描いてみると良いよ。

眠くてそんな暇もないかと思うけど。

そこは自分に活を入れて頑張るしか無いんだけど。

きっと新たな気付きのようなものがあるよ」


「本当ですか?」


「あぁ。日常と違うことをしていると途端にレベルが上がるものだよ」


「そうなんですか?」


「うん。白根さんの今の日常は仕事の絵でしょ?

だから仕事以外の絵を描いてみるのをおすすめするよ。

きっと自分の上達に驚くよ。

僕がそうだったからね」


「先輩が?」


「うん。僕も自分のレベルを上げるためにいろんな技法で描くからね。

僕らにとってはマンネリが一番の敵だよ」


「………。わかりました。頑張ります」


「無理しないで。肩の力を抜いて描くんだよ」


「はい…」


そこで一度会話が終わると不破雪菜はリラックス効果のある紅茶を持ってやってくる。

僕らはそれをゆっくりと飲み心を癒やしている。

しばらく無言の状態が続くと…


「先輩の作品を観せてもらっても?」


「あぁ。良いよ」


そうして僕らは作業室へと向かう。

僕の家族についての絵画を目にした白根桃はあまりにもな光景に言葉を失っている。


「これって…先輩が全部描いたんですか?」


「そうだよ。可笑しい?」


「いえ…凄すぎます…全部違う人が描いたみたい…」


「そう観える?僕もまだまだだけどね」


「そんなことは…何処までいくつもりですか?」


「もちろん天辺まで」


「………そう言い切れるのは流石ですね」


「そう?口にしないと何事も叶わないよ」


「ですか…私もやってみます」


作業室を後にした白根桃は紅茶を飲み干すと真名と不破雪菜に挨拶をして玄関へと向かっていた。


「かえるの?」


静の見送りに白根桃は後ろ髪を引かれる思いだったことだろう。

光と真を抱いた僕と真名は玄関へと向かう。


「また来ると良いよ。静も白根さんを気に入っているみたいだし」


「静は誰に似たのか美人好きですから。またいらしてください」


「はい。今日は本当にありがとうございました。お邪魔しました」


そう言って白根桃は自宅であるアトリエを後にするのであった。




多田亮平の家を訪れた後日。

白根桃は自宅で自分の作品を作っていた。


思った以上に筆が進み…

新たな気付きやヒントなどを得て…


翌日から社内でも噂になるほどの頭角を現すようになる。

白根桃は再び多田亮平を偉大な存在だと尊敬の念を抱くのであった。

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