第7話懐かしい日常

第二子が産まれてすぐに三度目の海外美術館での個展が開催されていた。


「国内ではもう開かないのかい?」


現在、姉親子がアトリエにやってきている。

僕と慶秋は揃って作業室に籠もっている。

真名と咲と子どもたちはリビングでくつろいでいるようだった。

不破雪菜がおもてなしをしてくれているようで僕らは仕事の話をして過ごしている。


「そうだね…国内のことは良く分かっていないんだよ。

多田家と有名プロデューサーの協力で海外での活動が主になってきたね」


「へぇ。海外の方が反応良い感じ?」


「一度完全に受け入れてもらえるとね。

でも失望されると人気が簡単に落ちるのも確からしいよ」


「それは国内でも一緒じゃないの?」


「それもそうか。国内での個展は完全にノータッチに近いから…

多田家に完全に任せていて…

いつ開催されているかも知らないんだよね…」


「スタンスとしてはそういう感じなんだ。

完全に絵だけに集中できているんだね。

絵以外のことは完全に任せっきりって感じ?

給料とかちゃんと入ってくるの?」


「入っているんじゃない?

口座の数字を見る機会も完全に無くなってきたから…

真名さんが詳しく知っていると思うけど…」


「物欲とか無いの?何か買ったりさ」


「あぁー。今のところはそういう機会も少ないね。

真名さんの誕生日とか結婚記念日に何か買うけど…

全部カード支払いだから。

口座を見る機会は無いね。

言われてみて思ったけど…

どれだけお金を稼いだんだろう」


「税金関係とか大丈夫?」


「それはもちろん。しっかりとやっているよ。

多田家お抱えの税理士に依頼して。

いつもやってもらっているよ」


「そうか。それにしても…

同級生も芸大卒業したね。連絡は来た?」


「あぁ…どうだっただろう。

私生活が忙しくて…スマホを確認してなかった…」


僕の言葉を耳にした慶秋は呆れたような表情で嘆息した。


「やっぱりそうだったか…」


「やっぱりって?」


「いや…香川初さんから聞いたんだよ」


「香川さんから?懐かしいな…」


「香川さんも僕と同じ会社にスポンサードされているんだよ」


「そうなんですね。深瀬さんはどうしています?」


「頑張っているよ。キキちゃんも海外に向けて発信しているんだけど…」


「知らなかったな。結構売れているの?」


「亮平に比べたら…って感じ」


「そっか…なんか感じ悪かったよね。ごめん」


「そんなことないよ。僕らには差が出来すぎたからね」


「そんなことないと思うんだけど…」


「そんな事あるのさ…」


そこで慶秋は僕の新作をじっくりと観察するように隅から隅まで覗き込んでいるのであった。




一方その頃。

リビングで私達は子供を見ながら世間話を繰り広げている。


「いやぁ…一回目の出産はきつかったんだよね…

咲ちゃんはどうだった?」


「うーん。私も本当にきつかった…

酸欠で気絶するかと思ったよ…」


「それは…本当に大変だったね。お互いお疲れ様でした。

今日は雪菜さんが作ってくれる昼食を目一杯頂きましょう。

授乳のために栄養をしっかり取らないとだし」


「良いの!?私…めっちゃ食べるよ?」


「雪菜さん。大丈夫?」


私はキッチンで調理中の不破雪菜に問いかけていた。

彼女は問題無いと言わんばかりに微笑んで頷く。

静は既にお兄さんらしい顔つきになっているように思える。

妹の光を愛おしそうに眺めていたり…

従兄弟の糸にも笑顔を向けている。

日に日に成長していく息子を見て私は満足感を覚えている。


「咲ちゃんは…どう?」


「何が?」


私は脳内で浮かんでいた文字を口に出していたつもりだったのだが…

どうやら脳内で完結していた言葉だった。


「ごめんごめん。息子が出来てどう?」


「あぁー。そういうことね。

うん…端的に言って最高な気分だね。

幸せに包まれているって毎日思うよ」


「へぇ。やっぱりそうだよね。同居はどう?」


「お母さんがどう思っているかわからないけど…

私達は本当に助かっているね」


「そうだよね。協力してくれる人のお陰で私達は生きられている。

そんな感じがするね。

人は一人では生きていけないってすごく実感したよ」


「本当ね。真名も亮平も不破さんに感謝しないとね」


「そうね。いつも助かっているわ。ありがとう」


不破雪菜に感謝の言葉を口にした私に彼女は柔和な笑みで応えるだけだった。

だがしかし数刻遅れて…

不破雪菜は料理の手を止めてこちらにやってくると不意に口を開いた。


「あの…結婚ってどうですか?

子供が出来るってやっぱり幸せですか?

どういうところが幸せですか?」


彼女もどうやら結婚に興味があるようで…

私達に根掘り葉掘りと質問を繰り返していた。

私達はそれに一つずつ丁寧に応える。

不破雪菜はそれをメモに取っていて…

真面目だな…なんて簡単な感想を抱くのであった。



そして作業室から戻ってきた二人を加えて…

私達は昼食をいただきながら雑談をして過ごしていた。

子育ての苦労や…

しかしながらそれ以上の幸福感を分け与えあうように会話を繰り広げ…

息子自慢や娘自慢などをして幸せな時間が過ぎていくのであった。



こんなささやかな日常。

懐かしい感情と共に…

僕らは幸福な一日を過ごしていたのであった。




余談ではあるのだが…

僕はその日、久しぶりにスマホを手にして…

香川初に返事をして…

軽くお説教のようなものを受けたのだが…

しっかりと受け入れて謝罪をすると許してもらえたのであった。

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