第6話片割れの絵画を共に…
母親の助けのお陰で私達夫婦は非常に助かることばかりだった。
慶秋は仕事に集中できていたし私は育児に集中できていた。
母親は育児の助けをしながら家事を全面的に行ってくれている。
私が頼んだわけではなく…
母親は何も言わずに率先して力を貸してくれた。
どうして私が苦労するだろうポイントをしっかりと捉えて助けられるのだろうか…。
そんな事を軽く想像して…
私は答えのようなものにたどり着く。
きっと母親は私達姉弟を一人で育てたから…
自らが苦労した部分を覚えているのだろう。
誰かの手を借りたいと願っていた部分を分かっているのだ。
だから私が困ってしまう前に先んじて力を貸してくれる。
そんな母親を私は偉大な存在だと改めて認識する。
最大の感謝を伝えるように…
私と慶秋は母親に贈り物をするのであった。
私から母親に送ったものは花束だった。
仕事は辞めたのだが通帳の貯金はいくらか存在している。
そこからお金を出して…
私は母親に感謝の印として花束を贈ったのだ。
「嬉しいけど…特別な事をしているわけじゃないのよ。
娘が大変な事を分かっていて助けない親なんて居ないでしょ?」
母親はあっけらかんとした表情で少しだけ照れくさそうに苦笑しているようだった。
「それでもだよ。本当にありがとう」
私は感謝の言葉を口にすると深く頭を下げた。
そして慶秋はといえば…
「お母様と咲さん。糸と僕も一緒なんですが…
家族団欒の絵を描かせていただきました。
これは家に飾りたいのですが…」
慶秋が額縁に入った絵を渡すと母親は感慨深い表情を浮かべて絵を眺めていた。
もしかしたら少しだけ泣いているようにも思える。
だが…
「いやよ。見えるところには飾らないわ」
母親の意外な言葉に慶秋も私も面食らったような思いを抱く。
どの様にも捉えられる言葉に私達は顔を見合わせる。
「違う違う。そういう意味じゃないの。
私の自室に飾りたいわ。
出来れば…誰にも見せたくない。
それほど大事にしたい宝物を頂いたってことよ。
ありがとうね。慶秋くん」
「あ…そっちの意味でしたか…良かったです。
僕の絵なんて家に飾ったら恥ずかしいって意味かと思いました」
「それはありえないわ。こんなに素晴らしい作品を頂けるなんて…
本当に幸せよ。
亮平は未だに私達に本格的な絵を贈ってくるようなこともないのに…
義理の息子から先に頂けるなんて…
本当に幸せよ。ありがとう」
「ははっ。亮平は僕とは違い世界的画家ですから…
それは難しいんじゃないですか…?」
「世界的画家でも私の息子なのよ。どんなに偉い立場になっても…
亮平はいつまでも私の息子のまま。
それはいつまでも変わらないことなのよ」
「そうですね…」
「とにかく。二人共本当にありがとう。
自室に飾らせていただくわね」
母親は私達に深く頭を下げるので私達もつられて深く頭を下げるのであった。
一度僕たち多田の話に戻る。
「真名さん。今回の出来はどう思う?」
そろそろ僕の絵に対する審美眼が完璧になってきているであろう真名を僕は作業室へと案内する。
「うん。凄く良いと思うよ。なんだか描く事に成長してない?
未だに絵画能力の成長期なの?
世界的画家なのに?
亮平くんはどうなっているのよ…」
真名は少しだけ呆れるような表情を浮かべてヤレヤレとでも言わんばかりに首を左右に振ってみせた。
「未だに成長していると思いますか?」
「もちろん。前回よりもいい作品だと思うな」
「それは安定して実力が出せていないと言う意味ではないですか?」
「違う違う。毎回最高到達点に手をかけているって感じだよ」
「そうですか。それなら良いのですが…」
「何か気掛かり?」
「いえ…もう二度と全く同じ絵が描けないんだなぁと思いまして…」
「それは当然じゃない?全く同じのなんて無理だよ」
「そうですね…傲慢な考えでした…」
「でもどうして同じ絵を描きたいだなんて思ったの?
同じ作品が二つあっても…
言い方が悪いけれど…仕方ないでしょ?」
「あぁー。まぁそうなんですが…野田の家にも贈りたいなって思っただけですよ」
「そっか…それじゃあ無神経なこと言ったね…ごめん」
「いえいえ。野田には多田家に関係のない絵を描いて贈ろうと思います」
「多田に関係ない?」
「そうですね。僕の思い出の中にある母や姉の事を想像しながら描こうかと」
「それって多田に関係ないの?」
「ありますか?」
「うーん。亮平くんの幼少期を描いた絵だって…多田は欲しがると思うよ?」
「そうですか。それは有り難いですね。じゃあ二作描きますよ。
先に多田家に選んでもらって…
もう一作品は野田に贈っても良いですか?」
「そうね。それはなんだか素敵だわ。
多田と野田の両家にしかない幻の作品になりそう」
「じゃあこういうのはどうですか?
作品を半分にして両家に渡します。
二つ揃うとやっと一作品になる。
どうでしょう?」
「凄く良いと思う。ロマンチックで素敵だわ」
「じゃあ早速作業に入りますね」
「うん。無理しないでね」
そうして僕はこの日から特大キャンバスを使って絵画を描いていくのであった。
もちろん先程自らが口にしたように…
野田家で過ごした幼き頃の記憶を頼りに筆を動かし続けるのであった。
そんな作業に追われ続ける時間が一年近く経過して…
真名は娘を出産していた。
彼女に似て可愛らしい顔つきの娘を見て…
僕は信じられないほどの使命感のようなものに苛まれていた。
(この子を絶対に守らないと…危険な目には絶対に遭わせない…)
そんな強い使命感に気付いた真名はフフッと生暖かく微笑んでいた。
「どれだけ強く思っていても…
娘が親の言う通りに動くと思わないほうが良いわよ。
いつかは絶対に良い人を見つけて連れてくるんだから」
「まだまだ先の事を…今言わないでよ…」
「覚悟しておいてって話」
「そっか…」
そこで僕らは会話を終える。
出産の報告に多田家を訪れた僕らは半分にされている絵画を両方見せる。
そして事情を説明して…
多田家は快く了承してくれて片方の絵画を選んだ。
そして出産祝いにとあれやこれやと色々なものを頂いていた。
食事をして僕らはその足で野田家を訪れる。
同じ説明をすると…
「一足遅かったわね。慶秋くんに先に貰ったわよ…」
母親は珍しく少しだけ拗ねているように思えて僕は苦笑した。
「仕方ないでしょ。僕は多田家に婿養子に入ったんだから。
優先するのはどうしても多田になってしまうよ。
母さんに対して今までの感謝を忘れてはいないけど…」
「なんて冗談よ。あんたが絵を贈ってくれるとは思わなかったから…
少しだけ意地悪を言ったわ。
世界的な画家さんに絵を頂けるなんてね…
本当に幸せよ。ありがとう」
母親と僕が話をしている間に真名は息子の静と娘の
「家族があっという間に増えるのも嬉しい悲鳴ね」
母親は孫たちを目にして柔和な笑みを浮かべている。
「そうだね。立て続けに産まれてきてくれて嬉しい限りだけど…
母さんは大丈夫?疲れていない?」
「ん?もちろん疲れているわよ。でも心地の良い疲労だわ。
何よりも疲れるのはしっかりと毎日働いて誰かの役に立っているってことだと認識できるでしょ?
最期は棺桶の中で永い永い眠りにつけるのよ。
それまでの人生では沢山の人の為になりたいわ。
それこそ今は咲たちの役に立てるよう努力しているわよ」
「母さんはやっぱり偉大だな。尊敬すべき母親だよ」
「そんなたいしたことないわよ。
さぁ。そろそろ帰って次の個展のために作業に取り掛かりなさい。
亮平の新作を待っているのは世界中の人々なんだからね」
「うん。短い時間でごめん。また時間を見つけて来るから…」
「いつでもおいでね」
それに頷くと僕は真名の下に向かい姉たちと軽く雑談をすると車に乗って帰路に就くのであった。
未来の多田家と野田家に計り知れないほどの値段がつく絵画を残せたであろう事に安堵しながら…
しかしながら僕がその絵の価値を知るには今の人間の寿命では不可能なのであった。
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