第4話新たな家族の物語

「多田家当主の命により…馳せ参じました」


チャイムが鳴ってアトリエの玄関を開けると…

そこには見覚えのある懐かしい顔をした女性が立っていた。


「不破さん。お久しぶりですね。中に入ってください」


「お邪魔します」


そうして不破雪菜は大きな荷物を持って家の中に入ってくる。

荷物をリビングの脇に置くと彼女は改めて挨拶をする。


「ご当主様の命により本日より使用人として私をお使いください」


不破雪菜は本題を口にすると僕らに対して深く頭を下げた。

僕と真名は顔を見合わせている。

どの様に受け止めれば良いのか…

そんな事を考えていた。

何よりも僕らの家に新たな住人が出来ることを少しだけ危惧していた。

真名だって少しの不安を覚えているだろう。

自分以外の女性が自宅に居るというのは幾許かの不安を感じていても可笑しくない。

しかしながら僕らの沈黙を破ったのは…

何を隠そう静だった。

静は拙い足取りで不破雪菜の下まで向かうと足にしがみつく。

その様子を見た僕らは自然と笑みが溢れる。


「抱っこしてほしそうですよ」


そんな言葉を不破雪菜に言ってみせると彼女は微笑んで静を抱きかかえた。


「雪菜さんのおおらかな雰囲気を感じ取ったんじゃない?」


真名は微笑んで応えると少しだけ張ってきたお腹を擦っていた。


「私を受け入れて貰えるのであれば…何でも協力します。

協力は惜しみません。

文字通り何でも致します。

その代わり真名様は第二子の事に集中してください。

亮平様は次回個展に向けて作品作りに没頭してほしいです。

如何でしょう」


僕と真名は再び顔を見合わせるとお互いに少しだけ複雑な表情を浮かべていたことだろう。

しかしながら最後は不破雪菜の腕の中で嬉しそうに笑みを浮かべている静を見て決断をするのであった。


「じゃあ頼みます。静も随分簡単に懐いたみたいなので…」


「不思議です。私が子供に懐かれるなんて…」


「どうして?雪菜さんは子ども嫌いだっけ?」


「そうではないのですが…今まで大人とばかり関わってきたもので…

汚い世界も大人の世界も様々知っているつもりです。

そこに子供という存在は往々にしてありません。

ですので…

子どもとどの様に接すれば良いのか…

わからなくて…」


「大丈夫ですよ。今のままで。

静が嬉しそうにしています」


「美人に弱いのは亮平くんに似たんだね」


真名は少しだけトゲのある含んだ言葉を言って口を尖らせていた。


「真名様。ご心配なく。亮平様が不貞をなすようならば…

すぐさまご当主様にご報告と決まっております。

何卒ご心配なく…」


「なっ…僕にそんなつもりは…!」


僕が口を開いたところで二人は大げさに笑って見せる。


「冗談に決まっているじゃん。そんな心配してないよ」


「左様です。亮平様が真名様以外に視線を送ることは無いと。

多田の人間は皆…存じ上げております」


「そう…ようやく信用を得たと言っても…」


「そうね。そのまま精進するように」


「はい…」


真名に対してそんな返事をすると僕らは再び大げさに笑って不破雪菜を歓迎することが決定したのであった。



その日から僕は再び絵に集中することになる。

家事や育児の殆どを不破雪菜に任せて。

真名は静に授乳したり第二子の健康を思ってしっかりとした食生活を送っていたり。

睡眠時間もしっかりと確保して過ごしていた。

僕ら夫婦にどれだけの子供が出来るのか。

それはまだわからないことなのだが。

僕らは変わらずにイチャイチャして過ごしていた。

もちろん不破雪菜の見えない寝室で…。




使用人の不破雪菜というイレギュラーな存在により僕の創作意欲は鰻登りになっていく。

不破雪菜と静の二人を描く作品や。

そこに妊婦の真名と僕。

沢山の構図で家族の絵画を描いていった。

今までにない程に創作意欲が湧いており僕の筆は止まらなかった。

いつまでも何処までも描いていられるような全能感に包まれながら。




そして…

使用人である不破雪菜を加えた新たな家族の物語が始まろうとしていた。

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