第八章 家族の話

第1話完全復活!

僕の父親は幼い頃に亡くなったらしい。

だから僕は父親というものがどういう存在なのか…

しっかりと理解しているわけではない。


しかしながら僕の母親はどちらの役割も担ってくれていたことだろう。

だから厳しい母親だったし酷く優しい母親だったと思う。

僕は片親だったがそれを不憫に思ったことはない。

僕らの母親は偉大な存在だと胸を張って言えるだろう。


そんな母親が僕にしてくれた数々の優しさを思い出しながら僕は初めての息子と相対する。

自分に息子が出来ると言うのは不思議で複雑な気分だった。

自分に似て欲しいとも思う反面…

絶対に似て欲しくない…。

そんな臆病で繊細な一面が顔を出す。


仕方ないではないか…

僕は自分を誇れるような人間ではない。

僕に似るぐらいならば…

愛おしい真名にそっくりな優しく心の広い人間に成長して欲しい。

そして誰かが困っている時はいつでも手を差し伸べるような…

そんな人間になって欲しいと願う。


静を愛おしそうに眺めると真名と同じように他人に愛される人間になって欲しいと願ったのであった。



記憶が戻り意識が統合されて僕は初めて作業室に向かっていた。

違う人格の僕が描いた作品が二作ほど作品棚に展示されている。

僕に対して何かのメッセージでも残すようなその作品を眺めて僕は何を思ったのだろうか。


「早く帰ってこい」


「愛おしい人を泣かせるな」


「もう僕だって限界だぞ」


「疲れているのは僕だって一緒だ」


「僕にばかり頼るなよ」


まるで違う人格の僕が僕に対して愚痴を溢しているようだと…

そんな事を何故かはっきりと理解していた。


そして僕はその作品を誰にも見せたくないと独占欲にも似ている感情を抱く。

僕だけの秘密の作品。

内なる自分、異なる人格の自分とだけの内緒の会話。

秘密の作品。

そんな事を勝手に妄想しながら作品を大事にしまう。


僕は再び筆を執ることを決めると久しぶりに作品へと向き合うのであった。



以前のように深い集中に入ることを少しだけ拒んだ。

もっと気を抜いてリラックスしたイメージで筆を執る。

脳内に浮かんでいるイメージをただキャンバスにぶつけるだけ。

深く集中などしない。

僕のあるがままのイメージをキャンバスへと描いていくだけ。


そんな時間を三時間も過ごして。

描きかけのキャンバスを放置すると僕は真名と共に家事へと向かう。


僕が作業している間、真名と静は昼寝をしていた。

二人が目を覚ますと僕らは揃って家事を行う決まりになっている。

もうどちらか片一方に負担をかけるのは無しという決まりになったのだ。


「おはよう。作業はどうだった?」


「うん。順調。以前より楽に描けている気がする」


「そう。それは良かった。出来たら観せてね?」


「もちろん。一番に観せるよ」


「ありがとう。楽しみ」


「そっか。今でも楽しみに思ってくれるの?」


「当たり前でしょ。しばらく新作を観てないんだから…」


「そうだね。頑張って仕上げるよ」


「うん。じゃあ早速二人で家事をしましょう」


そうして僕らは家事を恙無く進行していく。

静はベビーベッドで再び熟睡中だった。

真名は数時間に一度は授乳を行っていて僕はその間、家事に専念していた。


僕の脳はもう簡単に疲労を感じるようなこともなかった。

きっと以前は緊張や不安で普段以上に疲労を感じていたのだろう。

誰のせいでもない。

僕自身が初めて親になることに緊張していたのだろう。

父親の存在を覚えていない僕は異常に心配していたのだ。

僕という存在が静にどの様な影響を及ぼすのか…

そして僕は静の支えになれるのだろうか。

そんな事を異常に心配していたのだろう。

僕はしっかりと父親になれるのか。

そんな心配をしていたのだ。


今なら理解できる。

僕がどうしてあそこまで心配になっていたのか。

単純で簡単な不安からだったのだ。

自らが父という存在を知らず…

お手本がないことに不安を覚えていた。

今になれば分かること。


それでも以前の僕は張り詰めていたし信じられないほどの緊張を感じていた。

しかしながら今は真名と二人で支え合い協力し合っている。

これで僕はもう心配ない。

大丈夫。

静が産まれてきて…

僕の不安は杞憂だと今になって理解したのであった。


僕は息子にとって良き父親になれるのか。

それはこれから一生を掛けて証明することになるだろう。

僕がいつか亡くなる時に静や…

他にも息子や娘ができるかもしれない。

孫や曾孫も出来るかもしれない。

そんな彼ら彼女らに僕は良き父親だったと良き祖父良き曽祖父であったと思われたい。

僕の母親のような偉大な存在でありたいと…

そう願うのであった。



僕と真名は家事を終えると時間を見つけて庭に出ていた。

二人でゆっくりとした時間を過ごしながら疲れを癒やす日々。

僕と真名と静の日常はここから再び始まる。


いつまでも何処までも果てしなく続く幸福に包まれながら。

僕らは今日を乗り越えてまた明日へと…

毎日の日々を過ごしていくのであった。



またいつか僕と真名の子が出来て家族が増えることをイメージしながら…

今夜も僕らは静が眠っている間にイチャイチャして過ごしていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る