第4話別の貴方でも愛している

脳を休めるということは考え事をしないとか眠る時間を多くするとか…

そんな解決策をすぐに思いついたのだが…

それには無理がある。


まず生きている上で何も考えないで生きることは難しい。


産まれて間もない静がいるのに僕だけ無責任に長時間眠ることも難しいだろう。

そんな当たり前の理由から僕の脳は完全に休むことなど出来ない。



「授乳してくるからゆっくりしていて大丈夫だよ」



とは言え真名は僕に優しい笑みを向けるといつものように甘やかすような言葉を口にする。

しかしながら僕はそれに了承することも出来ずに首を左右に振った。


「元の僕は早く戻りたいと言っているはず。

そのためにはゆっくりと休む必要があるのも理解している。

でも同時にどちらの僕も真名さんに負担をかけたくない。

今ここで真名さんまでダウンしたら…」


「私なら大丈夫よ。だからゆっくりして?」


「それでも。毎日夜中も起きて授乳しているでしょ?

それを当然なことだなんて言えるわけ無い。

夜中に何度も起きるから日中だって眠いはず。

それなのに家事の全てを任せるなんて…

僕には耐えられないよ」


「ふふっ。やっぱり亮平くんは亮平くんだね」


「どういうこと?」


「きっと記憶を失う前の亮平くんも同じようなことを言って…

疲れていても家事を手伝ってくれるんだと思う」


「そう…そうだったら嬉しいよ」


「うん。じゃあ無理をしない程度にお願いできる?」


「任せて。少し眠ってくると良いよ」


真名は僕の言葉を優しく受け取ると柔和な笑みを浮かべて頷いた。

そのまま静を抱いたまま彼女は寝室へと向かう。

僕はそこから家事を行い。

真名と静が起きぬように極力物音をたてずに家事を行うのであった。



「休めって」


再び脳内に僕の声が聞こえてくる。


「分かってる。でも今の真名さんを見てないからわからないだろ?」


「まぁ…そんなに忙しそうなのか?」


「当たり前だろ?産まれて間もない赤子がいるんだ」


「そうか…実際に体験しないとわからないことだった…」


「それは仕方ないけど…真名さんはかなり無理をしている」


「そうなのか?」


「あぁ。僕にはあまり見せないけど…相当疲れている」


「それは困ったな…じゃあ僕じゃなくても…お前でいい。

助けになってやってくれ」


「分かっている。だから今だって休まずに家事をやっている」


「そうだったな。じゃあしばらく頼む」


「あぁ。休める時はしっかり休むから。焦るなよ」


「分かっている。戻った時は…僕が…」


「大丈夫。お前の気持ちは分かっている」


「そうか。お前も僕だもんな」


「そういうことだ。これも疲れるんだろ?」


「そうだったな。じゃあ会話を終えるぞ」


そこでもう一人の僕との会話は終了して家事を恙無く終了させる。

家事も終わり真名と静がお昼寝をしている間。

僕は紙とペンを手に持って手紙を書いていた。

内容はこんな感じである。



「真名さんへ


唐突に記憶喪失になって精神乖離して僕も初めは不安だった。

けれど僕の愛する人が真名さんで本当に良かったって思っている。


初めて会った時…

すぐに安心したし理解したんだ。

僕を深く愛してくれている人で僕も深く愛している人だって。

真名さんはイメージ通りの人で僕は自分の直感を信じてよかったって思った。


真名さんもきっと不安だったと思う。

僕が元の僕とあまりにもかけ離れた存在だったら…

そんな事を不安に思ったのかもしれない。


どれだけの差異があるか。

僕には計り知れないところではあるのだけれど…

それでも僕は元の僕とそう変わりない存在でいたいと思う。


真名さんと静を大事に思うのは当たり前として…

僕に出来ることがあれば何でも頼ってほしい。


真名さんが疲れていることを僕は理解しているから。

その助けになりたい。

と言うよりも助けになれないと元の僕と今の僕がお互いを叱り合うことになる。


言えてなかったけれど…

実は最近…

脳内で声が聞こえるんだ。

それは紛れもなく元の僕の声で…


元の僕も早く戻りたがっている。

そのためには僕がしっかりと休む必要があるんだけど。

今の状況からしてそれは無理。


だから頼まれたんだ。

真名さんの助けになってくれって。

だから何でも僕に頼ってほしい。


いつか必ず僕は元の僕と一緒の存在になるから。

安心して欲しい。

元の僕もきっともう逃げたりしないだろうから。


僕が戻ってきたら…

目一杯に甘やかしてあげてください。


それと…

何か言い残したことは無いか…

あ…そうだ。


最後に今の僕のことも忘れないで…


時々思い出してください。

願うのはそれだけです。


                            亮平より


追伸。

家事を終えて昼寝をしていると思うので読んだら起こしてください」



手紙を描き終えた僕はテーブルの上にそれを裏返しで置いてリビングのソファで横になった。

しばらくして起きてくるであろう真名の姿を思い浮かべながら僕は静かな眠りにつくのであった。





静が泣き出して私は目を覚ます。

あやす様に抱くとそのままリビングへと向かった。

そこには亮平からの手紙があり私の表情は綻ぶ。

嬉しい気持ちと同時に少しだけ切ないような感覚を覚えてその手紙を丁寧に畳んだ。

そのままポケットにしまうとキッチンへと向かう。

そこにはしっかりと夕食が作り終えてあり私の心は何とも言えない感情で満たされていた。

リビングで眠る愛おしい相手を眺めながら…

暫くの間その寝姿を眺めて微笑んでいるのであった。




こんな私達の非日常的な日常がいつまで続くのか…。

そんなことを考えながら今の亮平のことも愛おしく感じるのであった。

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