第2話歪だけど慣れ親しんだ日常

「朝起きたらまず何をしていたんだろう?」


目を覚ましてすぐに僕は自らに問いかけるように独りごちる。

真名は静の授乳があり何度も起きていた為まだしばらく眠っていることだろう。

母親というのは偉大だな。

などと簡単な感想しか出てこなかった。

しかしながら僕に出来ることは何か無いか。

目覚めてすぐにそんな思考に至る自分が可笑しく思えた。

今の僕からしたら真名だって先日出会った女性に過ぎないはずなのに…。

彼女のことをどうしても大切に感じてしまう。

真名を幸せにしたい。

彼女に苦労をかけたくない。

僕の本心と言うか本能はそんな事を考えていた。


とにかくキッチンへと向かった僕は朝食を作ろうと冷蔵庫の中身を漁っていた。

物音に気付いたのか真名は慌てた様子でキッチンへと顔を出す。


「ちょっと!?何やってるの!?」


何をそんなに慌てているのか。

僕は理解できずに首を傾げることしか出来ない。


「何って?朝食作り?」


「いやいや!何もかも自分でやろうとして…今の状況になったの忘れたの?」


真名は慌てた様子で僕の腕を握ると寝室まで連れて行く。


「でも…結局どちらかがやることになるんだから…」


「それはそうね。それでもとりあえずしばらくは休んでほしいの…分かってくれる?」


今にも泣き出しそうな真名を目にして僕は事の重大さに遅ればせながら気付く。

どうしようもない表情を浮かべた僕は頷いて大人しくベッドで横になる。


「私ももう少し寝たいから。もうちょっと休もう」


それに頷いた僕は静かに目を閉じると再び眠りの世界へと誘われていくのであった。



眠りから覚めた時。

隣には真名の姿がもう存在していない。

大きく伸びをしてリビングに顔を出すと…。

彼女は平然とした表情で家事を行っている。

僕は少し焦った表情で彼女の下へと向かう。


「大丈夫よ。ちゃんと休めたから」


「僕も手伝うよ」


「いいのいいの。静のこと見てて」


「でも…」


「それも父親として立派な育児でしょ?」


「そうですね…」


僕は真名に言い包められるとベビーベッドで横になっている静をあやすように声を掛けて過ごす。

真名はその間に家事全般を行っている。

いつの間にか朝食が出来上がっており僕らは揃ってそれを頂くこととなる。

何処か懐かしい味と愛おしい人の作った手料理に涙が溢れてきそうだった。

元の僕はいつもこんなに美味しい手料理を食べていたのか…。

そんな事を考えると自らのことだが贅沢者だと思ったのであった。



昼になる前に作業室に向かおうとしている僕を真名は制止する。


「今はやめておいたら?」


真名の心配そうな表情を他所に僕は微笑んで首を左右に振る。


「大丈夫。なんだか描きたい気分なんだ」


「でも…」


「心配ないよ。ヤバそうになったら戻って来る」


「分かった…」


そうして僕は作業室に入ると新しいキャンバスに筆を走らせていく。

目覚めてすぐに誰かの為に絵を描かなければと感じていた自分を思い出す。

あれはきっと真名の事を想っていたのだろう。

真名のためを想って我が子である静の事を想って…

僕は記憶を失って初めて筆を執ったのであった。



数時間の作業が終了して…

キャンバスを眺めた僕は首を傾げる。

今まで僕が描いてきた作品と何処か似通っている。

自らの癖とでも言うのだろうか。

特徴を捉えていた。

きっと僕の身体は覚えているのだ。

自らの絵の描き方を…。


作業を終えてリビングに戻ると真名は静と遅い昼寝をしていた。

起こさないようにキッチンに向かうが…

真名は既に夕食を作ってくれていた。

彼女らの下へと戻ろうとして不意にテーブルの上に置いてある紙が目に入った。

それを何気なしに手に取る。

裏返して…。


「亮平くんへ


私が妊娠中。

家事の全てをやってくれて本当にありがとう。

大変だったでしょ?

久しぶりに家事をして私も改めて大変さを理解した。


それに画家としても作品を作り続けて…

本当に脳が疲れているんだろうね。

休める時にちゃんと休んだほうが良いよ。


皆、心配している。

焦る必要はないけど…

ちゃんと戻ってきてね?


でもまた亮平くんと一から恋愛が出来ているみたいで…

これはこれで楽しい嬉しい気分だよ。


ってごめんね。

記憶を失って精神が乖離して辛いのは亮平くんなのに…

不謹慎な言葉だったよ。


でもまたいつもの亮平くんに戻ってくるって私は信じているから。

今は自らの心の中でゆっくりと休んでね。


じゃあまた。

手紙を書くね。


                        真名より


追伸。

お昼寝していると思うから手紙を見たら起こしてね…♡」




何処までも優しく愛情溢れる真名に僕の心は完全に持っていかれていた。

優しい手つきで真名の身体を揺すると彼女は目を覚ます。


「あ…おはよう。手紙に気付いてくれたんだ?」


「まぁね…本当にありがとう」


「いえいえ。想っていることを伝えたかっただけだから」


「そっか。元の僕には戻った時…沢山愛の言葉を贈るように言っておくよ」


「ふふっ。そうね。期待している。少し早いけど夕食にしましょう」


「うん」


そうして僕らは少しだけ歪な日常に段々と慣れてきていたのであった。

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