第8話久しぶりに感じる行き詰まり

次の個展の予定は既に用意されていた。

僕と真名は多田家に訪れて打ち合わせに励んでいる。


「それで?新作の状況はどうだ?」


多田家のお祖父様は僕ら二人を交互に眺めるとにこやかな表情を浮かべている。


「えっと…新作なんですが…どれも真名さんに贈ってしまいまして」


「ほぉ。多田家に売らずに真名に贈った作品があると?」


「はい。申し訳ありません」


深く頭を下げて謝罪の言葉を口にするとお祖父様は少しだけ悪い笑みを浮かべた。


「いや。それを貸して貰えないか?個展最終日だけでも構わないのだ」


お祖父様は真名と僕に問いかけるようにして口を開く。


「えっと…どういうことでしょう?」


「うむ。多田亮平が妻にだけ贈った幻の絵画として個展最終日に飾りたい。ダメか?」


僕と真名は顔を見合わせてどうするべきかを悩んでいた。


「真名さんの好きにして良いよ。作品は既に僕の手から離れているから」


「そう?じゃあお祖父様のために…多田の利益のために私も一肌脱ごうと思うよ」


「そうか。では貸してくれるのだな?」


「もちろんです。しかし…本当に大切な作品なのでくれぐれも大切に扱ってください」


「もちろんだ。有り難く活用させて貰う。その様にアナウンスしてもいいだろうか?」


「はい。

多田亮平が妻のためだけに描いた貴重な絵画を観られるのは個展最終日だけ!

みたいな感じが良いんじゃないですか?」


真名はお祖父様にその様に助言していた。


「そうしよう。では打ち合わせは終わりとして…食事でもしていくか?」


「はい。頂いていきます」


僕と真名はそこから多田家の面々に囲まれながら食事を頂くのであった。



そこから数日が経過した頃。

僕はいつものように作業室で作業に打ち込んでいた。

個展まではしばらく時間があるため多田家の為に一つでも多くの作品を用意しておきたかったのだ。

決まり切った技法ではなく僕だけのオリジナルな描き方でキャンバスを満たしていく。


本日真名は実家に向かっていた。

その理由は僕が真名のためだけに描いた絵画を届けに行っているということだ。

真名のいない時間で僕はひたすらに作業に打ち込んでいた。

深く深い集中に潜りながら…


だがしかし…

僕はどこかしら自らの能力の限界を感じていたのかもしれない。

毎回違う作品なのだが…

何処か僕らしさが全面に滲み出てしまう作品を眺めて筆が停まってしまう。

別に他人が見たらわからないぐらいのことだっただろう。

しかしながら僕は自らの作品に疑問を抱いてしまう。

疑問を抱けば抱くほど筆を取る気にはなれず…


とりあえず僕は気分転換のためにキッチンへと向かう。

コーヒーを淹れてマグカップに注ぐと庭先のテーブルに向かう。

暑い夏の生ぬるい風に吹かれながら…

僕はこの先どの様にするべきなのか悩んでいた。

そんな時…

唐突にスマホが震えてポケットからそれを取り出す。


「久しぶり。個展も大盛況で最近は燃え尽き症候群になっているんじゃない?」


相手は慶秋だった。

僕は見透かされているような気分になり苦笑した。


「そうかも。自分の作品の限界を感じつつあるよ」


「限界?亮平にそれは無いだろ」


「でも…そんな気がしてしまうんだ」


「気の所為だと思うけど。今は何しているの?」


「庭で休んでいるところ」


「行っても良い?」


「どうぞ。待っています」


「分かった。すぐに向かう」


僕と慶秋はそこでチャットを終える。

そのままキッチンに向かうと慶秋のためにコーヒーやお茶菓子の支度をして待つのであった。



数十分後に慶秋はアトリエである自宅を訪れた。


「いらっしゃい。今日は姉と一緒じゃないの?」


「うん。咲さんは仕事だよ」


「そっか。入って。まずはコーヒーでも飲んでよ」


「わざわざありがとう。お邪魔します」


慶秋は家の中に入るとリビングへと足を運んだ。

椅子に腰掛けた僕らはコーヒーを頂きながら話の続きをしていた。


「それで?限界を感じているの?」


「そうなんだよね。

自覚していたんだけど…

ずっと順調に成長していたからさ…

今はもしかしたら停滞しているかも…」


そんな弱音の様な言葉を耳にしても慶秋は薄く微笑んでいるだけだった。


「最近の作品を観せてよ」


「良いよ。今、描きかけている作品しか手元にないんだけど…」


「手元にない?」


「うん。実はまた個展を開くことになってさ」


「そうなんだ。凄い躍進だね」


「ありがとう。でも停滞感を感じてしまったら…前に進めなくてね」


「まぁまぁ。まずは観せてよ」


それに頷くと僕と慶秋は作業室へと向かった。

慶秋は作品を眺めてはウンウンと頷くだけだった。


「今回もだけど…亮平が何に悩んでいるのか…

僕には理解できない領域にいるみたいだ」


「そんなことは…」


「まぁでも悩めるだけ悩みなよ。今までの作品のお陰でしばらくは食べていけるでしょ?」


「そうだね」


そうして僕らはリビングに戻るとそこからは、お互いの近況について話をするのであった。

慶秋と姉の咲は良い交際をしているらしく…

年内にでもプロポーズをしようと考えているんだとか…

僕はそれを快く感じて自分のことのように喜ぶのであった。



真名が帰宅してきて本日の出来事を言って聞かせていた。

慶秋が訪れたことや作品の筆が止まってしまったことなどを話ていた。


「う〜ん。絵のことだけは本質的に私も力になれないからなぁ…」


「いやいや。話を聞いてもらえただけ助かるよ」


「そう?良かったらお祖父様に話てみようか?」


「う〜ん。まだ大丈夫だよ。自分でどうにかする」


「そう?どうしようもなくなったらちゃんと言ってね?」


それに頷いて応えると僕と真名の二人きりの甘い夜は過ぎていくのであった。



再び個展が開かれて…

多田家のお祖父様に僕は呼び出される形で現場に向かうことになる。


「おぉ。亮平。良く来たな」


お祖父様の隣には海外の老男性の姿があった。

高級そうなスーツに身を包み右手にはステッキのような物が存在している。


「真名から聞いたぞ。行き詰まっているんだって?」


「あ…聞いたんですね…」


「何故もっと早く相談しない?」


「ご迷惑をおかけしたくなくて…」


「何を言う。家族だろ?そんなわけで彼を紹介する。ワシの友人じゃ」


お祖父様はそう言うと隣に立っている老男性を紹介してくれる。


「Jとでもお呼びください」


Jと名乗る老男性は僕に右手を差し出してくる。


「多田亮平です。よろしくお願いします」


「うむ。それで亮平の作品についてなのだが…」


そこから僕とJの芸術に対する談義は始まろうとしていた。

それは次回で。

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