第6話二人の日常。明日へ向かう

「新進気鋭の大型新人画家!大躍進の個展デビュー!」


「初日から満員御礼!新人画家多田亮平に迫る!」


「多田亮平を知らないとにわかだと言われかねない世の中がやってくる!

今のうちに芸術ファンは要チェック!」


「多種多様な技法で繊細かつ大胆で奇抜な作品集!

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概要欄をチェック!」


「血の滲む努力と人間関係で得た気付き!

野田亮平の独占インタビューは59pから!」



雑誌やテレビやラジオやネット記事などでこの様な見出しのものが大きく取り扱われていた。

僕は自らの記事を読む気にはなれなかったが…

どうしても目に飛び込んできてしまう。

それぐらい世界中の人々の注目の的へとなっていた。


真名の作ってくれる朝食を取った僕は作業着に着替えて本日も作業部屋に籠もる。

深く集中しても以前感じたような脳が二つになった感覚はやってこない。

あれは良い感覚だったのか…

それとも精神的に疲れていた僕の心や脳が乖離していたのか…

どちらか僕には判断ができなかったが…

本日も深い集中の中で筆を動かし続ける。


現在は久しぶりに油絵を描いているところである。

作業部屋から見える自宅の庭の景色を描いているところ。

ありふれたアイディアで突飛な所は一つもない。

今回の絵画を僕は何処かに売るつもりは無い。

ただ気休め程度に筆を動かしている。

仕事ではなく趣味の延長線上のような意識で気軽い気持ちで筆を動かしていた。

それでも深い集中に入るのは既に癖や習慣になっているのだろう。

そんな自分が少しだけ可笑しく思えて薄く微笑むと昼過ぎまで筆を動かし続けるのであった。



作業を一時中断させることは非常に珍しいことだろう。

筆を置いた僕は席を立って一度伸びをする。

身体が固くなっているようで明らかに疲労を感じていた。

作業部屋を出ると真名は丁度お昼ご飯を食べている所だった。


「あれ?珍しいね?お昼食べる?」


真名からの誘いに僕は軽く頷くとソファで横になった。


「疲れてる?マッサージでもしようか?」


「真名さんだって疲れているでしょ。気にしないで」


「良いから良いから。たまには甘えて」


真名はそんな言葉を口にして昼食を一時中断してこちらにやってくる。


「はい。うつ伏せになってくださ〜い」


その甘い声音に従って僕はうつ伏せの態勢を取った。

真名は僕の首から背中、おしりから足まで全てをマッサージしてくれる。

僕は途中からウトウトとしていて殆ど眠っていたことだろう。

最後の仕上げとでも言わんばかりに真名は僕の手を握る。

真名は手のマッサージを重点的に行なってくれているようで…

僕は本格的に眠りにつくのであった。



ソファの上で眠りから覚めた僕は窓の向こうの景色を眺める。

明らかに夜の帳は降りており辺りには夜がやってきていた。

時計を確認して僕は驚く。

既に十八時を指している。

寝過ぎたと思いガバっと起き上がると…。

もう一つのソファの上で真名は眠りについていた。

起こさぬように静かな足取りでキッチンまで向かうと…

夕食の支度までバッチリと整っていた。

真名の献身的な支えで僕は今日も生きている。

そんな事を深く実感する一日だった。

夕飯の食事を温めていると真名は匂いに気付いたのか目を覚ます。


「おはよう…先に起きようと思っていたんだけどね…」


真名は言い訳するわけでもなくその様な言葉を口にするとスマホを手に取った。


「寝過ぎた。本当は一時間ぐらいの仮眠を想定していたんだけど…」


ソファから立ち上がってこちらに向かってくる真名は一つ欠伸をしていた。


「いやいや。真名さんだって疲れているんでしょ?それなのに家の全てのことを任せて申し訳ない」


「何言ってるのよ。亮平くんの創作活動の邪魔にはなりたくないの」


「そう言ってくれるのは助かるけど…真名さんの負担にはなりたくないな…」


「良いの良いの。私がしたくてやっていることだから」


「そう…本当にありがとうね」


「何?改まって…何かくすぐったいじゃん」


「しっかりと感謝の気持ちを伝えないとって思っただけだよ」


「そう。時々は労ってよね」


「分かっています。いつもありがとうございます。お疲れ様です」


深く頭を下げる僕に真名は嬉しそうに微笑む。

そのまま何故か僕の頭をワシャワシャと撫でると温まった食事をテーブルに配膳していた。

僕も遅れながら真名と一緒に食事を配膳すると椅子に腰掛けた。


「頂きます」


二人揃って挨拶を交わすと本日も真名の作った夕食を頂く。

何でも無い日常であったが僕は本日非常に幸福感を感じていた。

真名もそうだったら良いのだが…。

夕食後は片付けを済ませて一緒にお風呂へと向かった。

お互い裸の状態で真名は思い悩んだような表情を浮かべて口を開く。


「子供を授かったらさぁ…こんな風に二人でお風呂に入るようなことも無くなると思う?」


真名の心配する気持ちは何処となく理解できている。

僕は薄く微笑むと答えを返した。


「そんな事無いでしょ。いつまでも二人で風呂に入るんじゃない?

そんなことが出来なくなっても…日常的にいちゃつくでしょ」


「そっか。それを聞けて安心したよ。子供を授かってから冷めた関係になったら寂しでしょ?」


「それはそうだね。真名さんは子供が欲しい?」


「もちろん。亮平くんとの子供なら…何人でも欲しいよ」


「そう。分かったよ。ちゃんと考えておく」


「うん。でも今は亮平くんも順調に活躍している時だからね。無理は言わないよ」


「そのうちお祖父様とかにせっつかれそうじゃない?」


「確かに…お祖父様お祖母様辺りはデリカシーないこと言うかも…先に謝っておくね」


「謝る必要はないよ。僕らはレスってわけでもないし。頻繁にそういう行為をするでしょ?だから何も心配していないし何を言われても傷つかないよ」


「そっか。それなら良かった」


僕と真名は代わる代わるに全身を洗って脱衣所に出る。

そのまま僕らは惹かれるようにして寝室に向かう。

そして本日も二人きりの甘い時間は続くのであった。



朝方まで行為は続いて…

真名は先に眠りについていた。

僕は昼寝をし過ぎたため眠気はやってこなかった。

ベッドから起き上がると一度シャワーを浴びて作業着に着替える。

そのまま僕は昨日の幸福感やパッションに従ってキャンバスに筆を走らせていく。

何処までもいつまでも描いていられるような不思議な全能感に包まれながら…

朝方から昼過ぎまで作業に没頭するのであった。



真名は朝の八時頃には起きたようで眠い目を擦っていたみたいだ。

昼過ぎにリビングに顔を出すと真名は疲れた表情を浮かべていた。


「今日は僕がマッサージするよ」


そんな言葉を口にすると真名は薄く微笑んでソファにうつ伏せで寝転がった。

僕は真名の全身を優しく揉みほぐすようにしてマッサージしていく。


夢中でマッサージしていると真名は静かな寝息を立てていた。

全身をもみほぐし終えた僕はもう一つのソファに腰掛ける。

ふぅと息を吐いて天井を眺めていた。

思いついたことがあり一度立ち上がりキッチンへと向かった。

やはりと言うべきか食材は用意されているがまだ調理はされていなかった。

僕は辿々しい手つきで夕食を作っていく。


何時間にも渡る工程が過ぎ去っていく。

出来上がった料理は少し不格好だが…

味はしっかりとしたものだろう。

真名に教えてもらった通りに食事を作ると僕は満足感に浸っていた。


「出来た!」


小さな声でガッツポーズを取っていると…


「ふふっ♡なに今の…可愛すぎっ♡」


どうやら真名は既に起きていたようでソファに隠れるようにして腰掛けてこちらを覗いていた。

美しい笑みを浮かべて僕のことを愛おしそうに眺めている。

僕は少しだけ照れくさくて頬を赤らめていたことだろう。

軽く俯くと真名は再び微笑んで僕の元までやってくる。


「夕食作ってくれたんだ。ありがとうねっ♡」


真名は僕の頬にキスをすると食事をテーブルへと配膳していった。

そこから僕らは二人揃って夕食をいただく。


「頂きます」


揃って挨拶をすると真名は一つ一つに箸を伸ばしていく。


「うん。どれも美味しいよ。流石だね♡」


「本当?それなら良かった…」


安堵するように息を漏らすと僕も食事に取り掛かる。

久しぶりに自ら作った手料理を頂きながら…

本日も僕と真名の何でも無い日常は過ぎていく。

明らかに完全な幸福感に包まれながら…

僕らは明日に向かうのであった。

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