第5話結婚式

昨年末に結婚をして早くも五月の中旬が訪れていた。

本日僕らは結婚式場で打ち合わせを行っていた。

婚姻届を提出してすぐに真名は式場に予約を入れていたようだ。

そんなわけで僕らは六月に控えている挙式の内容を決めている最中だった。

僕と真名はそれぞれ意見を言ったりして過ごすと打ち合わせはトントン拍子で進んでしまう。


「当日はご当主様も来られますよね?」


この式場は多田家お抱えのものであり当然のように父や祖父のことも知っている。


「もちろんよ。全員参加に決まっているでしょ」


真名が砕けた口調で当然のように口を開く。

相手とは知り合いらしい。

話し口調でそれを理解できた僕は二人のことを交互に眺めていた。


「ですが…そうなりますと…」


真名は式場スタッフの言いたいことを理解したのか首を左右に振る。


「野田家の人間はそんな些細なことを気にするような人達じゃないわよ」


「そうですか。分かりました」


どうやら式場スタッフは多田家の関係者のほうが野田家よりも多く招待されることを危惧しているようだった。

しかしながら真名は僕の母親と姉の事をしっかりと理解しているようで…

そんなことは杞憂だとでも言うように微笑んでみせた。


「では。亮平様の関係者様の席と真名様の関係者の席は…」


そうして式場のスタッフはタブレットで座席を表示して見せる。


「この様な割合になりますが…如何でしょう?」


式場スタッフの言葉を受け取った真名は僕に視線を向ける。

僕は家族と芸大で知り合った仲間たちを呼ぶつもりだった。

僕の関係者のほうが明らかに少ない。

けれど僕もそんなことは気にもならずに頷いて見せる。


「それでお願い。亮平くんも気にしないそうだから」


「分かりました。それではこれで進めていきます。お料理の方は…」


そこから僕らは殆ど一日を掛けて挙式の予定を決めていくのであった。




新たなスキルを手に入れた僕の創作生活は順調に進んでいる。

六月に突入して結婚式は数日後だった。

真名はエステや美容室に通っていた。

僕は当日まで作業に没頭するつもりだったのだが…。

帰宅してきた真名に連れ出される形で美容室に向かって身だしなみを整えてもらったりと忙しい日々を送っていた。


とある日。

多田家に赴いた時に僕専用の紋付き袴を用意されていたことには驚いたものだ。


「そのうち多田の一員として様々な会合に顔を出すことになるだろう。

その時の為に用意しておいたのだ。

挙式でも袖を通してほしい。

もちろん着てくれるだろ?」


多田家のお祖父様は僕と真名に問いかけてくる。

僕らはそれにはっきりと頷いてみせる。


「こうなると思っていたのでレンタルはしておかなかったんです」


真名は自慢げに祖父の目を真っ直ぐに見つめる。


「そうか。ワシももっと早くに言っておくべきだったな。

忙しさにかまけて忘れておった…すまない」


「いえいえ。お祖父様の考えていることは概ね理解していますので」


「そうかそうか。自慢の孫じゃな」


「ありがとうございます」


「では当日は多田家の家紋の入った袴を着てくれ」


「はい」


最後は僕が返事をして挙式までの大概のイベントをクリアする。

僕と真名は数日後に控えている結婚式までドキドキとした気持ちのまま過ごすのであった。




六月五日。

午前中に僕らは式場に訪れている。

本日は結婚式当日である。

僕と真名は別々の部屋に案内されて多くのスタッフにあれやこれやと着飾って貰っていた。

僕はマネキンの様に動かずにされるがままになっていた。

真名よりも先に支度が整うと僕は控室でその時を待っていた。



和装に身を包んでいる真名を目にして僕は声を失っていた。


「似合うね」


そんな端的な褒め言葉に真名はくすぐったそうに微笑む。


「亮平くんもね」


真名からの言葉に僕も同じ様に微笑むと少しの時間だけ二人で過ごす。

僕らは今日までの二人の歩みを思い出しながら…

にこやかで晴れやかな表情で記憶の中の二人について式が始まるまで思い出話をして過ごすのであった。



式場にはお互いの関係者が既に揃っていた。


僕らは入場することとなる。

真名と彼女の父親が正面入口から入場して。

僕は少し先で真名を待っている。

真名を父親の手から受け入れると手を取って一緒に歩く。

一同起立をすると穢を払って貰い清めて貰う。


そして神職の方の祝詞を聞きながら僕らは酷く緊張していたことだろう。

誓杯の儀と移り三三九度の杯。

僕らは永遠の契りを交わすのであった。


神職の方の言葉に従ってその後の数々の進行も恙無く進んでいくのであった。




場所を変えた式場で食事の時間になると知り合いが僕らの元へとやってきてお酒を注いでいった。

僕らはそれを一口飲んでは下のバケツに流していく。

大人数からお酌をして貰い、それを全て飲んでしまったら酔ってしまい式どころではなくなる。

僕の友人である慶秋や深瀬キキや葛之葉雫や香川初や白根桃の姿が存在していた。


「おめでとう。先を越されて少しだけ焦るよ。僕も咲さんとの関係を真剣に考えているんだ」


「姉も喜ぶでしょう。もちろん僕も喜びます」


慶秋はその言葉に軽く微笑むと次の人に順番を渡した。


「結婚の報告聞いたの最近なんですけど!?なんで私に報告しなかったのよ!」


深瀬キキは少しだけ不貞腐れた表情を浮かべており僕も苦笑する。


「言わないほうが良いって言われていたんで…」


「全く…雫も余計なお節介して…私はそんな子供じゃないっての…。

とりあえず…

おめでとう。お幸せに」


「ありがとうございます。先輩もお幸せに」


「当然よ。また今度皆で集まりましょう?飲みに行くでも良いし。また一緒に制作するのも良いわね」


「ですね。待っています」


深瀬キキはそこまで言うとグラスを掲げてその場を後にした。


「おめでとう。今日は旦那のことまで招待してくれてありがとうね」


「いえいえ。葛之葉先輩も今年で卒業で忙しいでしょうが…お越しくださいまして嬉しい限りです」


「うん。多田くんが居なくなって…多田くんって言うの少しだけ照れくさいわね」


「ははっ。そのうち慣れるでしょう」


「そうね。それで新たに初と桃が入ってきて今年も特別課題をやっているところよ。

去年と同じ内容なんだけどね」


「そうですか。じゃあクリアは確定ですね」


「そう?天狗になると足元掬われそうで…」


「葛之葉先輩なら大丈夫ですよ」


「ありがとう。じゃあお互い幸せにね」


それに深く頭を下げると彼女は僕らに手を振ってその場を後にする。


「おめでとう。私達の世代では一番の出世頭で…一番に結婚したね」


香川初は少しだけぎこちない笑みを浮かべており僕も苦笑する。


「ありがとう。香川さんも頑張ってね」


「うん。じゃあまたそのうち皆で会おうね」


「わかった。じゃあまた」


そうして彼女に手を振ると次の相手を待つ。


「先輩!おめでとうございます!私もSグループに入れたんです!絶対に先輩に追いつきますね!」


「うん。白根さんも頑張って。またそのうち皆で会おうね」


「はい!じゃあお幸せに!」


白根桃は僕らに深く頭を下げるとその場を後にした。


他にも奈良鶫や神田杏や四条マリサの姿もある。

真名と僕の共通の知り合いである不破雪菜の姿もあった。

僕らは軽く挨拶を交わしてお酌をしてもらっていた。

一口飲むのを繰り返していると食事をしっかりと取れるタイミングがなかった。

関係者全員からお酌をして貰った僕らは少しの間だけ食事を楽しむ。

そこからもタイムスケジュールが進行していく。

そして最後に真名から両親への手紙が送られて式は終了となる。

真名の両親への感謝の手紙の内容を僕は軽く涙を流しながら聞いていた。

そのせいだと思うのだが…

まるで内容を思い出せないのであった。

真名の両親への手紙はまたいつか…

何処かの機会で…。



関係者が全員式場を後にすると僕らには写真撮影の時間が待っていた。

色々なポーズや表情で写真撮影を行うと半日掛けての結婚式はやっと終了するのであった。


僕と真名の二人きりの自宅であるアトリエに帰宅すると僕らはいつもの安心感と心地の良い疲労感に包まれていた。

こんな幸せな日常がこれからも続くのだろう。

そんな幸せ過ぎる予感に包まれながら…

僕らはしばらくゆっくりと過ごすのであった。




「亮平が結婚…私が待ちの姿勢でいたばっかりに…」


紅くるみは酷く後悔していた。

自ら積極的にアタックするつもりでいたのに勇気が出なかった自分を呪っていた。

これから自分にチャンスがあるとは思えない。

しかしながら略奪愛というのもそそるものがあると紅くるみは思っていた。

ただし…

亮平がそれを了承してくれるとは思えない。

となると…

紅くるみは長くに渡る恋心にやっと終止符を打つのであった。


「多田って名前を耳にしたら逆らうなよ。その時は俺でも守ってやれない」


ピンクピクシーオーナーである神戸歌月の言葉に紅くるみは首を傾げた。


「この世界を牛耳っていると言っても過言ではない。だから逆らうな。

俺はこの街を仕切っているぐらいだからな。

世界相手には勝てるわけもない。

分かったな?」


それに頷いて応えると紅くるみはチャットアプリを起動させる。


「多田亮平」


その名字が変更された名前を目にして…

もしや?

などと思うと同時に過去を振り返り…

紅くるみは理解する。

亮平のバックには途轍もない人間が存在することを…

だから…

紅くるみはもうこの恋心を永遠に封印することを誓うのであった。



今後…

真名と亮平に危害などは無いだろう。

新たな展開が待っているのか。

それはまだ誰にもわからないのであった。

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