第4話体を動かして新たな境地へ

多田亮平と言う画家が世間に触れ渡るようになっていた。

個展は毎日満員御礼で世間で僕の名を知らぬものは少なくなっている。

それほど世界的画家になりつつあるのだ。

本日も僕の脳は第三者視点を駆使しながら作品づくりに没頭していた。


「亮平くん。お祖父様が最終日に一人で個展会場に来てほしいって…」


「僕一人で?」


「そうみたい…何か策があるのかも…」


「そっか…分かった」


「帰ってきたら教えてね?」


「了解」


そこで会話を終えた僕らは各々の作業へと向かった。

僕は第二の脳を駆使しながら水墨画と水彩画に取り組む。

真名は家事のすべてを行うようだった。

そして後日。

個展最終日はやってくるのであった。




いざ、個展へと足を運んだ僕はその光景を目にして言葉を失っていた。

個展が開催されて一ヶ月が経過しようとしていた。

最終日の本日。

多田家に呼び出される形で僕は個展会場に足を運んでいた。


「おぉ〜!亮平!こっちだ!」


多田家のお祖父様に声を掛けられた僕はそちらに向けて歩き出した。


「見てみろ。盛況だろ。初日からずっとこんな感じじゃ」


「本当ですか。それは嬉しい限りですね。一重に多田家のご協力の御蔭です。

誠にありがとうございます」


「何を言う。そこまで謙遜するでない。亮平の実力だろ」


「そうだったら幸いです」


そこで深く頭を下げた僕は今一度辺りを確認していた。

多くのファンらしき人物たちが感激するような表情や涙を浮かべるような場面をいくつも目にしていた。


「凄いな。一つの絵画で沢山の感情を生み出す。芸術とは非常に美しい…」


「そうですね…」


話を合わせるわけでもなく。

幅広い年齢層に受け入れられており、性別も関係なくファンらしき人物達は嬉しそうに悲しそうに愛おしそうに絵画を眺めていた。


「あそこにいるカップルたちは何度目の訪問かの?少なくとも五回は見た顔だ」


お祖父様はそんな言葉を言うと他にも複数回訪れてくれている客を教えてくれる。

そこでふっと目が合った男性は僕の方に向けて歩いてくる。

その見覚えのある人物に僕は親しげではないが挨拶を交わした。


「やぁ。来てくれたんだ」


「あぁ。絶対に行くって約束しただろ?」


「そうだけど。仕事の方は放ってきたの?」


「いや。兄弟たちに任せてきたんだ。それにしても凄い個展だな」


「良し悪しが分かるの?」


「まぁ少なからずな。向こうではアートが溢れている。街中でも何処でも。触れる機会が多いから少しは分かるよ」


「そっか。海外でも個展を開けるような画家になるよ」


「あぁ。また来る」


「うん。お互いに仕事頑張ろう」


そこまで言うと彼は手を上げてその場を後にする。

多田家の祖父は眉間にシワを寄せていたが僕の表情を確認すると表情を崩した。


「もう許したのか?」


「そうですね。いつまでも恨んでいる方が疲れるので」


「そうか。簡単に割り切れたのか?」


「いえ。真名さんの御蔭です」


「真名の?」


「はい。彼女に支えられているので僕は彼らを許せたのだと思います」


「そうか。それならば良かった」


そこまで会話をすると僕らはバックヤードに向けて歩き出した。

椅子とテーブルが用意されており…

テーブルの上にはサイン色紙とマジックペンが置いてある。

嫌な予感のようなものを感じて僕はお祖父様に視線を向ける。


「あぁ。その通りだ。サインをいくつか描いてもらう。多田の人間や関係者に配るつもりだ」


「わかりました」


そうして僕は椅子に腰掛けるとサイン色紙にマジックペンを走らせるのであった。



個展が終了して自宅にて作業を進めている最中。

水墨画と水彩画もそろそろマスターしそうな今日このごろ。

手に馴染んできた技術をキャンバスにぶつけて作品へと昇華していた。


「お邪魔します。個展の方はどうだった?」


部屋に入ってきた真名は唐突に質問をしてきて僕は筆を置いた。


「うん。凄い盛況だったよ」


「そう。お祖父様はなんで私を連れてこないように言ったか分かった?」


「全然。誰かを紹介されるようなこともなかったし…サインをいくつか頼まれたぐらいだね」


「サイン?」


「そう。多田と関係者に配るって」


「あぁ…それで私を呼ばなかったのかも…」


「どういうこと?」


「ん?無料でサインを描けなんて言ったら私が口を挟むと思ったんじゃない?」


「そうなの?口を挟まれても僕はサインぐらい描くよ?」


「ダメだって!自分を安売りしないの!サインは貴重なんだから!」


「そうなの?でも芸能人とかって頼まれたら描くでしょ?」


「そういう人も居るんだろうけど…ダメ!価値がある人間だからサインを求められるんでしょ?それを安売りしないの」


「そうか…分かった。以後気をつけます」


「分かってくれてよかったよ。邪魔したね」


「うんん。話しはそれだけ?他にあるんじゃない?」


「あぁ〜…うん。世間話だけど…」


「何?聞くよ」


「えっと…今夜の夕食なんだけど…しゃぶしゃぶとすき焼きどっちが良い?」


「すき焼き」


「分かった。お昼ご飯は?いらない?」


「うん。多分集中が完全に切れるのは夕方辺りだから」


「分かった。じゃあ後でね」


そこで真名は作業部屋を出ていくので僕は早速深い集中に潜り込む。

そしてそこから宣言通り夕方まで作業を進めるのであった。



作業を終えた僕は真名の作ったすき焼きを頂きながら他愛のない会話を繰り返していた。

仕事をやめた真名は日中は家事をしていた。

全ての家事を終えると体を動かして軽い運動をしているんだとか。

仕事をやめて歩く時間が少なくなったようで運動を開始した。

体型維持と健康のためだと言っていた真名に僕は少しだけ悩んだ。


「僕も運動したほうが良いと思う?」


「ん?時間に余裕があったらね。したほうが良いよ」


「だよね。じゃあスケジュール一緒に組まない?」


「良いよ。二人の時間を合わせよう」


そうして僕らは二人で過ごす時間を多く持つためにお互いのスケジュールを組んでいく。

本日も僕らの甘く切ない時間は夜が明けるまで続くのであった。




後日。

夕方辺りから僕と真名は外で運動をする時間を設けるようになる。

その御蔭か…

僕の脳内には新たな閃きやアイディアが生まれてくる。

それをこれからキャンバスにぶつけようと完成を想像しながら…

真名との運動のお陰で僕はまた新たな境地へと足を踏み入れるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る