第3話何かしらの答えや気付きを得るために
個展の打ち合わせを行うため僕と真名は多田家に訪れていた。
「おかえりなさいませ」
使用人の好々爺の挨拶に僕らは深く頭を下げて応えると軽く挨拶の言葉を口にして早々に執務室に案内される。
「中でお待ち下さい」
好々爺に案内された執務室で僕と真名はソファに腰掛けて時が経つのを待っていた。
しばらく部屋の中で待っていると扉がガチャリと開いて真名の父と祖父が入ってくる。
「おはようございます。本日はどうぞよろしくお願いします」
先んじて挨拶を済ませると多田家の二人は軽く手を持ち上げて応える。
そのままソファに腰掛けた二人は早速と言わんばかりに本題へと入っていく。
「それでだな。
多田が経営する個展会場を作ったんだ。
そこで亮平の今までの作品を展示したい。
もちろん人気が出たら亮平専用の美術館を作っても良い。
そのためには沢山の売上を上げることだ。
これからも新作を作り続けること。
同級生よりも一足先にプロになったのだから自覚を持ってな。
個展の設営は多田に任せてもらっていいか?
それとも監修したいか?」
当主である真名の父親に問いかけられた僕はうーんと少しだけ悩んだ表情を浮かべた後にコクリと頷いて見せる。
「多田に任せます。僕が口を出すようなことは無いです」
「そうか。ではその通りにさせて貰う。話しは変わるが…新作は出来たか?」
「はい…プロになって初めて作った作品があります」
「ほぉ。写真はあるか?」
「もちろんです。見ますか?」
それに頷いた多田の二人に僕はスマホに写真を表示させて見せる。
二人は明らかに驚いたような表情を浮かべておりガバっと僕の方へと視線を向ける。
「もちろんこれも売ってくれるな?」
真名の祖父からの言葉に僕は苦笑するように微笑むと頷いて見せる。
「もちろんです。日頃からお世話になっていますので…」
「うむ。だが正当報酬を支払うぞ」
「有り難いです」
「あぁ。報酬の額はこれぐらいでどうだ?」
多田家の祖父が金額を提示してきて僕はそのあまりの大金に驚きを隠せずにいた。
「一作でこんなに貰って良いんですか?」
「正当報酬だ」
「ですか…では有り難く頂きます」
「今後も励むことだ。今まで触れてこなかったジャンルに手を出すことを忘れずにな」
「はい」
そうして僕らの簡単な打ち合わせは終了となった。
「個展の売上もいくらか亮平に支払うからな。心配するな」
「貰えるんですか?」
「もちろんだ。亮平の個展だからな」
「ですか…何から何までありがとうございます」
そんな言葉を残すと僕と真名は揃って家の外に出る。
「亮平様、真名様。またのお越しを心待ちにしております」
使用人の好々爺の挨拶に破顔して微笑むと深くお辞儀をしてその場を後にするのであった。
後日。
既に多田家に絵画を届けて報酬を頂いていた。
本日真名は仕事に向かっていた。
僕は自室で新たな試みに挑戦中だった。
現在は水墨画と水彩画に手を出し始めている。
何故か新たな試みなのにスラスラと筆が進んだ。
何故だろうと思いながらも深い集中に潜り込みながら僕は作業に没頭していた。
何処までもいつまでも描いていられるような錯覚を覚えながら…。
僕はいつまでも筆を動かし続ける。
一体どれだけの作業時間を要しただろうか。
辺りは暗くなっており集中が切れた僕は筆を置いた。
一度立ち上がると伸びをして首をポキポキと鳴らしていた。
作業部屋を出てリビングに向かうと真名は既に帰宅しており夕食の準備をしていた。
その姿を目にした僕は考えていたわけではないのだが…
この様な言葉を口にしていた。
「真名さん…仕事をやめたらどうですか?」
僕の唐突な言葉に真名は驚きの表情を隠さずにこちらを向く。
「どうして?辛そう?」
「うーん。少しだけ疲れているように見えるよ。専業主婦と言うか…いつでも家に居てほしいな…」
「でも…」
「うん。僕の稼ぎは不安定かもしれないけれど…」
「そんな心配はしていないよ。私は私の心配をしているの」
「どういうこと?」
「亮平くんに甘えてダメな自分にならないか。そんな心配をしている」
「ならないよ。それは僕が保証する。
だから主婦に専念してほしい。
僕も作業している間に真名さんが家にいるって思ったら…
やる気にもなりますし…安心します」
「そう?私に居てほしいの?」
「もちろんです。ずっと一緒に居ても飽きないし、いつまでも新鮮な気持ちで居られて…何よりも安心できます」
「私もだけど…本当に甘えて良いの?」
「当然です。もう夫婦じゃないですか」
「そうだね…じゃあ考えておくね」
「はい」
そうして僕と真名はしばらくしてから夕食を頂いて過ごす。
片付けを済ませて一緒にお風呂に入る時間が過ぎていくと…
二人だけの甘く切ない時間が過ぎていくのであった。
後日。
僕はまたしても一人で作業室に籠もっている。
真名は本日退職願を出すようだ。
僕はこれでいつでも安心して作業に没頭できる。
そんな事を考えていた。
水墨画に水彩画の調子が良く普通以上に描ける様になっていた。
本日も調子良く筆を動かしている。
長い集中の先で僕は何かしらのヒントのようなものを手に入れていた。
その実感を薄く感じつつ…。
「ただいま。作業の邪魔だった?」
作業部屋が開け放たれて、そこに立っていたのは真名だった。
「おかえり。大丈夫だよ。もうすぐ集中が切れるところだったから」
「そっかそっか。あのね。仕事辞めてきたよ」
「そうですか。今までお疲れ様でした。明日からは今までの疲労を労るように少し休んでください」
「ありがとう。今日から自由なのね」
「はい。おめでとうございます」
「うん♡今日からは亮平くんのサポートに専念するね?」
「ありがとうございます」
「お腹すいてない?」
「そう言えば…ペコペコです」
「じゃあ夕飯にしよう」
そうして僕らはキッチンへと向かうと二人して夕食の準備に取り掛かる。
そして本日もいつものような夜を過ごしていくのであった。
また後日。
僕の個展は開かれることとなった。
初日から満員御礼でとてつもない動員数だったらしい。
その中には芸大の仲間達も足を運んでくれていたらしく…
スマホにはいくつものチャットが届いていた。
「咲さんと二人で個展に行ったよ。相変わらず素晴らしかった。また今度会おう」
「ありがとう。また会おう」
そこでチャットを終わらせると次の相手に返事をする。
「聞いたわよ?一足先にプロになったんだって?それにしても凄い個展だったわね。私も負けないから」
「お久しぶりです。深瀬先輩も頑張ってください」
そこでチャットを終わらせると次の相手に返事をする。
「もう。私よりも先に卒業扱いって…本当に企画外ね。個展も度肝を抜くような作品ばかり。本当に凄いわね」
「いえいえ。先輩も卒業したらすぐに活躍するでしょう?僕はそう信じていますよ」
「ありがとう。頑張るわね」
そこで葛之葉雫とのやり取りを終えると次の相手に返事をする。
「個展に行ってきました。また行こうと思います。以上報告でした。返事はいりません」
香川初のチャットを目にして僕は軽く苦笑の様な表情を浮かべる。
次の相手へとチャットを返す準備をしていた。
「先輩!流石です!個展を見に行きました!本当にすごかったです!」
白根桃の興奮が僕にも伝わってきて薄く微笑んだ。
「ありがとう。白根さんも頑張ってね」
彼女はそれにスタンプを送ってくるとやり取りは終わる。
そして最後の人物…。
「個展…観に行ったよ。私の裸婦画が無かったのは残念だけど…凄い画家になったのね。おめでとう。それと名字が変わったようだけど…結婚したの?」
「ありがとう。そうだね。結婚したよ」
「そっか。また連絡します」
それに適当なスタンプを送ると本日も先日掴みかけたヒントを元に筆を走らせ続けるのであった。
何かしらの答えや気付きを得るために…
本日も僕は自らの研鑽に励むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます