第5話香川初の講習に焼肉に曲購入

二学期も終了に近付いている現在。

僕と香川初と白根桃は三人で作業部屋に籠もっていた。

香川初が講習をするようにして僕らに色使いの何たるかを指導してくれていた。

僕と白根桃はノートにそれを記入していくと話を真面目に聞いていた。

どれぐらいの時間を掛けて丁寧に説明をしてくれていただろうか。

白根桃は日頃の疲れが出たのか机に突っ伏して眠っているようだった。

僕はそんな事に構うこと無く香川初の講習に耳を傾けていた。

朝から始まって昼を過ぎた辺りで休憩の時間となった。


「野田くんには必要のない知識だったかもね。

勉強しなくても無自覚に分かっていたんじゃない?」


「それでも。知識があるのと無いのじゃ理由が全然違うからね。

教えてくれてありがとうね。

午後の部もよろしくお願いします。

白根さんは横で寝ているけど…」


「うん。頑張って教えます。

白根さんはね…

集団制作の時にある程度教えていたんだ。

だから退屈で寝ちゃったんでしょ」


「そうなんだ。しかしながら度胸あるね…

先輩と同じ作業室でぐぅすか眠れるなんてさ…」


「私達のこと先輩だって思っていないんじゃない?」


香川初は最後の部分の言葉を誂うようにして言うと薄く微笑む。

僕もつられるように微笑んで見せると白根桃は起きたようで眠たい目を擦っていた。


「おはようございます?終わりましたか?」


僕らは彼女の表情を目にして再び薄く微笑むと財布とスマホを手にする。


「お昼に行こう。もう十三時だから」


「あぁ…お腹が空いていると思っていたところなんです…」


「じゃあ行きましょう」


そうして僕らは作業室を後にすると食べ放題の焼肉チェーン店に向かうのであった。



昼過ぎということで食べ放題の焼肉屋でもスムーズに席に案内される。

僕らは最安値の食べ放題メニューを注文するとタッチパネルを利用して沢山の注文を行う。

白根桃がタッチパネルを掴んで離さずに注文を行ってくれる。

焼く係は僕で飲み物をドリンクバーで注いできてくれるのが香川初だった。

別に僕は焼肉奉行ではないのだが…。


「あまり焼肉はしないんだよね…」


香川初の言葉を受けて自ずと僕が焼く係となった。

何故ならば白根桃は梃子でも動かないつもりらしくタッチパネルを誰にも譲ろうとしなかった。

自然な流れで各々の係が決定して僕らは昼食から贅沢に焼肉を頂いているというわけだ。

白根桃はお肉のいくつもの部位を人数分注文していく。

僕はせっせと肉を焼いては彼女らの取り皿に置いていく。

忙しない程に作業に追われながら時々僕は自分の分のお肉を食べていた。

九十分間の食べ放題の間…

僕らは時間いっぱいになるまでもりもりと食事を行うのであった。



元を取ろうと思ったわけではないのだが…。

彼女らの食べる量が凄まじかった。

僕よりも明らかに食べる白根桃と香川初に僕は驚いたものだ。


「よくあんなに食べられたね…」


呆れているわけではない。

自分よりも食べることに少しだけ悔しさを感じていただろう。


「だって…沢山食べないと頭が働かないでしょ?」


「そうかな…」


香川初の言葉に僕は苦笑するように悩んだ表情を浮かべていた。


「先輩は少食ですね。そんなんじゃ力強い絵を描けないですよ?」


白根桃はそんな言葉を口にした後に眉間にシワを寄せて前言撤回する。


「いや…先輩には無縁な話ですね。

食事をちゃんと取らないと力強い絵が描けないのは私の方ですし…

先輩はどんな状況でも素晴らしい絵を描くのでしょう…

羨ましいですね…

嫉妬しちゃいます…」


「食事が多く取れるか取れないかでそんなに考え込まないでよ。

僕がただ少食なだけでしょ?

二人は多く食べられる。

良いことじゃない。

僕の方こそ羨ましいよ」


「お互いにないものねだりよね。

私もそうだけど。

みんなそうなのね」


香川初が締めの言葉を口にして僕らは苦笑のような表情を浮かべて芸大キャンパスに戻っていく。

作業室に戻ると香川初の講習の続きを受ける僕と自らの作業に移る白根桃。

白根桃は僕の描いていたオリジナルキャラクターを愛おしそうに眺めながら作業の手を進めていく。

もしかしたら彼女らも来年は今年の僕らのように特別課題を設けられるのだろう。

今のうちから様々な技術を習得しようとしている白根桃の姿に僕も勇気をもらいながら…。

香川初の講習をしっかりと受けるのであった。



夕方が訪れて帰路に就こうと思っていた時のことだった。

僕らの作業部屋をノックする音が聞こえてきて返事をして答えた。

ガラガラと引き戸を開くを音が聞こえてきてそちらに目を向ける。


「野田くん。ちょっとお話良いですか?」


そこに立っていたのはスラッとした体系の音楽科四年生の四条マリサだった。


「はい。どうしました?」


「うん。こちらに来てもらえる?」


「はい…」


白根桃と香川初に断りを入れるように手で挨拶を交わすと僕は作業部屋を出ていく。

廊下を出た僕に四条マリサはついて来てとでも言うように先を歩き出した。

何事かと心配しながら僕は四条マリサの隣を歩く。


「自販機って一階でしたか?」


四条マリサの問いかけに僕は何でも無いような表情を浮かべて頷く。


「案内してもらっても良いですか?」


「あぁ…そうですね。四条さんは棟が違いますもんね」


「そうなんですよ。実はあまりこっちの棟には来たことがなくて…

自発的に来ようと思ったのは今回が初めてでして…」


「そうなんですね。じゃあご案内します」


そうして僕らは自販機のある一階に向かうと廊下を歩き続ける。

目的地に到着すると彼女は小銭を手にして自販機に入れていく。

ホットコーヒーを二本購入した彼女は一本を僕に手渡した。


「まずは飲んでください」


「ありがとうございます」


意味が分からなかったがとりあえず彼女からの善意を受け取ると僕はプルタブを開けて一口飲み込む。

それを確認した彼女は唐突にこの様な提案をしてくる。


「実は…私の曲を買って頂きたくて…」


「買う?」


「はい。私達の特別課題も一年間で百万売り上げることなんです」


「それは知っていますが…四条さんがクリアしていないとは思ってもいませんでした」


「いやいや。クリアはしているんですよ。ただ芸大生最後の作品は野田くんに購入してほしくて…」


「でもまだ卒業試験で制作しますよね?」


「いや。音楽科の試験は座学だけなので…」


「そうなんですね。じゃあ最後の作品を聴かせて頂けませんか?」


「もちろんです」


彼女はそう言うとスマホと高性能イヤホンを取り出す。

イヤホンを僕に手渡して耳に装着するように誘導していた。

それに頷いて応えると耳にイヤホンをはめ込んで音楽が流れてくるのを待っていた。

数秒後に四条マリサが作った曲が耳に流れてきて僕は薄く微笑んだ。

始まりから全ての人を受け入れるような器の大きさを感じさせる音楽だと思った。

善人でも悪人でも…

例え罪人でも…。

どの様な境遇のどの様な人間も受け入れるような…

そんな荘厳な音楽だと思った。

僕はしばらくそれに耳を傾けながら身を委ねる。

賞味五分ほどの音楽が終了すると僕の目には涙が溢れていた。

思わずハンカチで涙を拭うと僕は決心する。


「買います。いくらでしょう」


僕の問いかけに四条マリサは少しだけ悪い笑みを浮かべて応える。


「私の音楽にいくら出してくれますか?」


その逆質問に僕は一杯食わされたような気分に陥ると指を一本だけ立てる。


「百万?そんなに出してくれるんですか?」


四条マリサの受け答えに僕は苦笑するように微笑んだ。


「一千万って言われると思いました…

百万で良いのであれば…それで…」


「謀りましたね?ですが私も二言はありません。

百万でお譲りします」


「先に謀ったのは四条さんの方でしょ?

ですがこれで交渉成立ですね。

データは僕のスマホに送ってください」


そうして僕らは連絡先を交換するとその場でホットコーヒーを飲み干して別れることになる。

作業室に戻ると彼女らは未だに作業をしており僕は簡単に別れを告げると荷物を持って校舎を抜けていく。

校門の前で真名の高級車が停まっており僕はいつものように乗り込んで帰路に就く。


「そう言えば咲ちゃん達…交際を開始したらしいよ」


真名は薄く微笑みながら世間話をするようにして口を開く。


「そうなんだ。それはめでたいね」


「本当にね。咲ちゃんは理想が高いからね。

簡単に交際を開始するとは思えなかったんだけど…」


「まぁ…そうだね。

何かビビッときたんじゃない?」


「あぁ〜…私もそうだったようにね」


「真名さんもそうだったんですか?」


「うん。病院で落ち込んでいる姿を一目見た瞬間に思ったんだよね。

私はこの人と付き合って結婚するんだって…

不思議な話だけど本当なんだよ」


「へぇ〜。話には聞きますけど…本当にそういうことってあるんですね」


「私も信じていなかったよ。今までそんな経験したこと無いから」


「なるほど。初めての体験だったんですね」


「そう。だから勝手に惚れていく自分自身にブレーキを踏むのが精一杯の抵抗だったと今なら思うよ」


「抵抗していたんですか?」


「まぁね。当時の亮平くんは高校生だし…

付き合った頃だって成人になりたてでしょ?

私の中の良心と言うかモラルと言うかマナーと言うか…

そういったものの狭間で揺れていたのは確かだね」


「別に悪いことをしているわけじゃないですよね?」


「そうだけど…歳下と付き合うのは勇気がいるのよ。

私の方が明らかに外見だって内面だって歳と共に重ねて成長していくんだから。

そのうちに価値観が合わなくなるのでは?

なんて事をたくさん考えたんだよ」


「そうだったんですね。今ではどうですか?」


「ん?もちろん付き合ったのは正解だって思うし…

いつまでも一緒に居たいよ」


「それならば同じ気持ちですね」


「そう言ってくれると安心できる。ありがとうね」


「いえいえ。いつまでも一緒です。なんて気安く言える言葉じゃないってことは分かっていますが…これは揺るぎ様のない真実ですから」


「うん。私もそう信じているよ」


僕らは車内でイチャイチャとした会話を繰り返しながら帰宅する。

帰宅すると真名は夕食を作るためにキッチンに立つ。

僕も並ぶようにキッチンに立つとスマホがブルっと震えた。

内容を確認して僕は軽く微笑んだ。

四条マリサは先にデータを送ってくれて僕らは料理をしながらその音楽に身を委ねる。


「良い曲だね」


真名も気に入ったようで僕は本日の出来事を言って聞かせる。

彼女は僕の話を嬉しそうに聞いており二人して夕食を作る。


夕食が終わり片付けを済ませて一緒にお風呂に入るというルーティンが過ぎていくと本日も二人だけの甘い夜は過ぎていくのであった。



後日。

僕は四条マリサの口座に百万を入金する。

二学期はそろそろ終りを迎えることになる。

僕と真名の楽しみな年末年始はもうすぐそこまでやってきているのであった。

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