第4話試行錯誤する日々=充実した日々

芸大キャンパスの中庭にて僕はスプレーを片手に持っていた。

もう片方のてにはライターを持って…。

火で炙ったりしながら色の調子を整えたりと確認作業をしていた。

どの様にすれば思ったような色が出せるのか試行錯誤をしながらスプレーアートに励んでいる所だった。

SNSで様々な手法の描き方を目にしてそれを一つずつ実践している所だった。


「これは相当ムズいな…一日やそこらで習得できる技術じゃないな…」


そんな言葉を漏らしながら幾度となくスプレーを噴射しては頭を悩ませていた。


「上手くいかないなぁ〜…」


自分自身でも理解していた。

弱音のような言葉を自分に対して言うのは珍しいと…。

私生活の事であれば時々口にしていただろう。

ただし芸術に対してこの様な弱音を口にするのは酷く珍しい。

そんな自分が可笑しく思えて薄く微笑む。


「上手くいっていませんね」


厳しいと評判の教授が唐突に姿を現すと僕の作品を眺めてその様な言葉を口にする。


「そうですね…やっぱりそう思いますか…」


「そうですね。一朝一夕で習得できるスキルじゃないでしょう。

しかし考え方を変えてください。

この技術は野田くんに必要なものですか?」


「そうですね…必要かどうかは…今はまだ分かりません…」


「なるほど。色々と試してみたい時期ですか?」


「そうなりますね。自らのスキルアップに繋がるのであれば…

色々とやってみたい時期なのは確かです…」


「ふんふん。ではどうでしょう。私が試しにお手本を見せますよ。

それで必要かどうかを判断してください」


「教授が?」


「なんですか?私には出来ないとでも?」


「そうではなく…」


「ではスプレーとライターを貸してください」


言われたとおりに僕は教授にスプレーとライターを手渡した。

そこから教授は匠的な技術でキャンバスに絵画を描いていく。

本当に数十分ほどの出来事だったと思う。

僕は要点を捉えるようにして観察をしていたが…。

まるで何をしているのか理解が出来なかった。


「完成です。如何ですか?」


「素晴らしい技術だと思いました。僕に真似ができるかは少し悩みますが…」


「一日やそこらで真似できるとは思っていませんよね?

野田くんの技術を誰かが見ただけで真似できないのと同様ですよ。

日々努力してやっと手に入れる技術です」


「そうですね…では今日から僕は新たな技術を習得するために努力します」


「本当にそれが野田くんに必要なことですか?」


「わかりません。しかし出来ることならたくさんの技術を手にしたいです」


「うーん。普通の生徒にならおすすめしません。

何故なら酷く険しい道のりだからです。

そして手に入れたとしても器用貧乏になる可能性のほうが高いからです。

だから普通の生徒にはおすすめしないのです。

しかしながら野田くんなら…

やる価値もあると思います。

決めるのは自分次第です」


厳しいと評判の教授はそれだけ言い残し僕に答えを委ねると柔和な笑顔を浮かべていた。

僕に対してだけ優しい微笑みを浮かべる教授の心の底にある理由は何なのだろうか。


「やってみます。自分自身のスキルを失わないようにしながら…」


「それが良いです。これからも立ち止まらずに励んでください」


「助言など…ありがとうございます」


そう深く頭を下げたところで教授は足音も立てずにその場から居なくなってしまう。


「唐突な人だ…」


そんな言葉を口にしてその後もスプレーアートに励むのであった。



散々試行錯誤した後に作業部屋に戻ると深瀬キキと葛之葉雫は天井に手を掲げていた。


「終わったぁ〜!やっと終わったぁ〜!」


「いやぁ〜…本当に大変だったわね…

雫のイメージに合う写真を選んでパズルのように組み合わせて…

本当に本当に大変だった…

雫もお疲れ様。

今回の合同制作も有意義だったわね。

明日以降はどうしましょうか?」


「この先は少し休憩したいですね。インプットの時間に充てたいです。

深瀬さんや野田くんと違って私はインプットをしないとアウトプットが出来ないので…」


「そんなことは…私だってインプットすることぐらいあるわよ…」


「本当ですか?私にはそんな風に思えないんですけど…」


「じゃあ野田に聞くけど。どう?」


深瀬キキは僕に視線を向けて問いかけてくるので思考するように頭を捻らせた。


「そうですね。最近はイラストやスプレーアートに手を出しているので…

インプットは毎日しています。

アニメを見たり動画サイトに上がっている色んな作品の動画を見たり。

一から作り方を丁寧に教えてくれる動画もあって…

そういうのは毎日時間を見つけて覗いています。

それをインプットと呼ぶのであれば…

毎日欠かさずしていますよ」


「そう。私もまさにそうだわ。インプットを欠かさない日なんて無いもの。

雫は家庭もあるから時間が限られているわよね…

だから…分かったわ。

二学期の残りの時間は休憩としましょう」


「ありがとうございます。私は自宅で休みつつインプットに励みます。

二人は好きに過ごしてください」


「わかったわ。野田はどうする?」


深瀬キキは再び僕に視線を向けてくるので悩むように思考した。

うーんと悩むが僕には答えのようなものが存在していた。


「僕は自己研鑽に努めます。深瀬さんは?」


「野田はそう言うと思ったわ。

私は最終学期にある卒業試験の制作に入ることになると思うの。

だから一緒に制作するのはこれで最後ね。

二人共…今まで本当にありがとう。

私は残りの期間を利用して卒業試験の内容を練るわね。

本当に今までありがとう。

凄く刺激的な四年間だったわ。

雑賀様含めた三人に出会えて本当に…良かったわ…」


深瀬キキは最後の方の言葉を涙ぐみながら口にしていた。

いいや、本当に涙を流していたことだろう。


「僕も出会えてよかったです。

でも泣かないでください。

僕らは今後も一緒ですよ。

関係が切れることなんて無いでしょ?

いつまでも繋がっていられます。

だから…そんなに寂しそうな顔をしないでください」


「うん。ありがとう。

卒業が近くなって…感傷的になっていたと思う…」


「そうですよ。

野田くんの言うとおりです。

私達は芸術家をやめない限り…ずっと一緒ですよ。

これは本当です」


「雫もありがとう。二人共…卒業しても仲良くしてね」


「当然です」


「当たり前ですよ。深瀬さんは考えすぎです。いつまでも仲良くしましょう」


深瀬キキはそれに頷くと僕らは合同制作が完成した事を遅ればせながらお祝いするように鑑賞会の時間を過ごしていく。

今回の作品は葛之葉雫が所有権を得ることとなる。

そして僕らは打ち上げのためにレストランへと向かうのであった。



打ち上げでは深瀬キキと葛之葉雫が赤ワインを飲みながら食事を頂いていた。

かなり飲んだらしくはしゃいでいるように思える。

僕はジュースを飲みながら彼女らにあわせるようにして楽しげな時間を過ごす。


無事に打ち上げを切り上げると帰宅して真名に本日の出来事を話して聞かせる。

彼女は微笑ましく思っている様でウンウンと聞いてくれている。

僕は何処か嬉しい気分になってあれやこれやと話をしていた。


「うんうん。学生時代の絆はいつまでも続くわよね。

ただし全員が同じ道を進んでいないと…

関係は一気に崩れたりする。

だから友人との関係性は大事にね。

人生において友人は本当に大切よ。

私にとっての咲ちゃんみたいな…

亮平くんにとっての雑賀さんみたいな…

そういう掛け替えのない存在が人生に居るのは本当に財産よ。

これからも大切にね」


「そうですね。

僕は真名さんや多田家の人々や家族や友人のお陰で今も生きています。

人との繋がりには本当に感謝しています。

少しだけネガティブな存在とも繋がりかけましたが…

それでも僕は戻ってこれて…

今もここで真名さんと幸せな生活を送っています。

本当に感謝していますよ」


「そうね。私もだよ。ずっと一緒に居てね?」


「当然です。僕の方こそいつまでも一緒に居てください」


そこで僕らは微笑みを浮かべて惹かれ合うようにして抱き合う。

その後の事は…言わずもがなだろう。



二学期の残り期間は一ヶ月も無い。

作業室には僕の姿しか存在していない。

深瀬キキは宣言通りに卒業試験に備えているようだし、葛之葉雫は二学期の残りの期間を休みとインプットに充てるようだった。

僕は一人で作業に入ろうとマジックペンを手にしてイラストボードに走らせていく。

しばらく一人で作業をしていると部屋をノックする音が聞こえてくる。

返事をすると中に入ってきたのは二人の女性。


「白根さんに香川さん。集団制作はどうしたの?」


僕の問いかけに香川初が気まずそうに口を開く。


「既に終わって。暇だからここに来てしまいました…お邪魔でした?」


「全然。僕も一人で寂しかったところです」


「先輩!今日からここで作業しても良いですか!?」


白根桃は唐突に核心を突くような言葉を口にして僕は少しだけ驚いた表情になる。

しかしながら僕はその提案に喜ぶように頷くと了承の返事をする。


「どうぞどうぞ。僕も色々な刺激が欲しいところだったので助かります」


「本当ですか!?だから言ったじゃないですか!先輩なら許可してくれるって!」


白根桃は香川初に向けて声を掛けていた。

彼女はそれに苦笑する様に微笑む。


「でも…野田くんの邪魔にならない?」


「全然。全くならないよ」


「そう。じゃあ今日から一緒に作業しても良い?

合同制作なんて言わないから…

ここに居るのは許してくれる?」


「当然です」


そうして僕ら新たな三人組が出来上がる。

これから僕らは新たな関係性を築きながら新たな作業へと入っていくのであった。



二学期から三学期に向けての期間。

僕らは作業に集中したり恋人や友人や家族と共に過ごすのだろう。

僕と真名にとって一緒に過ごす二度目のクリスマスや年末年始が始まろうとしている。

僕らはそんな事をただただ楽しみに過ごすことだろう。

後一ヶ月ほどでクリスマス。

どんなことが起こるのか…。

僕らにはまだ知る由もない。

でもきっと良いことが起こるはずだと決め込んで。

本日も僕らは作業に集中するのであった。

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