第3話僕ら以外の新展開…

酷く深く集中していたことだろう。

イラストボードにマジックペンを走らせていた。

今までまるで触れてこなかったジャンル。

アニメやゲームや漫画の中の登場人物をイラストボードに書き写していた。

それにより何かしらの気付きを得られる。

そう信じながら僕は空き時間にペンを走らせている。

葛之葉雫は構成が決まったようで写真を手に取ると、


「あぁじゃないこうじゃない」


などと口にしながら写真をパズルのようにして組み合わせていた。

深瀬キキは最後の写真撮影に向かっているようだった。

葛之葉雫に本日で写真撮影を終了して良いと言われていたようで…。

深瀬キキは写真撮影を終えたら葛之葉雫の作業に合流するようだった。


「僕は手伝わなくて良いの?」


そんな質問に彼女らは必死で首を左右に振った。


「ダメ!今回は雫と二人で作る!」


「私も同感!野田くんは裏方仕事していて!」


二人に力強く拒絶の言葉を口にされて僕は何とも言えない表情を浮かべると頷きざるを得なかった。

それなので僕は空き時間に自らの研鑽に努めているということ。

マジックペンを走らせていくつかのキャラクターを描き終えるとそれを眺めていく。

ウンウンと頷いて自らの出来栄えに感心するように頷く。

何度目かのイラスト制作に慣れてきたのだろう。

それなので僕は今度はオリジナルのキャラクターを描くことを決める。

手を動かして脳内に存在しているキャラクターを思うようにイラストボードに描いていく。



どれくらいの時間が経過したのか…

作業が終了するとペンを置いて辺りを確認した。

深瀬キキはいつの間にか戻ってきていて二人も作業に没頭していた。

作業室の時計を確認すると正午辺りを指していた。

しかしながら彼女らは僕の視線に気付くこともなくずっと集中している。

彼女らの想いに応える形で僕は再びイラストボードに視線を送る。

そのままペンを取ると二人目のオリジナルキャラクターを描いていく。

この作業になんの意味があるのか。

そんな事はまるで気にもせずに僕の未来に確実に意味があると信じながら手を動かしていくのであった。



全員が作業を止めたのは十五時辺りだった。


「限界!頭使いすぎて腹ペコ!」


珍しく葛之葉雫は弱音を口にするようにして天を見上げた。

その言葉によって隣にいた深瀬キキも作業の手を止めていた。


「私も完全同意だわ。疲れる作業ね…」


彼女らの言葉が耳に入ってきている事を自覚している。

ということは現在僕はゾーンに入っていないのだと気付く。

ペンを置いて彼女らに視線を送る。


「少し遅いですけど昼食にしますか?」


僕の提案に彼女らは賛成とでも言うように手を上げて応える。

スマホと財布を持った僕らは作業室を抜けて芸大キャンパスを後にする。


「今日は何にします?」


彼女らに問いかけてみると二人は余程お腹が空いているのだろう。

すぐ近所の牛丼屋を指さした。


「早くいっぱい食べたい!ここにしよう!」


深瀬キキの提案に葛之葉雫も同意するように激しく頷く。

僕も了承すると店内に入っていく。

手っ取り早く全員が牛丼大盛りを注文すると今か今かとその時を待っていた。

数分もしない内に全員分の牛丼が提供されて僕らはそれにがっつくことになる。


「紅生姜入れないの?」


深瀬キキは僕らに首を傾げて問いかけてくる。

彼女はお肉が隠れるくらいに紅生姜を乗せて。

その上に七味をふりかけていた。


「大丈夫ですか…その量…」


葛之葉雫は軽く引いているような態度で問いかける。

深瀬キキは問題ないと言うように一口頬張るとあまりの美味しさに満面の笑みを浮かべていた。


「美味しいんですか?」


僕の問いかけに彼女は深く頷く。

僕らは深瀬キキに倣うようにして沢山の紅生姜と七味をふりかけて食事を開始する。

一口頬張ると酸味と肉の旨味や七味の香りが口いっぱいに広がって空腹を更に刺激してくる。

僕らは箸が止まらずにガツガツと食事を進めて…。

あっという間に食事の時間は終了する。

会計を済ませて店の外に出ると僕らは思わず感想のようなものを口にしていた。


「あんなに美味しいだなんて…予想外でした…」


「私も…半信半疑だったけど…凄く美味しかったです…」


僕と葛之葉雫の気まずそうな表情を目にした深瀬キキはニヤついた表情で僕らを眺めていた。


「たまには私の言うことを聞くことね。一応お姉さんなんだから」


胸を張って自信満々の表情を浮かべる深瀬キキに僕らは苦笑すると芸大キャンパスに戻る。

作業室に戻ると彼女らはすぐに作業を再開した。

僕も僕で自らの作業に戻ると帰宅時間まで没頭する時間を過ごしていくのであった。




本日の作業が終了して三人揃って校門まで向かうと見覚えのない車が停まっていることに気付く。

何の気無しに車内の人物が目に飛び込んできて僕らは破顔した。

運転席に乗っていた男性が車内から降りると僕らに挨拶をする。


「久しぶり。みんな元気にしていた?」


そこにいたのは雑賀慶秋で僕らは挨拶を交わすことになる。


「雑賀様!お久しぶりです!大変な活躍をしているようで…

私達後輩も鼻が高いってものです!」


深瀬キキははしゃぐように口を開いて満面の笑みを浮かべていた。


「お久しぶりです。本日はどうされたんですか?」


葛之葉雫も問いかけるように口を開いて首を傾げている。


「ちょっとね。みんな乗ったら?送っていくよ」


僕らは有り難い提案に応えると車内に乗り込んだ。

雑賀慶秋が運転を始めると他愛のない会話は始まる。


「どう?最近は特別課題に追われているの?」


彼は伺うように僕らに問いかけて彼女らは嬉しそうに応えていた。


「特別課題は既にクリアして。今は合同制作に励んでいるんです」


深瀬キキが応えると僕らも適当に頷いていた。


「そっか。みんなは優秀だからね。芸大で習うことはもう無いでしょ?」


「それは…そうかもですけど…私は卒業の証が欲しいわけで…」


葛之葉雫が答えを口にして雑賀慶秋は苦笑の様な表情で首を左右に振る。


「いやいや。否定したいわけじゃないよ。気に触ったらごめんね」


「私もそんなつもりでは…すみません」


「キキちゃんの卒業後の道は?」


「えっと…フリーで活動ですかね?」


「それじゃあ辛いでしょ?僕のスポンサーに口利きしようか?」


「えっと…活動内容は自由ですか?」


「もちろん。しっかりと活動していれば何もかも自由だよ。この通り僕も自由に行動しているでしょ?」


「そうですね…じゃあお願いしても良いですか?」


「もちろん。後日連絡するね」


「はい。ありがとうございます」


そうして雑賀慶秋は一人一人を自宅に送り届ける。

最後に残されたのは僕だった。

彼はふぅと息を吐くと苦笑の表情を浮かべて懺悔のような言葉を口にした。


「ごめん。本当の目的は野田くんなんだ…」


雑賀慶秋は自らに呆れるような仕草を取ると本日の目的を口にした。


「少し話しを聞いてもらえないかい?」


「もちろんです。なんでも聞きますよ?」


「じゃあ何処かで食事でもしながら…」


雑賀慶秋の提案に僕はうーんと頭を捻らせるとこちらからも提案をする。


「じゃあ僕の家に行きましょう。真名さんに早く会いたいので…」


「ははっ。本当に恋人が好きなんだね」


「もちろんです。込み入った話しだったら作業部屋で二人でしましょう」


「あぁ…そんな大層な話しじゃないんだけどね…」


「そうなんですか?とりあえず真名さんに連絡しておきますね」


そうして僕はスマホで真名に連絡をする。

しかし家の前まで到着しても返事は無かった。

仕方なく僕らは揃って家の中に入っていく。

そして目の前に広がっている光景を目にして僕は言葉を失う…。


「おかえり。ってお姉ちゃんが来ているっていうのに友人連れてきたの?」


目の前には真名の隣で怪訝な表情を浮かべて口を開く姉の姿が存在している。


「姉ちゃん。なんで居るの?」


久しぶりの姉の姿を目にして僕は嘆息する。


「亮平くん。ごめんね。何の連絡も入れなくて…驚かせようと思って…」


「あぁ…それでスマホを見ていなかったんですね。僕も雑賀先輩を連れて行くって連絡入れたんですが…」


「え?本当に?」


そうして真名はスマホを確認すると申し訳無さそうな表情を浮かべて謝罪した。


「ごめんなさい。うっかりしていました…」


「謝る必要は無いけど…雑賀先輩も一緒に夕食取って良い?」


「もちろん。雑賀さんお久しぶりです。ゆっくりしていってくださいね」


「はい。突然押しかけて申し訳ありません…お言葉に甘えてお邪魔します」


「いえいえ。亮平くんとソファでゆっくりしていてください。

咲ちゃん。夕飯作るの手伝って」


「はーい。じゃあ亮平。後でね」


姉と真名はキッチンへと向かうと調理を開始していた。

雑賀慶秋をソファに案内して僕は冷蔵庫から飲み物を持ってくる。


「お茶です。どうします?作業部屋に行きます?」


「いや…良いんだ。女性の意見も聞きたくて…」


「あ…そうなんですね。そっち系の話しですか?」


「実はね…」


「じゃあ夕食中にでも話せますか?」


「もちろん。そのつもりだよ」


「じゃあそれまではアニメでも観ませんか?」


「野田くんってアニメとか観るんだ?」


「いや…最近イラストにハマっていまして。観るようになったのは本当に最近ですよ」


「そっかそっか。じゃあ何か観よう」


そうして僕らはアニメ鑑賞をしながら夕食まで時間を潰すのであった。



一時間もしない内に二人は夕食の支度を終えてリビングのテーブルに鍋を置いた。


「少しだけ寒くなってきたからね。今日はすき焼きです」


真名は嬉しそうに微笑むと僕らに視線を送る。


「おぉ〜!お腹空いていたから助かる」


そんな言葉を口にして僕らは食卓を囲む。


「早速頂きましょう」


姉の咲が音頭を取って僕らは食事を取ることとなる。


「それで?姉ちゃんは何のよう?」


「用事なんて無いけど。弟が恋人とどんな生活をしているのか気になっただけよ」


「そう。幸せいっぱいな生活をしているってわかった?」


「そうね。二人の仲の良さは勤務の時に聞いていたから。疑ってはいないよ」


「良かった。それで雑賀先輩の話しって?」


僕は話題を変更するように雑賀慶秋に話を振る。

食事を取りながら彼は重い口を開いていく。


「うん…最近ストーカーに悩まされていて…」


その言葉に僕らは驚きを隠せずにいた。


「ストーカーって…相手は女性ですか?」


「そうだね…」


「どんな被害にあっているか聞いても良いですか?」


「うん。無言電話とか自宅も特定されていて…

信じられないほどの手紙を贈られてきたり…

外を歩けばずっと背後に視線を感じるんだ…

多分だけどファンが過激化したんだと思う…」


「雑賀先輩のファンですか…」


「そう。僕も最近は結構な活躍をしているから…

それこそ顔出しでサイン会とかも開いていてね…

だから僕も打算的な考えがあって…

さっきキキちゃんにあんな提案をしたんだ…

酷い先輩だと思うかい?」


「いや。全部が打算的な考えじゃないのは分かっていますから。

深瀬先輩のことも少なからず思っての発言だったと信じています」


「そっか。良かった…野田くんに呆れられなくて…」


僕らの会話は一旦そこで途切れてしまう。

僕ら以外の女性陣は話を聞いているようで食事を取りながらウンウンと頷いていた。


「まぁ…そこまでイケメンだと女性も群がるでしょ?

学生時代からそうだったんじゃない?」


姉である咲がその様な言葉を口にするので僕は信じられない光景が目の前に広がっていて驚いてしまう。


「姉ちゃんが他人をイケメンなんて言うの…初めて聞いたんだけど…」


「そう?私だってそういう感情持ち合わせているよ」


「私も結構な付き合いだけど…初耳だな」


「まぁ。あまり言わないのは確かだけど…理想が高すぎてこの歳になっても恋人の一人もいない」


姉の自虐的な言葉を耳にした僕らは呆れるような表情を浮かべる。


「いやいや。でも沢山の男性に言い寄られているじゃない」


「そうだけど。興味無いね」


「だから…そんな姉ちゃんが…雑賀先輩をイケメンなんて言うのが信じられないんだって…」


「ん?二人の言いたいことはわからないな…」


姉はピンと気ていないようだったが僕と真名は気付き始めている。

姉は確実に雑賀慶秋という男性を気に入りだしている。

それは何故か…。


「それで?警察には行ったの?相談窓口とかあるでしょ?」


姉は雑賀慶秋になんでも無い様な表情で問いかける。

彼もそれに頷くと同意するように口を開いていく。


「もちろん行きました。しかしながら直接的な被害が無いため…何も行動に移せないって言われました」


「ふぅ〜ん。女性の被害者が駆け込む時と同じ対応されるんだね…」


「そうですね。気を付けて生活するように言われまして…」


「それは酷いね。君は何も悪いことはしていないんでしょ?」


「もちろんです。特定の女性に気を持たせるような態度も取っていません」


「そっかそっか。亮平の友達なんだよね?」


「え?うん。そうだけど…」


「そっかぁ…。ねぇ亮平。お姉ちゃんが友人と仲の良い関係になったら嫌な気分?」


「そんなわけ無いでしょ。姉ちゃんなら頼りになるし…雑賀先輩と仲良くなってくれたら嬉しく思うよ」


「ホント?二言はないね?」


「………無いよ…」


僕はゴクリとつばを飲み込むと姉の目を正面から捉えて深く頷く。


「良かった。じゃあ雑賀くんだっけ?これから私と仲良くしない?」


姉の直接的な言葉に雑賀慶秋は少しだけドギマギとした態度でぎこちなく頷く。


「二人揃って初な感じがする。咲ちゃんは初めて仲良くする男性でしょ?

雑賀さんはモテすぎるが故に特定の女性と仲良くしたこと無さそう。

似たもの同士だから仲良くなれるんじゃない?」


真名は誂うような言葉を口にして僕も同意するように頷く。

そこから食事は一時間ほど続き話も盛り上がっていく。

二人が片付けをしている間に雑賀慶秋に改めて尋ねてみる。


「姉が迷惑掛けたら言ってくださいね?」


僕の言葉に雑賀慶秋はお酒を飲んでいるわけでもないのに顔を赤らめていた。


「うん…年上の女性に積極的に迫られると…やっぱり緊張するな…

それに野田くんに似て…容姿も整っている…

初めて感じる…緊張する相手だよ…」


「そうですか。仲良くしてあげてください。よろしくお願いします」


「僕の方こそだよ…」


「ストーカーの件は姉に頼ってください。ああ見えて学生時代は数々の武道を習っていたんですよ」


「そうなの?そうは見えないけど…」


「だからこそ怖いんですよ。あんな華奢な見た目で強いんですから」


「そっか…じゃあ頼っても良いんだよね?」


「本人に確認してください」


そこで僕らは破顔すると時計の針を確認していた。


「亮平。じゃあお姉ちゃん帰るから。たまに顔出すからね」


「うん。僕もそのうち実家に顔出すよ」


「そうしなさい。お母さんも心配していると思うわよ」


それに頷いて応えると雑賀慶秋は積極性を見せるように立ち上がった。


「車で来たので…送ります…」


「そう?じゃあお願い」


そうして二人は僕らの家を去っていくと二人で帰路に就くようだった。


「あの二人…上手くいきそうじゃない?」


真名は微笑んで僕に問いかけてくるので同じ様な表情で同意するように頷いた。


「私達みたいな関係になってほしいわね」


真名は美しく微笑むと並びあってソファに腰掛ける。

そこから僕らは二人きりの甘い時間を過ごしていくのであった。



後日。

雑賀慶秋から連絡が届く。

姉が彼にまとわりついていたストーカーを撃退したそうだ。

警察に突き出し事件は解決したんだとか。

そんな事があったからか…

二人の関係には進展があったそうで…。

まだ交際には至っていないそうだが…

それはきっと時間の問題だと思われた。

僕と真名は嬉しそうに微笑んで二人の未来を祝福したい気分なのであった。



そして深瀬キキは雑賀慶秋の口利きのお陰で企業側と面接を行ったそうだ。

卒業後はスポンサーになってくれることが決定してんだとか。

僕らも遠くない未来で芸大を卒業する。

そんなことを深く理解した。

僕と雑賀慶秋が卒業後も繋がりがあるように彼女らともきっと繋がり続けるのだろう。

きっとそうだ。

そんな考えが浮かんで僕らには別れが無いことを理解すると本日も筆を走らせるのであった。

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