第2話恋人の理解のお陰で今がある

不慣れではあるが今回の合同制作で僕はスケジュール管理や深瀬キキが撮ってきた写真の現像や管理に努めていた。

明らかに僕にはたっぷりとした余裕のある時間が与えられておりスキマ時間を利用して様々な手法を用いて絵を描いていた。

深瀬キキに教えてもらったスプレーアートの手法を用いてみたり鉛筆だけで幾何学的だが精巧な絵を描いてみたり…。

沢山の経験を積みながら彼女らと合同制作に励んでいた。


葛之葉雫が主体となって構成を考えているようで。

彼女は深瀬キキにどの様な写真が欲しいかを伝えているようだった。

それを耳にした深瀬キキは了承すると芸大キャンパスを抜けて駅の方へと向かうようだった。


「深瀬さん凄いんだよ。芸大キャンパス内の人間は全員撮ったんだって。

だから今は外部の人間を撮っているようだよ」


葛之葉雫は嬉しそうに微笑んで僕に伝えると同じ様な表情を浮かべて同意するように頷いた。


「そうみたいですね。僕も写真整理している時に気付きました。

もう人見知りじゃないですね」


最後の部分を軽く誂うようにして応えると彼女も同意するように微笑んで頷く。


「私も全体像が見えてきたから…

これから忙しくなりそうだけど頑張るわ。

それにしても野田くんは色んな手法で描いているのは何故?

既に完成されているのに…」


「そんな事無いですよ。日々精進しないと恋人に呆れられてしまいますし…」


「それは無いでしょ。考え過ぎだよ」


「そうは思いますけど。それぐらいの緊張感をいつでも持っているって話です。

故に日々新しい刺激を自分自身に与えているんです」


「へぇ〜。やっぱり野田くんだけは向上心が違うね。

去年の雑賀先輩とも違う。

なんていうんだろう…。

野田くんは芸術のためなら何でもやるって感じがする。

大変忙しい毎日だと思うけど…

野田くんは満たされているんだね。

羨ましい…」


葛之葉雫は少しだけ最後の言葉を俯きながら口にする。

それに違和感を覚えた僕は彼女の目を視線で追うようにしていると観念したのか嘆息しながら口を開いた。


「旦那と少しだけ言い争いになってさ。

芸大に通わなくても…お父様にお願いしたら入社させてもらえるだろ?

って言われて…

確かにそうなんだけど…


私はコネ入社だって言われるのが嫌なの。


そう返しても理解してもらえなくて…


四年間ずっと俺だけが稼ぎ続けるのか?

お前の学費も払いながら?


なんて悲しいことを言われちゃってさ。

理解のない旦那なんだなって今になって思ってしまったんだよ…

だから野田くんの恋人が羨ましい。

何にでも理解があるみたいで…」


葛之葉雫の言葉をウンウンと頷いて聞いていると確かに僕は真名の理解のお陰で今までどうにかこうにか二人の関係を築けてきた。

真名じゃ無かったら今頃は別れていたかもしれない。

彼女ほど理解のある女性はいない。

今後も現れないだろう。

打算的な考えではなく。

僕は絶対に真名が良いと思っているのだ。


「多分ですけど…

旦那さんも虫の居所が悪かっただけですよ。

本心でそんな事思っていないはずです。

僕の予想ですけどね。


だってそうじゃないですか。

もしも本当に学費を払い続ける四年間が嫌だったとしたら…

入学前に言うでしょ?


本心では応援してくれていますよ。

会社などで何かしら嫌なことがあって当たってしまっただけです。

きっとそうですよ。

だから葛之葉先輩も気にしすぎないでください。


僕の恋人もそうですけど…

理解が無かったら結婚しようと思わないでしょ?

結婚式での二人の誓いを思い出してください。

僕はその場に居ませんでしたが…

旦那さんはきっと分かってくれていますよ。


ただ時々無性に憎らしくなるのでしょう。

僕の恋人もそんな事を言っていましたから…」


最後の言葉を苦笑の表情を浮かべて口にすると葛之葉雫は何とも言えない表情を浮かべていた。

僕の言いたいことを理解できた彼女はウンウンと頷くと感謝を告げてくる。


「ありがとうね。いつも野田くんに助けられているよ。

野田くんぐらい言葉を尽くしてくれる旦那だったら良かったんだけど…

あの人は不器用だから…

私も正面から喰らっちゃったんだと思う。

事実だし私の稼ぎもあれば家計はもっと楽になるわけだからね。


私が遊んでいるように見えるの?


みたいな事を言ってしまって…

自分の未熟さを痛感したよ。

年ばかり重ねて…まだ本当の意味で大人になりきれていない。

野田くんのほうが余程大人だよ…」


「そんな事無いですよ。僕も恋人に対して言葉が足りないと最近になって気付いたんです。

もっと言葉を尽くして相手を思いやる気持ちを持たないといけないんだって…

本当に最近気付いたばかりで…

今まで恋人は不安を抱えて過ごしていたはずです。

僕の無責任な行動にも疑問を覚えたでしょう。

それでも彼女の器の大きさに全て救われてきました。

だから今度は僕が返す番なんだって思っています。

そういうギブアンドテイクの関係じゃないと長続きしないなって思ったんですよ。

もらってばかりじゃダメなんだって。

僕もまだまだ子供です。

一生子供っぽさを抱えながら生きていくんだと思います。

それでも大人らしく振る舞えるように努力するんでしょう。

自分よりも大人の人にそれを見透かされながら…

微笑ましく思われながら…

それでも僕は精一杯誠実な態度で恋人と向き合おうと思ったんです。

まさに夏休み中の旅行で気付いたんですけどね…」


そこまで口にすると葛之葉雫はウンウンと頷いて聞いてくれていた。

何気なしに時計の針を眺めると正午になる頃で僕らは昼休憩に入ろうとしていた。


「帰ったら旦那ともう一度ちゃんと話してみる。

野田くん…本当にありがとう。

勇気を貰えたよ」


「そんな。大した事はしていませんよ」


などと口にして微笑むと僕らは深瀬キキのいる駅近くまで向かうのであった。



駅のホームで深瀬キキは赤の他人に声を掛けて写真を撮らせてもらっていた。

僕らはその光景を微笑ましく感じながら彼女の傍まで向かう。


「深瀬先輩。お昼にしましょう」


声を掛けられた深瀬キキは驚いたような表情を浮かべるとふぅと息を吐く。


「何をそんなに驚いているんですか?」


葛之葉雫は伺うように問いかけて深瀬キキの様子を眺めているようだった。


「なんでも無いわよ…よそ行きの顔を見られて照れくさいだけだから…」


「あぁ〜…なるほどですね…」


彼女らはそれで納得したようで気まずそうに顔をそらしていた。


「とにかく。昼食にしましょう。

ここにいる全員がオークションでかなり稼いだでしょ?

お昼ぐらい贅沢しましょうよ」


「贅沢って…私は野田くんや深瀬さんほど稼げなかったわ…

もちろん私の稼ぎは家計の役に立つような使い方をするから…

贅沢は出来ないと思う…」


「じゃあ私が雫の分を出すわよ」


「そんな…」


「僕も出します。三人で特別課題達成のお祝いも出来ていなかったでしょ?」


「そうだけど…二人に負担を掛けるのは…」


「良いって。気にしないで。私は全額出す気でいるわ」


「僕もそのつもりです」


「なんで…そんなに…私に構ってくれるんですか?」


「なんでって…ねぇ?」


深瀬キキは僕に視線を向けてくるので微笑んで頷く。


「そうですよ。僕らはずっと一緒に作業をしてきたじゃないですか。

一口に仲間と言って差し支えない。

そして今後も共に過ごすでしょう。

だから僕らはお互いに奢ったり奢られたり。

そんな事を今後も続けていくでしょう。

だから気にしないでください。

それに僕も深瀬先輩も葛之葉先輩と共に過ごしたいだけですから」


「本当にその通りよ。だから気にしたりしないで?」


「………わかりました。ありがとうございます」


そうして僕らは回らないお寿司屋さんに入店すると高価なランチを頂くのであった。



昼食後。

深瀬キキは再び写真撮影に向かった。

葛之葉雫と僕はキャンパスに戻ると再び作業に入る。

僕は時間に余裕が出来ていたので中庭にてスプレーアートの練習を行っていた。

どの様にすればアートになるのかを試行錯誤して過ごしていた。


「スプレーアートですか。深瀬さんの入れ知恵ですね?」


厳しいと評判の教授が唐突に姿を現して僕は思わず驚いた表情になる。


「続けてください」


教授の言葉を受けて僕はスプレーアートの続きを進めていく。


「必要ない技術なんてものは無いですからね。

大いに励んでください。

スプレーアートと一口に言っても様々な手法があります。

深瀬さんのやり方だけではなくSNSなどで調べてみるのも良いと思いますよ。

それでは私はこれから各科一年生のクラスを周りますので。

では」


そうして教授は僕に別れを告げるといつの間にかその場から姿を消してしまう。

いつも唐突な人だと思いながらスマホを手にする。

SNSなどで描き方を調べて実践。

そんなことを繰り返しながら…。

本日も帰宅の時間がやってくるのであった。



帰宅した僕は真名に本日の出来事をいつものように話していた。


「先輩の旦那様はきっと疲れが溜まっていたか嫌なことがあったんでしょうね。

亮平くんも分かっているわね。

先輩の欲しい言葉をしっかりと言えて偉いわ。

恋人として誇りに思うよ」


「ありがとうございます。僕も真名さんに倣って…

器が大きくて優しい男性になりたいものです。

僕は真名さんから受けた優しさがとても温かいことを知っています。

だから出来るだけ沢山の人に優しくしたいと思いました。

なんて感想文みたいですね…」


「良いじゃない。他人には優しくね。

それと同じ様に自分にも…

私にも優しくね?」


「当然です」


そうして僕らは優しく抱き合うと二人だけの甘い夜の時間を過ごしていくのであった。



二学期は始まったばかり。

僕らは特別課題を達成して今後三人で合同制作を進めていく。

気心の知れた仲間とともに過ごす時間はあと二年半ぐらいしか残っていない。

僕らはいずれ卒業する。

それぞれの道に進むことになるのだろうが…

今はともかく仲間との絆を大事に一緒に高みを目指そうと思うのであった。



「旦那と仲直り出来たわ。ありがとうね。野田くん」



後日。

葛之葉雫は僕に感謝を告げてくれる。

僕もそれを聞いて嬉しそうに頷いて応える。

ここから僕らは気持ちをリセットして合同制作に心血を注ぐことを誓うのであった。

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