第五章 芸大生活 二年時後半戦 覚醒後の亮平

第1話二学期開始の合同制作。少しの波乱要素を含みながら…

覚醒と聞くと何かしらの能力に突然目覚めたようなイメージを持たれるかもしれない。

だがしかしそうじゃないのだ。

きっと覚醒というのは学習と成功体験の積み重ねの先に待っている自信や報酬を得て至るものだと思われる。

覚醒は一種の気付きであることは明らかだった。

自分の才能と周囲から付けられた価値により身に付いた自信が僕を覚醒へと押し上げたのだ。

覚醒へと至った僕の作品たちは明らかに以前よりも格段にレベルアップしていることだろう。



現在。

夏休みが開けて二学期に突入していた。

特別課題は全員がクリアしていた。

僕らは合同制作の打ち合わせをするために作業室で頭を捻っていた。

黒板の前では深瀬キキが先輩らしく指揮を取ってくれている。

僕と葛之葉雫はいくつかアイディアを出しているところだ。

それを深瀬キキが黒板に書き写していた。

僕らはしばらく思考を止めずにアイディアを出し合っているところだ。


「野田のアイディアは…なんだか昔と一味違うわね…」


深瀬キキは少しだけ残念そうな表情を浮かべていて僕は意味が分からずに首を傾げるしか無かった。


「何でも無いわ。やっと背中が見えてきたと思っていたのに…

更に先に行かれて悔しいだけだから…」


葛之葉雫はそれに同意とでも言うように力強く深く頷いた。


「本当ですよ。私もそう思っていました。

これでは私達が力不足で足を引っ張ってしまいそうです」


「そんな事は…大したアイディアじゃないですし…」


僕の遠慮がちな言葉に彼女らは首を左右に降って答えた。


「だって…何よ…

油絵科なのに写真でアートを作るとか…

そんなアイディアは私達から生まれてこないわ…」


「そうですか?合同制作ならではだと思ったのですが…

人手があれば沢山写真を取れますし…

それを上手に繋げて一つのアートを作るなんて…

ありきたりなアイディアだと思っていたんですけど…」


「確かに…そういうアートはあるわよね。

でも…私達からは生まれてこないアイディアだって痛感したの。

今までもずっと絵を描いてきたわけだし…

他の手段を知らなかった…

芸術家になろうと思っているのに…

これじゃあダメね…」


深瀬キキは深く落ち込んだような表情で肩を落として黒板を見つめている。

葛之葉雫も同じ様に暗い表情を浮かべている。


「そんな肩を落とすようなことですか?

お二人だっていずれプロになったら様々なジャンルを扱うようになるでしょ?

絵だけでは満足いかなくなって…

様々な手法で表現するようになるはずです。

それが早いか遅いかだけの差じゃないですか」


僕の悪気のない言葉に彼女らは呆れたような表情を浮かべて答えを口にする。


「だからね。年下の野田に先を越されていることにかなりの絶望を覚えているって話しなのよ」


深瀬キキは直接的な言葉を口にして僕にわかりやすく説明してくれる。

僕はそれを聞いても完全に理解は出来ないでいた。

プロになれば年上とか年下とかきっと関係ないはずだからだ。

年下の白根桃が僕よりも突飛で先に進んだ意見を口にしても悔しいとは思わないだろう。

気付きが早かったか遅かっただけの差だということを僕は知っているから。

彼女らが勉強不足や努力不足と非難する気はまるで無い。

たまたま僕のアンテナが敏感で様々なことをキャッチしやすいだけで…

彼女らだって殆どプロのようなものなのだ。

この間のオークションでかなりの金額を売り上げたのだ。

何をそんなに肩を落としているのか…

僕には理解できないでいたのだ。


「じゃあ野田のアイディアを今回も頂戴しますか」


深瀬キキは嘆息すると葛之葉雫に視線を向ける。

彼女も仕方無さそうに頷くと僕らの合同制作の方向性は決まった。


「写真を撮る係は誰にしますか?」


葛之葉雫が挙手をして僕らに視線を向ける。

うーんと悩んだような表情を浮かべる深瀬キキはリーダーらしく考えているようだった。


「私にやらせてもらっても良い?」


深瀬キキは苦い表情を浮かべながら挙手をして葛之葉雫は少しだけ驚いたような表情を浮かべて口を開く。


「深瀬さんが写真係ですか?人付き合いとか苦手なのに?」


「そう。卒業までに人見知りとか直しておきたくて…

今回は良い機会だと思うのよ…

だから私にやらせて欲しい」


「野田くんはどう思う?」


「良いんじゃないですか?期限はかなりあるわけですし。

僕と葛之葉先輩はどうしましょうか?」


「じゃあ私が主体で作品の構成を考えたいんだけど…

野田くんのアイディアなのに出しゃばって悪いと思っているよ…

でも私達も遅れを取りたくないのよ…」


葛之葉雫の観念したような苦笑の表情を目にして僕はコクリと頷くしか無かった。


「分かりました。じゃあ今回僕は裏方に徹底しますね。

写真の整理とかスケジュール管理とか…

学生の間に出来ることはやっておきたいって丁度思っていたところなんですよ」


「そうね。私も後半年ほどしか学生生活は残っていないから…

今の内に苦手を無くしておかないとね…」


「私ももっとスキルアップしないとです。

このままでは父の会社に入社しても…

コネだと馬鹿にされかねないですから…」


「じゃあ全員が課題や目標を持って頑張りましょう。

深瀬先輩は今日からでも写真撮影に入ってください。

まずは芸大内の知り合いを訪ねてみたらどうでしょう」


「分かったわ。じゃあ早速スマホで写真を取ってくるわね」


「はい。頑張ってください」


深瀬キキはスマホと財布を持って作業室を出ていく。

残された僕と葛之葉雫は少しの会話の後、作業に移行するのであった。



帰宅した僕は真名が帰ってくるまで作業室で筆を動かしていた。

真名の事を考えながら彼女の事を描いていく。

普段とはまるで違う絵柄や手法でイラストを描いていた。

色とりどりのマジックペンでイラストボードに絵を描いていく。

僕は深瀬キキの事を少しだけ考えていたことだろう。

彼女は自らの画風を一度壊して進化させたという話しをいつか聞かせてくれた。

僕にその必要があるかどうかは定かでないが…

今の実力を落とさない程度に様々な手法で描けるように努力していた。

今後は庭でスプレーアートに手を出すのも良いな。

などと考えながらアニメの登場人物のようなイラストを描き終える。

見様見真似で描いたイラストだったが…

中々の出来だと思われた。

真名がアニメの中の登場人物だったらこの様な感じだろうと思いながら。

僕はしばらくそれを眺めて過ごしていた。

新たな気付きを得られないかと思っていると…。


「ただいま。作業中だった?」


作業部屋のドアが開かれて真名は僕の様子を伺っているようだった。


「おかえり。うんん。丁度終わったところ」


「良かった。今日はマジックペンで描いていたの?珍しいね」


「あぁ…うん。見てくれる?」


「見せてくれるの?」


「もちろん。真名さんのイラストなんだけど…」


そうして僕はイラストボードを真名に見せると感想のような言葉を待っていた。

真名はウンウンと頷くと薄く微笑んで嬉しそうに口を開く。


「可愛すぎない?」


照れ隠しのようにして戯けた表情で口を開く真名に僕もくすぐったくて苦笑する。


「実物はもっと可愛いですよ」


「そうかなぁ〜」


そんな他愛のない会話を広げながら僕らはリビングへと向けて歩き出した。


「このイラストにサイン入れてよ」


真名はイラストボードを眺めながらその様な言葉を口にする。


「サイン?まだそんなもの無いですけど…」


「いやいや。卒業したら確実にプロになるんだから…

今の内に考えておいたほうが良いでしょ?」


「やっぱり…そのうちにサインとか求められるようになるんですかね?」


「まぁ…多田で殆どの絵を買い取るから。

他人の手に渡る機会は少ないと思う。

でも多田で個展を開くから。

きっとサインを求められるような世界的画家になると思うよ。

だから今の内に考えておくのが得策だと思うな」


「わかりました。じゃあ今から少し考えます」


「そうして。私は夕食の支度をしちゃうね」


「お願いします。いつもありがとうございます」


僕の感謝を真名は嬉しそうに受け取るとそのままキッチンに立つ。

僕は不要な用紙にサインの案を考えながら腕を動かしていた。

いくつかのサイン案が浮かんで…。

一つ気に入ったものを自分のサインにすることを決める。

そこからは真名が料理をする姿を視界の端に捉えながら映画などを観て過ごす。

夕食が出来上がると僕らはいつものように共に食事を取ると片付けを済ませる。

いつものように一緒にお風呂に入ると二人きりの甘い夜が過ぎていくのであった。



「先輩よりも先に進んでしまってひがまれているって話し?」


行為が終わった後に真名はベッドで横になりながら僕の話を要約していた。


「ひがまれているというより…悔しいのかも」


「ふぅ〜ん。芸術家の世界でもそういう話ってあるんだね」


「何処の世界でもあるんじゃないですか?」


「そうかもね。でも私は無縁だな。誰かを羨んだりしない。私は私だし。

私にしか出来ないことがきっとあるって分かっているから…」


「真名さんにしか出来ないこと?」


「そう。亮平くんを愛して…いつまでも一緒にいることとか…♡」


「なるほど。それは真名さんにしか出来ないですね」


「そう思ってくれる?」


「当然です。僕にしか出来ないこともきっとそれですから…」


「それ?ちゃんと言葉にしてほしいな…♡」


「いつまでも真名さんの傍にいることです。これは誰にも譲れません」


「ありがとう♡私も同意見だから…」


僕らは再び見つめ合うと抱き合いながら目を閉じる。

そのまま二人だけの世界へと誘われるようにして眠りにつくのであった。



深瀬キキは自分の短所や欠点を解消するために奔走していた。



葛之葉雫は気付いていたことだが、この中で一番遅れを取っている自分を悔いていた。

自らの努力不足や実力不足を呪いながら…

彼女は必死に努力を重ねることを決意していた。



僕は今まで経験してこなかった分野に手を出し知識を広げようとしていた。

様々なことに触れて自らのレベルアップに繋げようと努力を欠かさないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る