第8話完全休暇のGW。キャンプで二人の絆を確かめて

世間はまさにGW真っ只中だった。

深瀬キキと白根桃に断りを得て僕らは作業を一時中断して完全休暇へと入っていた。

真名は今まで消化してこなかった有給を全て消化する勢いで使ってくれたらしくGWの全てを休日にしてくれていた。


「それじゃあ出発!」


いつもの高級車ではなく荷物がたくさん詰めるバンに乗り込んだ僕らは自宅であるアトリエを出る。

それでは大荷物を持って何処に向かうのかと言えば…。

郊外のキャンプ地に向かっている。

大自然の中で二人きりの時間を過ごしたかった僕らはGWまでにキャンプ用具をしっかりと揃えていた。


「それにしても急だったね。なんでキャンプしたくなったの?」


真名はいつものように運転席に乗り込むとアイスコーヒーを飲みながら質問をしてくる。


「う〜ん。今までやってこなかった事をしてみたくなって。それに大自然の夜とかワクワクするじゃないですか。月や星が綺麗そうで…」


「それはそうだね。私も今から楽しみだよ。到着まで三時間以上掛かるけど…好きな音楽流して良いよ〜」


「いつも運転ありがとうね。僕は芸大受験があったから免許を取り損ねて…」


「良いよ良いよ。運転好きだし。何故か助手席に亮平くんが乗っていると安心するんだ」


「そうなんですか?甘えちゃってすみません」


「本当に大丈夫だから。いつまでも私が運転するよ」


「ありがとう。それにしてもこの車は?」


「実家で放置されていたから借りてきた」


「本当に何でもありですね」


「そういう家なのよ」


「ですか…」


「三時間もあるから寝ててもいいからね」


「そうはいかないですよ。運転までしてもらっているのに…横で寝るなんて何様って感じじゃないですか」


「でも…日頃から疲労が溜まっているでしょ?」


「それはお互い様じゃないですか。それに今日は楽しみなので一睡もしたくない気分なんですよ」


「ふふっ。未だに可愛いところあるんだね」


「そうですか?」


「うん。昔と変わらない」


「喜んで良いんですか?」


「喜んで良いよ。そんな可愛いところも好きになったところなんだから」


「そうですか…」


そんな他愛のない会話を繰り返しながら僕らの目的地までの移動は続いていく。

途中のサービスエリアで休憩を何度か取ると僕らは目的地に到着するのであった。



大自然に広がるキャンプ地に降り立った僕らは荷物を降ろしてテントを建てていく。

説明書を読みながら二人で協力して四苦八苦しながらどうにか建て終える。


「ふぅ。とりあえず一休み〜」


真名はいつもより気が抜けているようで緊張感の欠片も無いようだった。

僕はそれを嬉しく思うとテントの外で火を起こしていく。

真名は寝転がりながらこちらを眺めていた。

一生懸命に火を起こして軽く汗をかいた僕は上着を脱いでテントの中に置く。

半袖になって火を起こしている僕が可笑しかったのか真名は珍しくケラケラと笑っていた。


「五月でもう暖かいもんね。火を起こすと逆に暑くなるね」


微笑みを携えたまま真名は僕に口を開くと日陰のテントの中で涼んでいた。


「そうですね。でも料理とかしますよね?」


「そうだね。キャンプだからね。火起こしは大事。ありがとうね」


「いいえ。苦労した甲斐がありました」


「????」


「真名さんが笑顔になってくれただけでも…汗をかいた甲斐があったというものです」


「なるほどね。嬉しいこと言ってくれるね」


「そうですか?僕も丁度コーヒーでも飲みたい気分だっただけですよ」


「ホットコーヒー?こんなに暑いのに?」


「コーヒー好きはホットを好むそうですよ」


「こんなに暑いのに?」


真名は軽く誂うような視線を送ってくるので僕は観念したような態度で肩を落とす。


「格好つけたいだけです…」


「はははっ!誂ってごめんね?」


「良いですよ。たまには僕だって大人ぶりたい時があるってだけですから」


「そうなんだ。やっぱり可愛いね」


「やめてくださいよ。可愛いっていうの…」


「どうして?褒め言葉だよ?」


「何かで読みましたけど…女性が男性に言う可愛いって恋愛対象じゃない人に言うんですよね?」


「なにそれ?恋人は例外って書いてなかった?恋人に言う可愛いは最大限の褒め言葉だよ?」


「そうなんですか?ちゃんと恋愛対象として見てます?」


「当然でしょ?そうじゃなかったら付き合ってないし…結婚も考えないでしょ?」


「………そうですね…」


そこで僕は軽く言葉に詰まると火を起こし終える。

湯を沸かすためにポットを火にかけるとミルでコーヒー豆を挽いていく。

ガリガリと心地のいい音が聞こえてくると同時にコーヒー豆の安心する香りが鼻を伝って全身へと駆け巡った。


「あ…本当にいい香りがするね。私もコーヒー飲みたい」


「ホットでですか?」


「うん…淹れたてを飲みたいから…」


「格好つけているわけでは…」


「亮平くんじゃないんだから」


真名はそこで再び誂うようにして微笑むとテントを抜けて僕の隣の椅子に腰掛ける。

僕は軽く苦笑をするとコーヒーを淹れるためにドリッパー&フィルターをサーバーにセットして挽きたてのコーヒー豆の粉をそこに入れていく。

ポットのお湯が湧くと小さな円を描くようにしてお湯を流していった。

初めの一回目は蒸らすためにお湯を入れてから数分間待つらしい。

その後もフィルターに直接お湯がかからないようにして粉にお湯を流していった。

サーバーがいっぱいになるまで十分ほどの時間を要して僕はホットコーヒーを淹れ終えた。

二つのマグカップに淹れたてのホットコーヒーを入れると一つを真名に手渡す。


「本当にいい香りだね。早速頂きます」


ふぅふぅとマグカップの中身を冷ますように息を吹きかけている真名が幼い子供のように映って僕は薄く微笑んだ。

二人同時にマグカップの中身を口に運ぶと驚いたような表情を浮かべる。


「美味しいね!亮平くんが淹れてくれたから!?」


「大自然の中で飲むからですよ」


「本当に美味しい!いつも職場で飲むものより何倍も!」


「買ってきた豆が違うはずですし…。コストが全体的に違うからでしょ」


「そんなに良いもの買ってきたの?」


「喫茶店で販売している豆を買ってきました」


「だから本格的な味がするの?雑味がまるでないんだけど!」


「ですね。本当に美味しいです」


「亮平くんの新たな一面を見た気がするよ」


「上手にコーヒー淹れただけですよ」


「それでも。新たな刺激を受けて…嬉しいな」


「そうですか?僕も真名さんの新たな一面が見られて嬉しいです」


「私の?」


「はい。案外子供っぽいところもあるんだなって」


「バカにしてる?」


「そんなんじゃないですよ。可愛らしくて…見られて本当に嬉しいです」


「そう…少し気が抜けていたから…」


「良いじゃないですか。こんな大自然の中ですし。解放感に浸っても良いですよ」


「本当にね。こんなに自然が広がっているって直接見て感じないと理解できないよね」


「ですね。久しぶりに自然に触れた気がします。少し横になってもいいですか?」


「もちろん。お昼まで少し休もう」


僕と真名は早朝から家を出た為いつもより少しだけ眠かった。

昼になるまで僕らはテントの中で涼みながらウトウトと眠りに着くのであった。



正午過ぎに目を覚ました僕は前日から真名が家で仕込んできた料理を温めていた。

アヒージョを火にかけてパンを軽く焼いて昼食の準備を整えていた。

いい匂いがしたのか真名は遅れて目を覚ます。


「ふぁわ〜。いい匂いだね」


僕の隣にやってきた真名は普段は見せない欠伸を一つして伸びをしていた。


「真名さん。飲んでも良いですよ。今日はもう何処にも行かないんですし」


「え?良いの?でも何かあったら運転できないよ?」


「何かあったら運転代行とかタクシー使いますよ。それに何も起こらなければ良いわけですし」


「それでも昼から飲むのは…抵抗あるね…」


「良いじゃないですか。折角のGWですし。思いっきり羽根を伸ばしたらどうですか?普段は出来ないことをしてみては?」


「本当に良いの?」


「はい。それにこっそりとワイン買ってきたの知っていますよ?」


「………バレてた?じゃあ飲んでも良い?」


「どうぞ」


真名はワインを開けるとステンレスのコップに注ぎ込んで飲み始めていた。

アヒージョとパンをつまみながら彼女は満足そうに昼食を楽しんでいる。

僕もその姿が嬉しくて薄く微笑みを浮かべる。

昼食はあっという間に終わると片付けを済ませる。

食後の運動とでも言うように僕らは大自然の中を軽く散歩して過ごす。

テントに帰ってくると再びだらけるようにして昼寝の時間が過ぎていくのであった。



日も落ちかけた頃に目を覚ました僕はどデカいステーキ肉を焼きながら真名が起きるのを待っていた。

ジューッと鉄板の上でいい音を奏でる分厚いステーキ肉に今すぐにでも齧り付きたい気分だった。

両面をしっかりと焼いてカットしていくと中身があまりにもレア過ぎたため断面も軽く焼いていった。

味付けを終えて木皿にステーキ肉を置いていた所で真名は丁度良く目を覚ます。


「うわぁ〜美味しそう!」


子供のようにはしゃぐ真名は再びワインをステンレスのコップに注ぎ込んで夕食の準備は万端とでも言うように椅子に腰掛けた。


「どうぞ。お先に食べてください」


「やったぁ〜!ありがとうっ♡」


真名は子供のようにカットされたお肉を頬張るとワインを一口。

あまりの美味しさに表情がコロコロと変わる真名を愛おしく思った。


「じゃあ僕も」


そうして僕もお肉を頬張るとあまりの美味しさに言葉を失った。


「本当に美味しいね!」


「ですね。やっぱり炭で焼くとこんなに美味しく感じるんでしょうか?」


「えぇ〜亮平くんが焼いてくれたからでしょ?」


「そんなスキルは無いですよ。お肉と炭火と自然のお陰ですよ」


「そんな謙遜しないで。私は亮平くんが焼いてくれたから美味しいって思うんだよ」


「そうなんですか?それならば普段からも家事を積極的に手伝いますね」


「それは…普段は私がやりたいんだよ。こういう特別な時にやってくれるから…何倍にも美味しく感じるの」


「特別感によるスパイス的な話ですか?」


「そういうこと」


僕らは夕食を楽しむと片付けを終えて火の近くで暖を取っていた。


「やっぱりまだ夜は寒いね」


「ですね」


真名は未だにワインを飲んでおり顔を赤くしながら暖を取っていた。

火に当たっているから顔が赤いのか酔っているから顔が赤いのか。

二十歳を迎えていない僕には未だに理解できないことだった。


「星も月も夜空も景色の何もかもがキレイで…こんな光景を一生忘れないようにしようね」


真名は少しだけロマンチックな言葉を口にしていた。

しかしながら僕もその意見に完全同意だった。

この光景をいつか思い出して絵に残すのだろう。

そんな事を軽く思考した。


「はい。真名さんとの日常も非日常も…何もかもちゃんと覚えていますからね」


「本当に?私もだけど…」


「はい。出会ってからの毎日をずっと覚えています」


「うん。これからもずっと覚えていてね?」


「はい。いつまでも二人で思い出を増やしていきましょう」


「うん。一緒に年を重ねていこうね」


「もちろんです。いつまでも一緒に居ますよ」


「私も…」


僕らは良い雰囲気に包まれると軽く抱き合ってキスをした。

満天の星空の下で僕らの思い出の欠片はまた一つ増えていくのであった。



二十二時頃に僕らは寝袋をセットするとテントの中で眠りについた。

翌朝も早めに起床すると簡単な朝食を取って帰宅の準備をする。

郊外まで足を運んだ僕らはお互いの実家にお土産を購入する。



僕は真名に頼んで帰りに実家に寄ってもらうことにした。

玄関先で母親と姉の咲が僕らを迎えると簡単に話をしてお土産を渡した。


「二人でキャンプ?仲良しね」


母親は僕らに笑顔を向けて真名は少しだけ照れくさそうに微笑んでいた。


「課題の方は大丈夫なの?ちゃんと卒業できる?」


姉は心配そうに僕に問いかけてくるので問題ないとでも言うように頷いた。


「まぁ。お母さんは心配していないから。ちゃんと真名さんを大事にすること。それだけよ」


「次の勤務で色々と話そうね〜」


姉は真名に呑気な言葉を投げかけて彼女もそれに照れくさそうに頷いていた。


「じゃあそろそろ帰るね。簡単な挨拶になって申し訳ないけど…」


「良いのよ。いつでも元気な顔を見せに来なさい。少しの時間でも良いんだから。それだけでお母さん…安心するから」


「わかった。じゃあまた」


そうして僕らは真名の運転で帰宅すると荷下ろしを済ませる。

キャンプ道具一式は車に詰め込んだままで洗う必要がある食器などを下ろすとキッチンへと運ぶ。

そのまま洗い物を済ませて…

僕らのGWは完全休暇として数日間過ごしていくのであった。



残りのGWは真名と二人で家で過ごしていた。

完全にいちゃいちゃする時間が多かったように思える。

僕は一度も筆を取らなかったし作業に入ることもなかった。

文字通り完全休暇だった。

休み明けに芸大キャンパスに向かうと作業室には既に深瀬キキと白根桃の姿がある。


「おはようございます。久しぶりですね」


「おはよう。野田は休みの間…手を動かしていた?」


「いえ。全く」


「じゃあ早く動かしたほうが良いわよ。感覚取り戻すのに時間掛かるから。そこで四苦八苦している娘がいるでしょ?」


後ろの方を向くと白根桃は思い通りに動いてくれない手にヤキモキしているようだった。


「先輩。おはようございます。完全休暇にしたら…腕が思い通りに動いてくれなくて…」


「そうなの?すぐに取り戻せるよ」


「だと良いんですが…深瀬先輩が脅すんですよ…三日以上掛かるって…」


「プロでも毎日動かさないとすぐに鈍るって話はどの業界でも聞く話じゃない?だから私は休みの間も動かしていたわ」


「それじゃあ完全休暇じゃないですよね?」


「そうだけど。休み明けに使い物にならなくて困るのは自分でしょ?」


「それなら休み前に忠告してくださいよ〜!深瀬先輩ってなんで私に意地悪なんですか!?」


「意地悪じゃないわよ。身を持って知らないとわからないことはあるでしょ?今回はいい経験だったて思いなさい」


「そんなぁ〜…」


二人の会話を耳にしながら僕も恐る恐るキャンバスに筆を置く。

しかしながらどういうわけか筆はすんなりと動いてくれる。

というよりも…

いつも以上に活き活きと動く自らの腕に自分自身が驚く。


「なんで動くの?」


深瀬キキは呆れたような表情を浮かべていた。


「まぁ…野田だから…仕方ないか…」


そんな諦めの様な言葉を受けながら…。

僕らの芸大生生活はまた今日から始まるのであった。

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