第7話多田家に詰められて…決意のような感情を手にする数日間の出来事

多田家にて月一の会食が行われている現在のことだった。

楽しげだった空気が一変したのは食事が終わって少し経過した一瞬の出来事だった。


「さて。楽しげな空気を一気に壊すようで申し訳ないのだが…」


多田家当主である父親が口を開くとピリッとした空気が大広間に流れる。

全員が背筋を正すようにシャンとした態度を取ると話の続きを待っていた。


「元恋人の裸婦画を描いたと聞いたが…

何のつもりだ?

真名の善意や優しさを踏みにじるつもりか?

娘を傷付けて楽しいか?

それも画家の性だと言って今まで受けてきた恩を仇で返すつもりか?」


「お父様…

そのお話を何処で聞いたのですか?

私は一言もそのことについて口を割っていませんが…」


「多田の情報網を使った。

芸大内に多田の伝手は存在する。

加えて言うのであれば…

その裸婦画があまりにも魅力溢れた作品だった…

亮平よ。

もう一度尋ねるが…

何のつもりだ?」


僕は今一度当時の事を考えていた。

自らのレベルアップにしても確かに必要のない工程だったかもしれない。

それでも僕はあの時に感じた巨匠への可能性に嘘はつけない。

あの時感じた確かな感触を手放す気はない。

僕にやましい感情はまるでない。

けれどこれをどの様に伝えれば良いものか…。

そんな事をしっかりと思考してから僕は口を開く。


「申し訳ありません。

まずは謝罪を。

真名さんを傷付けるつもりは毛頭ないです。

僕の行動は一重に自らの研鑽に尽きます。

ですが今回それが悪い方向に暴走したのも確かです。

恩を仇で返すつもりなど微塵もありません。

謝罪すら快く感じないでしょう。

しかしながら僕にやましい気持ちなど全く存在していません。

断言しますが…

僕は真名さん以外に興味がないのです。

真名さんが僕を嫌って離れたくなったとしても…

僕はいつまでも真名さんを想っていますし愛しています。

ご家族の前でこの様な告白をするのは恥ずかしい限りなのですが…

ですがこれが僕の本心です。

しかしながら余計な心労をおかけしたこと…深くお詫び致します。

申し訳ありませんでした」


「まぁ。そういう事だ。

今回の件は許すことにしよう。

ワシの言った通りだっただろう?

芸術家とは本来この様な性や業を背負っているものだ。

それにいちいち目くじら立てていたら…

心労で床に伏せることになるぞ。

娘のことだから余計に心配だったのだろう。

ワシだって孫のことだから心配する気持ちもあった。

だがな…

ここで亮平を糾弾して排除するのは得策ではない。

此奴は確実に多田の利になる人物だ。

ワシもその裸婦画を観せてもらったが…

あれはやましい気持ちがあって作られたようなものではない。

そんなやましさや軽々しい気持ちだけで裸婦画を描いたわけではないと理解できる。

一度観てみたのだろう?

それならば亮平の創作に対する姿勢や真名に対して不義理を働く気持ちが微塵も無いことを理解できるだろ?

この話はここで終わりにしよう。

真名も良いだろう?

亮平の事を許しているのだろう?

それならばワシらが余計な口を挟むことではないだろう。

良いな?」


真名の祖父は静かに口を開くと当主である息子を嗜める様な視線を送っていた。

当主は仕方無さそうに納得すると頷いて口を開いた。


「真名の事を頼む。

出来るだけ傷付けないでくれ。

もしも今後も傷付けるようなら…」


「お父様。大丈夫です。

私は亮平くんの事を信じているので。

亮平くんは嘘をつけるような男性ではないので。

私は分かっております。

亮平くんの気持ちの全てを。

理解しております。

その上で何も心配しておりません。

大丈夫です。

私は亮平くんに確かに愛されているので。

お父様もご心配なく」


「そうか…ならばこの話は終わりにしよう。

今後も励みなさい」


「かしこまりました。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」


その場にいる面々は深く頷くと多田家の総意とでも言うように僕は許されるのであった。



「亮平様。以前のお約束を忘れてはいませんね?」


「はい。真名さんを傷付けないと…」


「その御心はまだ存在しておりますか?」


「もちろんです」


「左様ですか。では爺もこれ以上は何も言いません」


「ご心配おかけしました」


「良いんですよ。真名様と亮平様の心配をするのが爺の唯一の勤めですので」


「そうですか…ありがとうございます」


玄関先で使用人の好々爺と話をつけると僕らは真名の高級車に乗り込んで帰路に就く。


「それにしても…怖かった…」


「お父様のこと?」


「というよりも…多田家全員が…」


「お母様とお祖母様も?」


「うん。見てなかった?あの態度は結構怒っていたと思うんだけど…」


「大丈夫よ。お祖父様が許すと言うのであれば多田はみんな許してくれるわ」


「でも…当主はお父様でしょ?」


「そうだけど…お祖父様には中々逆らえないのよ。一つ前の当主はお祖父様だから」


「なるほど…お祖父様は隠居生活?」


「どうかな?私もお祖父様が普段何処で何をしているのか知らないんだ」


「そうなんですね。今まで聞いてこなかったんですが…多田家は何をされているんですか?」


「う〜ん。一言では難しいね。色んなことしているよ。

何処の業界にも伝手があるし顔が効くし。

何処の世界の人間も多田に逆らおうとは思わないんじゃない?

そういう家系ってことだけ覚えておいてよ。

結婚してからしっかりとした内情を知っていってね?」


「はい…って結婚!?」


「私は既にそこまで考えているよ。

学生の亮平くんには気が早いと感じるかもしれないね。

プレッシャーに思うかもしれない。

けれど安心して。

これは私だけの考えだから。

私は時が経とうと考えが変わったりしないよ。

気長に待つから…

しっかりと考えておいてね?」


「はい…しっかりと考えます…」


「うん。よろしくね」


僕らはそこまで話をすると少しだけ緊張感の溢れた車内で過ごすことになる。

帰宅してからも僕の頭の中には結婚の二文字が浮かんでは消えてを繰り返していた。

僕も真名との将来についてしっかりと考えなくては…。

僕の軽はずみな行動は慎まないとならない。

身を固めるとはそういうこと。

しかし紅の裸婦画を描くのは軽はずみな行為では無く…。

などと自分自身に言い訳をするようにして頭を振った。


「ダメだな…僕は…成長した気になっていただけだ…

真名さんの気持ちを全然考えられていない。

もっと真名さんを大事にしないとな…

誰かに言われてから気付くのではなく…

今後はもっと真名さんを第一に考えよう…

それで少しでも真名さんが安心してくれるなら…」


僕は心のなかで固い決意をすると明日からも真名を大事にしようと自らに固く誓うのであった。



翌日。

芸大キャンパスに向かうと作業部屋で制作作業に入っていた。

深瀬キキは僕の顔色を伺うような仕草でこちらを覗いていた。


「なんですか?」


気になって仕方がなかった僕は思わず問いかけてしまう。


「野田…あんた…また進化した?」


「え?何のことでしょう?」


「あんた…自分で進化に気付かないタイプね…

それにしても…何があれば数日でこんなに成長できるのかしら…」


「そんなにレベルアップしています?」


「確実に…もう手がつけられないぐらいに…」


「そこまでですか…」


「うん…凄いわね」


「恋人の御蔭ですよ」


「また恋人だよ…惚気話は勘弁なんだけど。

白根も苦笑しているわよ?」


急に話題を振られた白根桃は驚いたような表情を浮かべると必死で首を左右に振っていた。


「いやいや!私に話題を振らないでくださいよ!

恋人と仲が良いのは良いことですよ!」


「これが後輩からの思ってもいないお世辞ってやつよ。

野田は今後…こんな言葉をいくつも掛けられるようになるわよ」


「どうしてそんな意地悪言うんですか!

私はお世辞なんて…」


「はいはい。野田も白根も気を付けなさい。

お世辞で切り抜けることが出来る場面なんて社会には殆どないわよ」


「………すみません」


「別に叱りたいわけじゃないから。言いたいことはしっかりと言っておきなさい。

後で訂正するのは疲れるし大変だから」


「分かりました。じゃあ先輩…私達の前であまり恋人の話をしないでください。

その度に傷つく人がいるんですよ?」


「あぁ…悪かったね」


「分かって貰えたら…それで良いんです」


そうして僕らは作業室で少しだけ微妙な雰囲気になりながら各々が作業に向かうのであった。



僕は今後一生をかけて真名を幸せにする…

そんな決意の様な言葉が脳内と心に浮かんでは消えてを繰り返していた。

自分や真名の気持ちを第一に考えようと決意にも似た感情を手に入れた数日間の出来事なのであった。

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