第3話課題提出。進級試験を経て…

紅くるみの裸婦画が描き終えるのに数週間の日数を要した。

モデルである紅を描くのは一日中描くことで終了したのだが…

キャンバスに残された余白を埋めるために僕はかなり頭を悩ませていた。

紅くるみの裸体は美しいものだと理解できる。

しかしながら僕が紅くるみという人物を裸婦画にして残すとするならば…

やはり少しだけダーク寄りなイメージの絵にしようかと頭を悩ませていた。

しかしながら僕は少しだけ思考する。

初めて教授に褒められた絵のことを思い出して心に引っ掛かっているモヤモヤに向き合っていた。

僕はダーク寄りな作品を作る画家になりたいのか?

そんな疑問を抱いてしまうともう筆は動いてくれなかった。

僕は再び課題に向き合うことを決めると紅くるみという人物の裸体を描く意味に向き合ってみた。

彼女は僕を裏切り傷を付けトラウマを植え付けた相手だ。

そんな相手を許し今では裸体を描かせてくれる間柄になっている。

しかしながらこの関係は周りから見たら歪に映るはずだ。

明らかに正しくない関係性。

僕ら以外にはそう感じられてもおかしくないだろう。

それでも紅くるみを描く意味とは…

僕は過去を思い出しながら自分の心の闇に向き合うのであった。



出来上がった作品を目にした時…

僕は何を思ったのだろうか。

抗いようがない興奮にも似た感情が胸に渦巻いており、この感情の名前を僕は知りはしなかった。

しかしながら言い難い感情を抱いたと同時に達成感のようなものを感じていたのだ。

これなら確実に評価される絵だと感じていた。

だがしかし…

この絵は多田家の関係者に売れない。

そんな事を考えてしまっていた。

これを多田家に売るとなるとかなりの不義理になるのでは?

悪い方向に思考が持っていかれると僕はこの絵を自分だけの物にしようと決意するのであった。



「それでは。

今学期の課題も終了しまして。

総評に入ります。

いつものように手前から奥に掛けてが成績上位者です」


教授の言葉を受けて一番奥を見ると今回も僕の絵が最奥に存在していた。

その一つ前に香川初の作品と思われる絵が存在していて彼女は僕の前に立っていた。


「野田くんは今回も一位ですね。それにしても…今回の絵は…なんというか…」


「微妙?」


「いや、そうじゃないんですけど…今までの野田くんの絵とはまるで違うような気がして…何かあったんですか?」


「まぁ。変わろうと思ったキッカケを得たんだ」


「そうなんですね…その絵に描かれている女性がキッカケですか?」


「そうだね…」


「恋人ってわけじゃ無さそうですね…」


「まぁ…うん…」


「裸婦画を頼めるほど…仲の良い女性なんですか?」


「どうだろうね。歪な関係ではあるよ」


「というと?」


「恋人でもないし友人でもない。共依存でもないし赤の他人でもない。不思議な関係なんだ」


「そうなんですね…だから…今回の絵は不思議な魅力に溢れているんですね」


「だと良いんだけど…」


香川初と他愛のない会話を繰り返していると彼女の総評が始まって僕はそれを聞きながら自分の絵を再確認していた。

そして彼女の総評が無事に終わると教授は僕の元へと訪れた。


「野田くん。今回こそはこの絵画を売ってくれませんか?」


厳しいと評判の教授の懇願するような言葉に僕は軽く苦笑する。


「そこまでの評価ですか?」


「間違いなく。芸大生が描いたと言っても信じてもらえないと思います。

それ程までに今回の絵は…

私の目には特別に映ります…

酷く思い入れがあるのではないでしょうか」


「ですね…自分のレベルアップのために必要な工程だったと思います。

それで多くの人の信用を失いかけても…

どんな事が起ころうとも僕は画家になるわけで…

恋人や家族にでさえ理解されない事は往々にして起こるはずです。

それでも僕はそれをもう気にすることをやめようと思いました。

画家としての人生は僕だけの人生です。

それなので周りに理解されなくてもいい。

自分と分かる人にだけ伝われば良い。

そんな暴論にも思える感情の発露がこの絵には現れていると…

僕は思っています」


「うん。素晴らしいと思います。

誰かを直接的に傷付けるような行為でなければ…

何をしても許される程の存在になって頂きたい。

そうして全てに対して自由を得た野田くんの絵画を今後も楽しみにしています。

それで…どうでしょう?

売ってはくれませんか?」


「そうですね…

売るというのはあまり気が進まなくて…

寄贈って形ではどうでしょう?」


「ですが…

野田くんが心血注いで描いた作品ですよ?

それを無償で寄贈することに抵抗を覚えないのですか?

普通だったら売りたいと思うはずです」


「そうですね。

普段の作品でしたら…そう思ったはずです。

しかしながら今回の作品は少しだけ特別というか…

特別だけど売る様なものでは無い気がしていて…」


「どうしてですか?

私は買いたいと思いますよ。

言い値でも構いません」


「そんなにですか?」


「えぇ。数々の作品を観てきた私でも計り知れません」


「ですか…前回は恋人に六十万で買ってもらったのですが…

それを指標にして頂けると…」


「分かりました。ではこれぐらいでどうでしょう?」


そうして教授が提示してきた金額を目にして僕は軽く驚いてしまう。

それは三桁万に届いた数字だからだった。

簡単に言うと百万を付けてくれたのだ…


「生徒にここまでの額を提示したのは初めてです。

しかしながら野田くんの作品は一つでも良いのでこの手に残しておきたかったのです。

我儘を言うようで申し訳ないのですが…

この金額でどうでしょう?」


「わかりました。

教授の熱意に負けました。

その値段でお譲りします」


「ありがとうございます。

野田くんの絵はもはや芸大の教授でも評価することが困難になってきています。

それぐらいの存在になってきているのですよ。

しかもまだ一年生なのに…

これは本当に恐ろしいことです。

そしてこの状態をいつまでも維持して頂けると幸いです」


「分かりました。

総評ありがとうございました。

加えましてお買い上げありがとうございました」


深く頭を下げると教授は後日、僕の口座にお金を振り込むことを約束してくれる。

入金が確認されるまで僕はその絵をキャンパス内のロッカーにしまっておくのであった。



「今回の課題はどうだったの?」


アトリエである自宅に帰宅すると真名は少しだけ不安そうな表情で尋ねてくる。


「うん。凄く評価してもらえて…買ってもらった」


「そう。今回の絵は私が買うのはおかしいものね…」


「僕もそう思ったんだ。ごめん」


「良いのよ。私も絵を観て不安になりたくないんだし」


「そっか。不安にさせてごめんね」


「うんん。亮平くんが画家として進化できるのであれば…

私は少しのことぐらい我慢できるよ」


「そっか。苦労かけるね」


そんな会話を繰り返しながら夕食を頂いていつもの流れのようにして僕らは一緒に入浴することになる。

風呂を上がって真名の髪の毛をドライヤーで乾かしてあげていると彼女は甘えるような言葉を口にする。


「ねぇ…私のことちゃんと好き?」


鏡越しに目が合っており僕はそれに軽く微笑むと頷いて応える。


「どれぐらい好き?」


「ん?世界一」


「本当に?」


「嘘じゃないよ」


髪を乾かしながら僕らは軽くいちゃつくような会話を繰り返していた。

真名は安心してきたのかウトウトしながら僕に身体を委ねていた。

軽く頭を撫でながら髪を乾かし終えると僕は彼女を抱き上げてベッドまで連れて行く。

彼女をベッドに寝かせると僕は進級試験について考える。


「今回の進級試験は座学とデッサンです。

今までの課題が複雑なものが多かったため進級試験はシンプルにします。

デッサンですから各々の地力が問われます。

試験日まで怠ること無く。

では、解散」


総評を終えた後に教授から言い渡された言葉を思い出していた。

僕は眠気がやってくるまでデッサンの練習を繰り返して過ごすのであった。



進級試験当日。

僕は何の問題もなく試験を終わらせる。

間違いなく進級できると確信している僕に香川初は声を掛けてくる。


「二年生になったら…また合同制作しましょうね?」


「うん。また匠な色使いを観せてよ」


「はい。私も沢山のアイディアを吸収させてもらいます」


「僕の方こそだよ」


そんな他愛のない会話を繰り返して僕らは試験当日を終了させるのであった。


四年生である雑賀慶秋は卒業試験を首席で合格したそうだ。

奈良鶫や神田杏も無事に卒業が決まったようで僕らは後日お祝いする約束を取り付けていた。


「野田くん。またいつかね。

困ったことがあったら…って私のほうが野田くんに頼りそうだけど…

またいつでも連絡してね?

私もするから!」


「野田くん。以前の集団制作の時の言葉…

忘れてないからな。

君のお陰で私はレベルアップした。

殻を破って先が見えたんだ。

感謝する。

またいつか…会おう」



在校生が卒業式に顔を出すことはなく…。

彼ら彼女ら四年生達は無事に卒業式を終えて先の人生へと進むのであった。



そして僕らは無事に進級を果たし。

二年生になった僕らの芸大生活は再び始まろうとしている。

初めて後輩が出来る。

僕らの物語はまだまだ動こうとしていたのであった。

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