第8話合同制作。唐突な告白と共に…

深瀬キキと香川初との合同制作のため冬休み初日だと言うのに僕は芸大キャンパスに向かっていた。

深瀬キキが使用許可を取ってくれていた教室に顔を出すと彼女らは既に準備を済ませて待っていた。


「野田!遅いわよ!私を待たせるなんて良いご身分ね!」


開口一番で憎まれ口を叩く深瀬キキに苦笑すると彼女らの輪の中へと向かう。


「ごめんなさい。遅くなりました。それで…三人でどんなものを作りましょうか?」


「私は油絵科が三人揃うから絵を描きたいなって思っているんだけど…」


「三人で分担して絵を描くってこと?」


「そう。野田くんの絵にはいつも刺激をもらっているし。突飛なアイディアも出てくるかなって…」


「深瀬先輩はどう思いますか?」


「別にいいけど…私の絵についてこられるの?」


「そこは全力でいきますけど…とりあえず下書きを三通り描いてみませんか?」


「良いけど。使えそうなアイディアをガッチャンコする感じでいいの?」


「そんなイメージです」


「じゃあ早速下書きに入りましょう」


そうして僕らは簡単に話が纏まるとそのまま各々が下書きを進めていく。

数時間を殆ど無言で作業をしていた僕らだったが大体全員が同じぐらいの時間で筆を置くこととなった。

各々が各々の絵を眺めてウンウンと頷いたり首を傾げていたりしていた。


「野田の絵は良いわね。イメージつかみやすいし。テーマも分かりやすい」


「私も同感です」


「二人の絵も良いと思いますけど。

香川さんは特に色使いが上手なので下書きでは分かり難いだけですし。

深瀬先輩は色んな道具を駆使するのが上手なので同じ様に下書きでは完全には理解できないじゃないですか」


「そうね…この娘は色使いが上手なの?」


「はい。作品集観せてもらったら分かりやすいと思いますけど」


「観せてくれる?」


深瀬キキの問いかけに香川初は頷くとスマホの中に保存してある作品集を観せていた。


「本当ね。私と相性がいいと思う。私の作品も観て」


お互いのスマホを交換するとお互いの作品集を眺める時間が過ぎていく。


「確かに…相性良さそうですね。先輩は中々トリッキーな絵を描くんですね。私が色を指定して先輩が描くって感じでどうですか?」


「野田の下書きのアイディアを貰って?アレンジする感じ?」


「そうです。野田くんの絵がこの中で一番良いと思うので」


「うん。わかった。それなら良いでしょう」


「ありがとうございます。では早速本番に入りますか」


そうして僕の描いた下書きをベースとして深瀬キキが作画担当となり香川初が色彩担当となったようだ。

僕はやることがなくなってしまい一度教室を抜ける。

一階にある自動販売機に向かうと飲み物を三本買って作業教室へと戻っていく。

二人は意気投合したようで微笑みを携えながら作業に打ち込んでいるようだった。

朝八時から始まった作業だったが、そろそろ正午も見えてきている。

一度休憩を挟むことを提案しようと思い教室の引き戸を開ける。


「ふたりとも。時間見て。良い所で切り上げてお昼休みにしようよ」


「あぁ。もうこんな時間なのね。外に食べに行きましょう」


「確かに集中しすぎて疲れましたね。何食べますか?」


僕らは道具や荷物を教室に置きっぱなしにして財布とスマホだけを持つと芸大キャンパスから抜けていく。


門を抜けて街まで向かう道中のことだった。


「野田って彼女居るんでしょ?冬休みのしかもクリスマスを控えたこの時期に他の女性と過ごしていて文句言われないの?」


不意に深瀬キキからその様な世間話を振られて僕は面食らってしまうのだが。

苦笑の様な表情を浮かべると一つ頷いて応える。


「直接は言ってきませんよ。五歳上の大人な女性なので…ですが心では思っているかもしれないですね」


「五歳上なんだ。年上好き?」


「まぁ。ある程度の年齢まで男性ってそういうものじゃないですか?」


「そうなの?知らんけど…包容力ある女性の方が好みってこと?」


「それもあるかと思いますが…

変な嫉妬も少ないですし余裕がありますし面倒なこと言うのも少ないですから。

恋人として心労が少ないのは助かります。

それに今の恋人は恩人ですから…裏切るわけにはいきません」


「ふぅ〜ん。他に好きな人が出来たらどうするの?芸術家って恋多いイメージだし」


「ですね。でもそれって巨匠ぐらいにならないと許されないじゃないですか」


「そう?それに野田は巨匠になりそうだけど…」


「褒めて頂き嬉しいですが…」


「その気になったら私も愛人にしてね?♡」


深瀬キキの突然な告白に僕は再び面食らってしまう。

ドギマギして返事に困っていると黙って聞いていた香川初が唐突に挙手をする。


「私も!私も愛人にしてほしいですっ♡」


今日の二人はどうしたというのだろうか。

朝から一杯引っ掛けて来たかと疑うほどハイテンションな二人に僕は少しだけ戸惑いを覚えていた。


「まぁ。そういうわけだから。その気になったらいつでもどうぞ♡」


「私もです♡」


二人の言葉を軽く受け流しながら僕らは目的地のラーメン屋に入店する。

食券を買ってカウンター席に並んで腰掛けると話題は180度変化する。


「やっぱり疲れたときはラーメンだよね。栄養満点で疲れた脳の回復にも最適。ただし食べた後一時間ほどは眠くなる」


「眠くなるのはお腹いっぱいになるからですよね?でも私も食事休憩はラーメンが多いかもです」


「僕も一人で作業しているときはラーメンが多いな。提供スピードも早いしすぐに食べられて栄養価が良くてお腹も満たせる。僕らにとっては最適な食事ですよね」


「そう思う。でも座学が多い科の生徒は片手で食べられる物を食べることが多いらしいよ。休憩中も勉学に励みながら食事するんだって」


「あぁ〜。そう言えば監督の奈良鶫さんも片手で食べられるブリトーを差し入れしてくれるって約束してくれました。そんな理由があったんですね」


「そう言えば…監督とも仲良かったね…どんだけ女生徒と仲良いのよ」


「野田くんはクラスでもモテていますから。普通ですよ」


「そうなんだ。クラスのことは知らないから…後で教えてよ」


「良いですよ。じゃあ先輩もSグループの話を後で聞かせてください」


「わかったわよ」


そんな他愛のない会話を繰り広げているとラーメンが提供されて僕らは揃って昼食を取ることになる。

十分も掛けずに食事が終わると僕らは揃って店を出る。


「恋人ともラーメン屋に入ったりするの?」


「そう言えば一回も無いかもですね。大体恋人の手料理を食べるし豪勢な食事を取る時は相手の実家で会食ですし」


「へぇ〜恋人は資産家の娘なの?」


「ですね。僕の支援者でもあります」


「そうなんだ。それは恩人って感じだね」


「それだけじゃないんですけどね」


「どういうこと?ってか五歳上の相手と知り合ったキッカケは?」


「う〜ん。詳しくは話たくないので何も言いませんが。簡単に言えば病院で知り合いました。姉の同僚で友人で」


「へぇ〜。お姉さんも病院勤務なんだ」


「ですね。こんな話ししていたら実家に帰らないといけないことを思い出しました」


「そうなんだ。今は一人暮らし?」


「いや。相手の実家が平屋の家をアトリエとして建ててくださって…今はそこに恋人と同棲しています」


「なんだか贅沢な暮らししているのね」


「ですね…」


そこで苦笑して応えるとそろそろ芸大キャンパスが見えてきて僕らは作業のスイッチへと脳を切り替えていた。

世間話はそこで一時中断すると作業のことを考えていた。

作業部屋に戻ると彼女らに飲み物を手渡してもうしばらく休憩をしていた。

十三時になるころに再び作業が始まると僕らは夜を迎えるまでノンストップで作業へと向かうのであった。



二人の作業を眺めている時間はかなり有意義だったと思われる。

僕も時折話題を振られたのでそれに受け答えをしていた。

プロフェッショナルに近い彼女らの技術を盗もうとノートにメモを取ったりと時間だけがどんどん過ぎていく。

全ての工程が一日で終わるとは思ってもいなかった。

三日ほどは作業日になると思っていたのだが…。

優秀な二人と作業を行えたことにより一日で作品は完成してしまう。

僕らは作品を写真に収めるとロッカーに作品を収納して芸大キャンパスを後にする。


門の前に見覚えのある高級車が止まっており僕は彼女らに別れを告げてそちらへと駆け寄った。


「真名さん。迎えに来てくれたんですね」


「うん…ってか合同作業するって聞いていたけど…あんなに可愛い娘二人ととは聞いていないんだけど?」


「え…何もやましいことは無いですよ」


「そうかもしれないけど…そうなると今後も心配になるんだけど」


「心配する必要はないですよ。僕には真名さんがいますし」


「そうだけどさ…有名な芸術家は愛人とかの存在がいたって聞くし…」


「そうですけど…」


「もしもそうなったら…正直に言ってね?」


「まだただの芸大生ですよ?そんなだいそれた事はしませんよ」


「芸大生を卒業したら…そういう気を起こすってこと?」


「そんなこと言っていませんよ…」


「とにかく私は不安なの。ただでさえ亮平くんはモテるんだし…活躍している話を聞けば分かるよ。絶対にあの二人だって亮平くんに惚れているんでしょ?」


「………どうですかね…」


「隠し事はやめて…」


「確かに言う通りですけど…それは今日カミングアウトされて知ったわけですし。それを知っていたら一緒に過ごしたりしませんよ」


「そうなの?とりあえず今回だけは許してあげます。帰ったらクリスマスの予定立てよ」


「ありがとう。そうしよ」


そうして僕らは真名の高級車に揺られながら自宅に戻っていくのであった。



「あんた…見た?」


深瀬キキは香川初に苦笑の表情を浮かべると目の前で起きていた信じられない光景を思い出しているようだった。


「見ました。凄い高級車でしたね…」


「そうね。それに中に乗っていた美女は何?芸能人やモデルって言われても信じるんだけど…」


「私もそう思います…野田くんが他の女生徒に全くなびかない理由がわかったような気がします」


「そうね。あれだけの美女と同棲していたら…私達じゃ霞むわね」


「ですね。でも私達は芸大で一緒に過ごせるじゃないですか。それに価値観とかだったら私達のほうが合いそうじゃないですか?」


「プラス思考で羨ましいわ…」


「私だって先輩が羨ましいですよ」


「なんで?」


「だってさっき野田くんも言っていたじゃないですか。年上の方が好みだって…」


「あぁ〜でも私は野田よりも子供っぽいし…」


「そうなんですか?」


「まぁ。良かったらこのまま夕飯一緒にしない?積もる話もあるでしょうし」


「ですね。じゃあご一緒します」


そう言うと深瀬キキと香川初は夜の街へと向けて歩き出すのであった。


多田真名の心配事など彼女らは知りもせずに…。

彼女らの絶望感を多田真名は知りもせずに…。


各々の冬休みはここから本格的に始まろうとしていた。

僕と真名の関係に変化が起きるクリスマスや年末年始が始まろうとしているのであった。

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