第9話初。物語が動き出す第四章へ!
十二月二十四日から二十五日に掛けて街の様相は明らかに変化している。
何処を歩いていてもカップルの姿が目につくし僕らもその中の一組だった。
正午を迎える辺りで自宅を出た僕らは街へと向かって車を走らせていた。
本日はクリスマスイブであると同時に明日にはもう一つ大事なイベントが控えている。
それは…
明日の二十五日は真名の誕生日でもあるのだ。
僕は事前にネットショッピングで購入したものを真名にバレること無く自宅の自室に隠している。
冬休みに入って合同制作があったのだが予定していた三日間の内、二日間は予定が空いたお陰で真名へのプレゼントを考える良い機会が出来たのだ。
誕生日ギリギリに真名へのプレゼントが自宅に届いたので彼女にバレないようにそっと部屋の押し入れにしまったのだ。
「それにしても今日は寒いね。十二月でこんなに寒いとね…
課題に入るまで手が悴んでいると筆が進まないんじゃない?」
真名は運転しながら僕に世間話をするようにして口を開く。
それに相槌を打ちながら目的地である場所のナビを操作していた。
「そうだね。冬は手袋とカイロが必需品だから。
課題に入る前にストーブで手を暖める生徒もいるけど。
全員で使用できるほど大きなストーブじゃないからね…
やっぱり限られた人が独占しちゃっているよ」
「そうなんだ。やっぱり何処でもカーストみたいなものはあるわよね。
特に学生だからそういうのも如実に存在しているでしょ。
でも亮平くんは成績トップなのにカーストトップではないの?」
「どうかな。僕はそういうものに興味ないから。
芸大で友達を作る気はまるで無くて…
今、出来ている交友関係も偶然が重なった結果と言うか…
僕が自ら動いたって感じじゃないんだ」
「そうだろうとは思ったけど。
キャンパス内で目立つでしょ?
芸大祭の時に感じたけど…
亮平くんに視線が集まっているのはいつものこと?」
「いやいや。
あれは真名さんが隣りにいたから…物珍しい光景だったからでしょ。
それに真名さんの美貌に釘付けになっていただけだろうし」
「嬉しいこと言ってくれるね。
でもあの視線は私に対してじゃ無かったよ。
明らかに亮平くんに向けての視線だった」
「そう?
僕はそう感じ取れなかったけどね。
それに僕がモテる理由もわからないし」
「はぁ…
何言っているの?
私が付き合いたいって思ったんだから…
魅力に溢れているに決まっているでしょ?」
「まぁ…
そう言われれば…確かに…」
「もっと自分に自信を持って。
でも…だからといって積極的にモテようとしないでね?」
「わかっているよ。心配ない」
「どうだか…」
そんな他愛のない会話を繰り広げると僕らは街のショッピングモールの立体駐車場へと入っていく。
真名が上手に駐車をすると僕らは並んで店内へと向かった。
彼女は珍しく僕の手を握ると嬉しそうな表情を浮かべていた。
ショッピングモール内に存在する店を一階から三階まで隈無く覗いて過ごすこと数時間が経過しようとしていた。
真名は自分の欲しいものを買うと僕にも何かプレゼントすると言って聞かなかった。
僕は申し訳無さそうに断りの返事をするのだが彼女は引いてくれなかった。
真名の善意に甘える形で僕は手袋を一組購入してもらった。
高級素材で出来た手袋を購入してくれた真名は僕にそれを手渡した。
「じゃあクリスマスプレゼントってことで」
「ありがとう。僕も家に帰ったらプレゼントを渡すよ」
「え?もう用意していたの?」
「うん。昨日届いてね。真名さんが仕事に行っている間に」
「ネットで買ったんだ」
「そう。誕生日も兼ねてなんだけど…気に入ってもらえると嬉しいな」
「誕生日覚えていてくれたんだ…亮平くんからのプレゼントなら何でも嬉しいよ」
「そう言ってもらえるとハードルが下がって安心するよ」
「でも期待はしているからね?」
「またハードルが上がった…」
世間話をしながら駐車場へと向かうと僕らは車に乗り込んで帰路に就く。
帰り道にスーパーに寄って買い物を済ませると帰宅する。
そこから真名はクリスマスの夕食作りへと向かうのであった。
夕食は十九時辺りから開始された。
七面鳥にラザニアにローストビーフ。
いつも以上に気合の入った豪勢な食事が食卓に並んでいた。
真名は赤ワインを嗜んでいて僕は炭酸のジュースを飲みながら食事を取っていた。
二人で仲の良い会話を繰り広げながら食事をすること一時間ほどで片付けの時間は訪れる。
僕は普段のお礼も兼ねて本日は洗い物を率先して行っていた。
「この間に真名さんはお風呂に入っておいたらどうですか?」
僕の何気ない提案に彼女は不服そうに首を左右に振った。
「いやだ。今日からは一緒に入りたい…」
その様な誘っている言葉に僕の心臓は明らかに激しく高鳴っていた。
ドクンドクンと脈打つ心臓を必死で静めるように冷静さを取り戻すのに必死だった。
「いやだ?私とは入りたくない?」
そんな甘美に思える言葉に僕はゴクリとつばを飲み込むと首を左右に振って応える。
この先に待っているだろう展開に胸を高鳴らせながら僕らの視線は交わる。
「分かった。じゃあお風呂のスイッチ押してくるね。準備して待ってる。終わったら来てね?」
それに一つ頷くと僕は手早く洗い物を済ましていく。
心の準備をしながら過去の出来事を思い出しながら…。
軽く心の傷に触れてみて自らのトラウマの具合を確かめていた。
しかしながら本日は嫌な想像が浮かんでこない。
元恋人にされた仕打ちを思い出そうとしても…
別の欲求が心に浮かんではトラウマをかき消していってくれているようだった。
ドクンドクンと未だに脈打つ心臓の鼓動に身を任せるようにして僕は意を決する。
洗い物を終えると風呂場に向かい服を脱ぐ。
「真名さん。入っていいですか?」
その問いかけに了承の返事が来るので僕はお風呂の扉を開く。
そこには衣服を身に着けていない真名の姿があり僕の全身に何かがビリリと駆け巡った。
一度頭を振ると先にシャワーで全身を流して洗っていく。
頭から洗い、身体を洗うと真名が浸かっている湯船に僕も入っていく。
僕らはお互いの全身を眺めながら少しの会話をすることになる。
「私ね。怖いって言ったじゃん。この先に進むのが…」
「うん。僕も言った」
「それはね。過去にひどい目に遭いそうになったからなの」
「ひどい目?」
「うん。元恋人の友達に襲われかけて…当時の元恋人も助けてくれなかったんだ」
「どうして?なんで助けてくれなかったの?」
「なんでだろう。襲ってきた人が少しだけ暴力的な人だったからかもしれない。私を守ろうとするよりも自分の身を案じていたんだと思う」
「最悪だね。僕だったら真名さんが襲われそうになっていたら…どんな人が相手でも助けるよ」
「そう言ってくれてありがとう。
でもその相手は実家が動いてくれたお陰で今は何処で何をしているのかもわからないんだけどね…
それで…今日はどう?その気になれそう?」
「うん。真名さんは?もう怖くない?」
「うん。今日は怖くない。それに期待している自分がいる」
「僕もだよ…」
「じゃあ…いい?」
それにコクリと頷くと僕らは貪るようにして相手を求めあった。
風呂場から出て暖房の効いた室内で僕らは聖夜に初めてを迎えるのであった。
不慣れな行為が深夜まで続いて時計を見て僕は冷静になる。
自室の押し入れを開けると真名に用意していたプレゼントを手渡した。
「開けていい?」
それに頷くと真名は上手に包装を破いて中の箱を取り出す。
箱の封を破ると中のプレゼントを見て真名は珍しく驚いているようだった。
「凄いロマンチック♡素敵っ♡ありがとうっ♡」
プレゼントしたのは硝子細工で出来ている一輪の真っ赤なバラだった。
彼女はそれを愛おしそうに眺めては軽く抱きしめていたりした。
絶対に割らないような場所にそれを置くと彼女は再び僕を求めてきた。
「亮平くん…大好きっ♡愛してるよっ♡」
「僕もだよ…」
そんな甘美な言葉に身を委ねながら僕らは夜が明けるまで行為に夢中だった。
肉体関係を持った僕らのその後の関係に変化が生じたかと言えば…。
まるで変わっていない。
仲の良いカップルのままだった。
しかしながらクリスマスイブを境に僕らは一緒にお風呂に入る様になっていた。
真名は毎夜の様に僕を求めるが、それは今までの反動が一気にやってきたからかもしれない。
僕らはお互いに心に傷を負っていた二人だったが…
その傷を癒やし合った結果…
二人だけの心地のいい関係を築いていた。
お互いに◯欲が激しい訳では無い…はずだ。
しかしながら心の何処かでは今まで我慢をしていたのかもしれない。
それが今になって爆発したのだろう。
真名がその欲求を僕にだけ向けてくれていたのが救いだった。
もしも彼女が我慢できずに他の男性を求めていたら…
そんな嫌な想像が脳裏をかすめて…
しかしながら自分の嫌な想像に自分で否定するように頭を振った。
ありえないのだ。
真名が元恋人と同じ様に裏切って傷付けてくる訳がない。
それは僕が一番分かっている。
それなのに脳内で嫌な想像が浮かんでしまった自分を少しだけ許せなかった。
そんな話を真名にすると彼女は何でも無いような表情で薄く微笑んだ。
「臆病になっていただけでしょ?私を疑っていたわけじゃない。分かっているよ。安心して。大丈夫」
僕を責める言葉ではなく安心させる言葉を口にしてくれる真名を僕は本当に大事にしようと思ったのであった。
そして本日は大晦日である。
朝から多田家に向かい一年の感謝を告げに行くことになっていた。
真名も本日は仕事が休みであり一緒に多田家へと向かった。
いつものように使用人の好々爺に迎えられると僕らは大広間に通される。
「一年間。色々とありましたが…兎にも角にも支援して頂き誠に感謝します。そして今後も寄り一層精進してまいります」
「あぁ。多田は年末年始ずっと予定が詰まっていてね。今日のこの数分ぐらいしか空いていなかったんだ。申し訳ない。真名は野田家に挨拶に行くのだろう?礼儀正しくな」
「分かりました。無理しないでくださいね?毎年のことですけど…休めるときはしっかり休んでください。また新年になりましたら顔を出します。良いお年を」
最後に真名が挨拶を交わすと僕らは真名の車に乗り込んで野田家へと向かうのであった。
久しぶりに帰宅した実家で僕は母親と姉と顔を合わせていた。
「もっと顔を出しなさいよ。久しぶりじゃない。
学校の方はどう?
真名から概ね聞いているけど…
お母さんだって心配しているんだから。
顔を出せなくても報告ぐらいしなさいよ」
顔を合わせて開口一番に姉に叱られるような言葉を口にされる。
なんとも言えない表情を浮かべていると母親は僕の顔を眺めて口を開く。
「少し太ったんじゃない?
昔はガリガリだったけど。
適正体重ぐらいになったでしょ?
真名さんと同棲しているって聞いたけど…
料理上手なのね。
顔色も良いし。
お母さん、それだけで安心したわ。
学校のことは咲から聞いているから何も心配していないけど…
たまには顔を出しなさいよ。
大したもてなしは出来ないけれど。
それでもお母さんは待っているわ」
母親の言葉に僕は何故だか涙が溢れそうになって誤魔化すようにして頷いた。
「とにかく。元気で過ごしているから。来年はなるべく顔を出すようにするよ。じゃあ良いお年を」
「もう帰るの?忙しいわね」
「うん。帰って課題もやらないといけないし。次の学期でどんな課題が出るかもわからないから…休みの間も手を動かしておきたいんだ」
「わかったわ。頑張っているのね。お母さんもお姉ちゃんも亮平の活躍を楽しみにしているからね。じゃあ良いお年を」
僕らは数十分の会話をして過ごすと再び真名の車に乗り込んだ。
「じゃあ真名さん。亮平をよろしくね?」
「はい。もちろんです」
「なんか二人の雰囲気変わった?」
姉の唐突な言葉に真名は少しだけ顔を赤くしていた。
その様子で事情を察した姉は苦笑すると首を左右に振る。
「私の勘違いだね。いつまでも仲の良い二人でいてね。じゃあ良いお年を」
「良いお年を…」
真名は気まずそうな表情を浮かべると車を走らせる。
実家から少し離れた所で真名は唐突に口を開く。
「咲ちゃん…勘良すぎじゃない?」
「昔からですよ。人のこと観察するのが得意なんです」
「そうなんだ…私って…そんなに分かりやすい?」
「そんなことないですよ。姉の勘が鋭いだけです」
「そっか…次の勤務の時に色々聞かれそうだな…」
「正直に話せばいいですよ。嘘ついてもバレますから」
「だよね。そうする」
そうして今年は終りを迎えるとまた新たな年で新たな出来事が待っているのであった。
亮平と元恋人である紅くるみが再び交差する。
そんな出来事が起こる新学期が始まろうとしている。
二人の関係はどの様な形で落ち着くのであろうか。
それはまだ誰にもわからないのであった。
第四章へ!
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