第6話ヒロインズが動きを見せる中…呆れられる僕…
今日も今日とて課題に奔走する日々だった。
十一月も中盤を過ぎて多田家との月一の会食も恙無く行われていた。
課題制作は順調に進みすぎており僕らの作り上げた作品の数はかなりの量だった。
「とりあえず全ての作品を各科の皆に観てもらって判定してもらおうか」
四年生である雑賀慶秋の言葉によって僕らは納得すると一つ頷いて応えた。
葛之葉雫は唐突に挙手すると意見をするように口を開いた。
「建築科の作業は既に終わっているみたいで。
建物自体は既に出来ているそうですよ。
後はデザイン科と彫刻科が装飾を施して…
音楽科は棟が違うので進捗具合を知らないのですが…
雑賀先輩は何か知っていますか?」
「えっとね。
音楽科の作曲作業は中々に困難を極めているようだよ。
この間のように民族的音楽を想起させるって明確な取っ掛かりが無い状態で作曲するのは大変みたいで…
全員で意見を出し合って四苦八苦しているって話を聞いたよ」
「もしかして…これだけ順調に進んでいるのって…油絵科だけですか…」
最後に深瀬キキの締めの一言を耳にして雑賀慶秋は軽く苦笑していた。
僕らも彼につられるようにして苦笑していると作業室の外に気配のようなものを感じる。
誰かに見られているような…
そんな視線を感じたのだ。
そちらの方へと向けて歩いていくとそのまま引き戸を開ける。
「あ…こんにちは。野田くんの班は進捗どうですか?」
そこに立っていたのは同じクラスの女生徒である香川初だった。
「香川さん。こんにちは。油絵科が順調以上に進んでいるんだけどね…他の科が少しだけ手こずっているみたいで。香川さんの班はどう?」
「はい。私達の班は四年生の独壇場で…下級生に沢山作業が振られているんです。
私以外の生徒は嫌になって登校しない人もいたり…
今回の授業は個々の人間性が試されているようで…
私はむしろ沢山の作業やものづくりが出来て嬉しいんですけど…皆はそうじゃないみたいで。
うちの班は自分が作りたいものしか作らないって精神の人が多いんですよ。
皆で制作する喜びみたいなものをまだ感じられないでいるのは…全員が協力的じゃないからでしょうね。
うちの班とは違って…この班は仲が良さそうで羨ましいです。
次の課題でもいつでも良いんですけど…
もし良かったら…いつか一緒にものづくりをしてくれませんか?」
香川初は緊張していたのか最後の言葉を上ずった声で言うと顔を赤くしていた。
僕はその姿を確認して思わず薄く微笑んでいた。
「そうだね。僕も香川さんに色使いのコツを教えてもらいたいし。僕からも願うよ。今度一緒に作業しよう。今回の課題が終わったらとか…どう?」
「是非!楽しみにしています!まさか…野田くんとこんな約束が出来るなんて…夢みたいです!」
「大げさだよ。実力を認めている相手とはなるべく交流したいからね」
「そうなんですか?じゃあもっと沢山の人と積極的に話をしたら…」
「いや、今のところクラスで認めているのは香川さんだけだから」
「そうなんですか…光栄です…」
「うん。じゃあ課題が終わったら。合同制作楽しみにしているよ」
「はいっ♡私もですっ♡では。お時間ありがとうございました」
「じゃあ。お互い課題頑張ろうね」
そうして手を振って廊下で別れると再び教室の中へと戻っていく。
僕らの様子を確認していたのか葛之葉雫はジト目で僕を見つめており、深瀬キキは何故か心配そうな表情を浮かべて僕を見つめていた。
「野田くんは…やっぱり罪な男性だね」
雑賀慶秋が苦笑して額に手を置くとやれやれとでも言わんばかりに首を左右に振った。
その光景を目にして僕は意味が分からずに首を傾げて皆の輪に戻っていく。
「なんですか?皆して…クラスメートと世間話をしていただけじゃないですか…」
「いやいや。それが女性だって言うのが…野田くんの恋人は気が気じゃないでしょうね…恋人が芸大内でモテモテなんて知ったら…」
「ホントよ!野田!あんたは私達とだけ居れば良いのよ!」
「私達とだけ?成績トップ組の人たちとだけってことですか?」
「そうよ!それこそ私みたいなカリスマとだけ一緒に居れば良いの!他の女性と話しなんてしなくていいの!」
「なんでそうなるんですか…刺激を与えてくれる人となら僕は誰とでも一緒に居ますよ」
「その全ての刺激を私が与えるって言ってるの!」
「それは…無理がないですか?」
「私なら出来るのよ!」
「本当ですか?葛之葉先輩の様に繊細で丁寧な絵、雑賀先輩の様に誰の目にもテーマが明確に分かるような絵、その様な絵を深瀬先輩が僕に観せてくれるっていうんですか?」
僕の試すような誂うような言葉に深瀬キキは噛み付くようにして口を開こうとして…
しかしながら先んじて口を開いたのは葛之葉雫だった。
「野田くん。一応、深瀬さんをフォローするような言葉を口にするけど…
深瀬さんの作品は今でこそ突飛な発想やイメージに思えるだろうけど…
これが出来るのも実力があるからなんだよ。
深瀬さんの過去作を観たことがないからそんな言葉が出てきたんだろうけど。
私が一年生の時に観た深瀬さんの作品は繊細で丁寧でテーマが分かりやすい誰にでも取っつきやすい作品だったんだよ」
「そうだったんですね。失礼を言って申し訳ないです」
「いやいや。気にしていないよ。謝らないで。今の私の絵を観たら…そんな感情抱いても可笑しくないし」
「変わろうと思ったキッカケとかってあるんですか?」
「もちろんあるよ。海外に伝手やコネがある支援者と繋がった時に言われたんだ。
君の絵は非常に優れている。けれど子供もスラムや海外に住む人にも感動を与えられる絵なのか。今一度考えて欲しい。
そんな言葉を唐突に言われて…
私は今までに触れてこなかったアートに触れるようになった。
それがスプレーアートとかだったんだけど…
それを組み込んだような絵になっているのは、今まで誰も描いたことの無い様な絵を描きたいって思うようになったから…
そういう欲が私の根底にあるんだよ。奇抜な作品が多いのはそういう理由だね」
「そうだったんですね。深瀬さんの見る目が一気に変わりました。やっぱり人間同士だから対話は必要ですね。人となりを知るには一番のコミュニケーションです」
「まぁでも…雫ほど繊細に丁寧には描けないし。もちろん雑賀様ほど万人に分かるテーマを明確に提示することも出来ない。だから私は私の色を強くしたってこと。野田は何も失礼なこと言ってないよ。気にしないで」
「ですが…申し訳ありません。発言に度が過ぎました」
「良いって。それでも気が済まないって言うのであれば…さっきの女性と約束していたように…私とも合同制作して頂戴」
「それはもちろん。喜んで」
「良かったっ♡ありがとっ♡」
深瀬キキが何故か甘い声を出して僕の目を見つめていて困惑してしまう。
思わず一つ頷いて応えると葛之葉雫も雑賀慶秋も呆れた様な表情を浮かべていた。
「野田くんは天然ジゴロだね」
「スケコマシ…」
二人揃って僕を非難するような言葉を口にするとはぁと嘆息していた。
意味がいまいち分からずに首を傾げて応えることしか出来なかった。
それ以上突っ込んで聞くともっと多くの罵倒が飛んできそうな気配を察知して僕は押し黙ることしか出来ないのであった。
成績トップ組の油絵科の四人が揃ってキャンパスの中庭に出ると目立つ建物を目にする。
今まで無かった建物であり、もちろん僕らの作品であるのは明確だった。
監督が学校側にも許可を取ってくれたようで。
想像以上の出来だった場合は取り壊すこと無く残すことを約束してくれたようだ。
故に成績トップ組は躍起になって作業を進めているようだった。
進捗の様子を確認するように僕らが顔を出すと作業を監督していた奈良鶫が手を上げて応えた。
「油絵科勢揃いでどうしたの?」
「うん。進捗どうかなって。それと僕らは作品を多く作りすぎて…皆に個展に掲示できるレベルのものか判定してほしいんだよね」
「そんなに出来たんだ。わかった。手すきのメンバーに連絡を入れておくね。何処の教室で作業しているんだっけ?」
「えっと…」
雑賀慶秋は作業室である教室を口にすると奈良鶫は理解したようでスマホを操作していた。
きっとグループチャットにメッセージを送っているのだろう。
「じゃあ僕らは戻るね」
「うん。あ…野田くんだけちょっと残ってもらっても良い?」
「はい。わかりました」
「じゃあ野田くん。先に戻っているから」
油絵科の人たちとはその場で別れて僕は奈良鶫と相対する。
彼女は建物を全体的に確認していてウンウンと頷いていた。
「どう思う?」
唐突な質問で明確ではない言葉に僕は戸惑いを覚えていた。
何を問われているのかまるで理解できない。
しかしながら答えをミスすると失望されるような気がして僕は答えを慎重に考えていた。
何気なしに彫刻に目がいき、それを凝視するように眺めているとある違和感に気付く。
「もしかして…彫刻科の人たちは今回の課題にやる気でない感じでしょうか?」
「………っ!」
奈良鶫は明らかに動揺している表情を浮かべていた。
それと同時に驚いているようにも思える。
「やっぱり…野田くんなら分かるって思っていたよ…
全員がやる気ないわけじゃないと思うんだけど…
彫刻の案を出した四年生がやる気ないのかも…
だってこの感じ前回と似通っているよね…」
「はい。僕もそう感じました。
ですが決めつけるのも早計だと思います。
もしもスランプに陥っているとか…前回の成功体験で味をしめている可能性もあるのでは?
なんて思ったりもします。
正直に言うと成績トップ組の生徒にやる気のない人が居るとは思いたくないです」
「だよね。私も確認したほうが良いと思っているんだけど…。
彼女とは一年生の頃から馬が合わなくて…
ご両親も彫刻家らしくてプライドも高いのよ…
なんて声を掛けたら良いと思う…?」
「うーん。正直に言うしか無いって感じですね。相手を傷付けないように指摘すると言うか…」
「じゃあ…野田くんも一緒に来てくれない?私一人だと喧嘩になりそうだし…」
「わかりました。お供しますよ」
「ありがとう。じゃあ早速声をかけるわね」
それにコクリと頷くと今まさに彫刻の作業に取り組んでいる女生徒に彼女は声を掛けていた。
二人は揃ってこちらに戻ってくると話しは始まる。
「なんだ?作業を中止させるほどの出来事でも起きたのか?」
「まぁ。問題と言うか…確認ね」
「さっさと言え。私達はスケジュール通りに動かないと気が済まない質でね。意味のない世間話だったら…許さんぞ?」
威圧的な態度を取る女生徒に奈良鶫はゴクリと鳴るほどに勢いよくつばを飲み込んだ。
そして意を決したのだろう。
奈良鶫は思い切って口を開いていく。
「機嫌を損ねるつもりは無いんだけど…
「………っ!なんでそう思う…?」
「うん。野田くんとも話して私だけの意見じゃないって理解してほしいんだけど…
前回と彫刻のニュアンスが似ていない?
前回も今回も同様に私達成績トップ組は芸大生の枠を飛び越えるという絶対的イメージやテーマがあったと思うんだけど…
これでは前回の焼き増しと言われても否定は出来ないと思わない?」
「………だな…正直困っている。
他の科は順調に進む中…
伝統やしきたりに囚われている私は不甲斐ない。
皆が成長していく中…
自分の非力さを感じてしまう。
成績トップ組として私はふさわしい人間なのか…
今も作業をしながら戸惑っている…
ならば…どうしたら良いと言うのだ…」
杏と呼ばれた女生徒は明らかにスランプに陥ってネガティブ思考に苛まれているようだった。
僕にはまだその様な経験が少ないが歳を重ねるごとにスランプに陥る可能性が上がるようだ。
僕も奈良鶫も彼女を再起させるような言葉を持ち合わせているとは思えない。
ただし同じ様に悩むことは出来なくもない。
僕は彼女の立場に立ってみて想像してみることにした。
奈良鶫は僕に視線を寄越して今回もズバッと解決してくれることを期待しているようだった。
深くまで杏と呼ばれた生徒の事を考えた。
両親が彫刻家で自分自身に絶対的な型の様なものがあるのだろう。
それは両親が代々継承してきたものかもしれない。
彼女はそこからはみ出すことを恐れているのではないだろうか。
そんな事が想像できた僕は恐れながらにも口を開くのであった。
「先輩は道を外れることを恐れているんですか?
はみ出して軌道修正できなくなると思っているのでしょうか?
それとも理解は出来ているけれど一歩踏み出す勇気がないのですか?
そのどれであったとしても…今回だけは意を決してほしいです。
次回もまた集団制作があったとして…今回も同じ様な彫刻を施したら…先輩は成績が下る恐れがあると思われます。
同じ様な作品を何度もつくる人も居ると思います。
ですが僕らはまだ学生です。
沢山失敗して学べばいいじゃないですか。
何も今から完璧である必要は何処にもないんですよ。
今、僕らは成績トップ組なんて言われていますが…いざ社会に放り出されたら…何でもない底辺から始まる可能性だってあるじゃないですか。
そうなった時に這い上がり方を知っているのと知らないのでは雲泥の差があると思いませんか?
つまり何が言いたいかと言うと…先輩の心の内で燃え上がるものづくりへの情熱を今回の集団制作で発露させてほしいんです。
それが間違いであっても失敗であっても僕らは受け止めますから。
これは課題です。
皆がレベルアップするための機会なんですよ。
小さく纏まって失敗を恐れる必要なんて何処にもないじゃないですか」
とりとめもなく長たらしい言葉を言って聞かせると彼女もそれを黙って聞いてくれていた。
最終的に彼女は意を決したのか僕らに向けて不器用な笑みを浮かべると嘆息していた。
「まさか…一年生である野田くんに励まされるとはね…奈良も監督なら野田くんを見習った方がいい。
言葉を尽くすのがどれだけ大切か。
私達はもっと理解しないとな。
集団制作なんだから話し合いは大事だってことに気付いたよ。
私も彫刻科の皆と話し合いをしてくるよ」
彼女はそう言い残すと歩を進めた。
しかしながら途中で足を止めると彼女は振り返って僕に視線を寄越した。
「
次回もあったらよろしくね。
野田くんのお陰で私は何処か吹っ切れたよ。ありがとう。流石救世主…」
神田杏はその様な言葉を口にすると薄く微笑んで彫刻科の生徒たちの輪の中に戻っていく。
「ありがとうね。今回も野田くんには頼りっぱなしで…まさか解決するとは思っていなかったけど…本当にありがとう。今度何かお礼させてよ」
奈良鶫は僕に笑みを向けていて、それを上手に受け取るようにして同じ様に微笑む。
「そんな。良いですよ。監督の役に立てて光栄です」
「分かった。じゃあ今度美味しいブリトーを差し入れするよ。最近見つけたお店で。テイクアウトが出来るから。今度買ってくるね。片手で食べられるし作業しながらでも食べられて便利でしょ?」
「ありがとうございます。ありがたく受け取らせて頂きます」
「うん。じゃあまた何かあったら相談しても良い?」
「答えられるかわかりませんが」
「ありがとう。じゃあまたね。わざわざ残ってくれてありがとう」
それに頷いて作業部屋である教室に戻ると今までのあった出来事を言って聞かせた。
話しを聞いていた三人は明らかに嘆息して呆れているようだった。
「これだから…野田くんは…」
「野田…あんたは少し自重しなさい」
「野田くん…庇いきれないよ」
何に呆れているのか僕には理解できなかったが本日は終始、油絵科の三人に呆れられて過ごすのであった。
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