第4話亮平の人間性に惚れたヒロインズ
「まだ課題の最中だと思うけど…」
ある日の自宅での出来事だった。
真名は夕食を終えてソファに腰掛けている僕にその様な話しの切り出し方で口を開いた。
何のことか分からずに軽く首を傾げていると彼女はキレイに包装された細長い箱を渡してくる。
「今日は何かの日だっけ?」
意味がわかっていない僕は包装をキレイに破ると中身を確認する。
そこには光り輝く銀のネックレスが存在しており思わず見惚れてしまう。
「凄くキレイだね…あ…そっか。
何かプレゼントしてくれる約束だったね…
じゃあ真名さんも同じものをつけているの?」
「うん。お揃いの買ったんだ。似合う?」
見せつけるようにして顔を上げた真名の首元には同じく光り輝く銀のネックレスが存在している。
「凄く似合っているよ。僕も早速つけよう」
「待って。私がつける」
真名は箱を受け取ると中の銀のネックレスを取り出して僕の後ろに回った。
そのまま首元に手を回してネックレスを上手につけてくれると彼女は耳元で軽くささやく。
「いつもお疲れ様。これからの活躍も期待しているよ。大好きっ♡」
耳元で囁かれた事により、より一層その甘美な言葉が全身を駆け巡り犯しているようだった。
ゴクリとつばを飲み込んだ僕は不自然な勢いで頷いて応える。
真名は僕の後ろでクスッと微笑むとソファの隣に腰掛けた。
「本当はペアリングが良いなぁ〜って思ったんだけど…作業中は邪魔になると思って。だからネックレスにしたの」
「あぁ〜…邪魔にはならないけど。汚れたら嫌だから外すだろうね」
「でしょ?だからネックレス。手の周りは作業で汚れるだろうからブレスレットもやめておいたんだ」
「色々と考えてくれてありがとうね。本当に嬉しいよ」
「良いの。私がしたくてしていることだから。それで?進捗はどうなの?」
「うん。僕は少しだけ筆が遅くて…上級生は一作作り終えて二作目に入っているよ。クオリティも高くて筆も早いんだ。凄い先輩たちだって改めて実感した」
「そう。まだレベルアップできる余地があって良かったね。成長出来る余白はたっぷりあるよ」
「そうだと良いんだけど…とにかく頑張ります!」
「うん。応援しているよ。いつだって一番に…♡ねっ♡」
「ありがとう」
そこから僕らは映画などを観ながら肩を寄せ合って夜を過ごしていくのであった。
深瀬キキは困っていた。
同じグループに崇拝する男性と気になる男性が居ることに…。
もしかしたら今回の課題は手がつかないのでは?
などと当初感じていた自分を笑ってあげたい気分だった。
むしろいつもより筆が進む。
崇拝する男性に見限られたくなくて気になる男性に良いところを見せたくて…。
私は普段の何倍も力が出せている気がする。
一年生で生意気にも私を庇ったり守ったり…
皆からのヘイトを逸らしてくれたり…
同じ科の先輩後輩ってだけで初対面で印象最悪な私を守ってくれた。
彼の人間性に私は完敗して…
とにかくあの瞬間から私は彼の事が気になって仕方がないのだ。
「ねぇ…雫。笑わないで聞いて頂戴。恋をすると絵のアイディアも豊かになるのね。いつもより何倍も実力が出せる。凄いことだわ…」
私のいきなりの告白に雫はぽかんとした表情を浮かべた後にゲラゲラと笑い始めた。
「はははっ!先輩からそんな言葉が出てくるなんて…!ぷっ…はははっ!」
「ちょっと!笑わないでって言ったでしょ!私自身も困惑しているのよ!こんな感情になったのは初めてのことなんだから!」
「????初めて?雑賀先輩のことじゃないの?」
「………」
「え?ちょっと待って…まさか…野田くんに惚れちゃったの?ちょろすぎっ!はははっ!」
「だって!初対面で印象最悪だったはずなのに…私を守ってくれて…王子様みたいで…」
「はははっ!夢見すぎでしょ!それに野田くんは彼女居るよ?芸大祭で見かけたけど…めちゃくちゃ美人だったから…その人から奪うのは無理だと思うな」
「恋人ぐらい居るでしょうね。
それぐらい分かるわ。
あれでモテないわけ無いもの。
でも良いの。
片思いでも…この感情に浸っているのは心地よくて…私は初めて恋をして…この感情を絵に載せたい。
そんなことを今は思っているわ」
「雑賀先輩は?恋じゃないってやっと気付いた?」
「うん。これはただの尊敬や崇拝だって今では思えるよ」
「そう。じゃあ初恋だけど…頑張ってください。初恋は実らないって言いますけど」
「ちょっと!応援しているようで馬鹿にしているでしょ!?」
「バレました?なんて嘘ですけど。応援していますよ」
「ありがとう。これからも頑張らないと」
私はそこで再び気合を入れ直すと本日の作業へと入っていくのであった。
集団制作の授業の間は自由登校となっていた。
自らの作業に支障がなければ好きな時間に登校して良いと許可がおりている。
僕は一作目を作り終えて二作目に入ろうと思っていたところだったのだが…。
監督である
「野田くん。どう思う?
各科の第一案が提出されたんだけど。
私達四年生はこれで進行しても良いと思っているんだけど…
一応今回も作品総合原案者は野田くんだから。
意見を聞いておきたくて…」
僕は第一案である原案を目にして驚きを隠せずにいた。
ウンウンと頷いて全てに目を通すと監督に向けて口を開く。
「正直…驚いています。前回のポールの時とはまるで違いますね。これなら枠を飛び越えた素晴らしい作品になると思えます。これでいきたいです」
「良かった。今回は前回と違って皆本気も本気だからね。野田くんに笑われたくないって…皆必死なんだよ。君の御蔭だよ」
「そんな…恐縮です」
「じゃあ各科は作業に入ってください。時間はたっぷりあるようで…すぐに溶けていくと思うので。必死で頑張ってください!以上!解散!」
そうして僕と雑賀慶秋は並んで講堂を後にしようとしていた。
しかしながらそこに監督である奈良鶫がやってきて僕の肩に手を回した。
「お疲れ様。
今回も大手柄じゃん。
やっぱり野田くんは凄いね。
皆に救世主なんて呼ばれているだけあるよ。
密かに野田くんに恋している人はキャンパス内に沢山いるんじゃない?」
「いやいや。そんな大した人間じゃないですよ。惚れられるような事はしていませんし。その自覚もないです」
「ふぅ〜ん。恋に関しては結構鈍いんだ。そういうところも好感持てるんだろうね」
「そんなことは…」
「だって私も野田くんに恋しているよ?
初回も二回目も野田くんの意見が通った。
各科成績トップの才能ある人間が居る中で…野田くんが一番目立っているよ。
いつもスムーズに進行出来るのは野田くんの御蔭だし。
私の心労が少ないのは野田くんの御蔭だと言って差し支えない。
そんな野田くんを好きになってもおかしくないでしょ?
ってことだから。覚えておいてねっ♡」
奈良鶫はそれだけ言い残すと僕の背中を軽く叩いて先を進んでいく。
隣で話しを最初から最後まで聞いていた雑賀慶秋は苦笑するように微笑むと口を開いた。
「野田くんは意外に罪な男性なんだね…」
「いやいやいや。待ってくださいよ。雑賀先輩にだけは言われたくないです」
「いやいやいや。僕だって野田くんにだけは言われたくないな」
「………」
「………」
そこでお互いが軽く視線を交差させて大きく破顔した。
「この話しはやめよう。どちらにもそんな気が無いのは確かだからね。僕らが闘う必要はないな」
「ですね。失礼な事を言って申し訳ないです」
「いや、嬉しく思うよ。僕にフランクに接してくれる生徒は少ないんだ。だから…ありがとうね」
「はい…こちらこそ」
そうして僕らは作業室に戻ると女性陣の二人は作業に集中していた。
僕らも遅れて作業に入ると日が暮れても全員で絵を描いて過ごすのであった。
「野田亮平…!許さない!私の覇道の邪魔は誰にもさせない…!」
唯一人の負けたくない人物の事を脳内で感じながら。
「負けたくない…!私は…負けない…!」
小声で自分の決意を口にして自らを鼓舞していた。
乾きを癒すためにペットボトルに手を伸ばす。
中身が空になっており仕方なく教室を後にする。
一階に存在している自動販売機に向けて歩いていると空き教室から光が漏れていることに気付く。
「私以外にも残っている生徒居るんだ…」
私自身が一番の努力家であることを自負していた。
こんな時間まで作業をしている生徒が居るとは思えなかった。
自然の流れで中にいる生徒を確認したかった。
そっと窓から中を覗いて…
私は顔面が熱くなり脈打つ鼓動が早くなっていることに気付く。
一人教室に残って作業をしていたのは…
野田亮平だったのだ。
「私と同じぐらい努力しているってこと…?」
自らと同じレベルで努力している人間が居ることに驚くと同時にそれが野田亮平だったことにも驚愕している。
彼はただの天才だと周りも私も思っていた。
だが違った。
彼の実力は努力の上で成り立っているのだ。
私はこの瞬間、自分を恥じた。
そして…
同時に恋心にも似た感情を抱いていたことだろう。
教室の中を凝視していた私の気配に気付いたのだろう。
野田亮平はこちらに視線をよこすとそのまま歩いて向かってくる。
「待って待って…そんな…心の準備…」
ガラガラっと引き戸が開くと野田亮平は私に笑顔を向ける。
クラスの誰とも話をしない彼は私のことなど知らないだろう。
それなのに笑顔を向けてくれている。
きっと彼は人間性も優れているのだろう。
彼の恋人を芸大祭で見たことがある。
あれ程の美人と釣り合っている彼は優れた人間であることは火を見るより明らかだった。
「香川初さんだよね?初めて話すね。
香川さんの作品にはいつも刺激をもらっているよ。
凄く勉強になっている。
色使いが天才的だって思うよ。
どうしたらあれだけ豊かな色を出せるか。教えてくれない?」
なんということだ。
私の名前を知っており作品のことまで記憶してくれている。
初めて話すというのに私の作品のことまで褒めてくれる。
こんなことって…
もう恋に落ちても仕方が無いじゃないか…
私はこの溺れていくような恋心に身を委ねる事を決める。
「えっと…色に関しては試験を受けていて…
中学生から受験していたので今では一級を持っているんです。
それに色のコーディネートの資格も持っていまして。
検定は座学もあって知識を詰め込んだり。
色の何たるかを学んです。
コーディネートの方も大事で。
この人はイエローベースだからこういう服が似合うとか。
ブルーベースだからこの色が似合うとか。
それ以外の要素も大事で。
髪色が…雰囲気が春っぽい夏っぽい秋っぽい冬っぽいとか。
そんな全ての要素を学んです。
その御蔭で色使いが上手になったと言うか…器用に出来るようになった感じです。
褒めて頂きありがとうございます」
私は褒められたことに喜んでしまい早口でまくしたてるようにして口を開いていた。
そんな自分を客観的に観て恥ずかしくなり顔が熱くなる。
「そうか。色彩を本格的に学か…良いこと聞かせてくれてありがとうね。それで?香川さんはここで何をしていたの?」
「あ…喉が乾いたので飲み物を買いに行こうと思っていたところです」
「そうなんだ。じゃあお礼に奢らせてよ。こんな軽いお礼で申し訳ないけど…」
「いえいえ。大したことしていないので…お礼だなんて…」
「いやいや。僕が自分のためになったって感じたから。お礼を受け取って欲しい」
「わかりました…じゃあお言葉に甘えて…」
そうして私は野田亮平と並んで自動販売機まで向かうと水を奢ってもらった。
「じゃあお互い作業に戻ろうか。慣れない集団制作だけど頑張ろうね」
野田亮平の柔和な笑顔を受けて私は完全にやられてしまっていた。
コクリと頷くと小走りでその場を後にする。
作業室に戻ってもしばらく顔が熱くて作業に入れないでいた。
私はどうやら完全に野田亮平に惚れてしまったようだ。
この恋心を抱きながら私はこれから進んでいくことになる。
恋人から彼を奪えるかはわからない。
私に振り向いてくれるかはわからない。
けれど私はこれから一生懸命にアピールしていこうと誓うのであった。
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