第2話ニューフェイスニューヒロイン
今学期に入って唐突に始まった集団制作の授業。
夏休みの時とは違う点があり、それは各グループで制作した作品に点数をつけて競うということだった。
もちろん点数をつけるのは教授と准教授の講師陣たちだった。
「前回のテーマを決めたのが…そこにいる一年だって聞いたんですけど…」
深瀬キキは不満そうな表情を浮かべると雑賀慶秋に伺うように尋ねていた。
「そうだよ。野田くんは誰も意見を出せないでいたところに瞬時に案を出してくれたんだ。その御蔭で僕らも作業にすぐに入れたし。本当に助かったよ」
雑賀慶秋のイケメンスマイルに完全にやられそうになっている深瀬キキは一度頭を振って冷静さを取り戻そうとしていた。
「私は…今回こそは雑賀様が出した案を期待しているのですが…他の人の案など聞きたくもないです…」
「キキちゃん。そんな事言わないで。とりあえず色んな人の案を聞いてみたら?勉強になるよ」
「でも…」
「大丈夫。不満がある時は反対意見を言えば良いだけだから」
「………」
油絵科上級生二人のやり取りを僕と葛之葉雫はなんとも言えない表情で眺めていた。
講堂に各科の成績トップ組が夏休みぶりに集結して各々が挨拶を交わしていた。
僕も声を掛けられたら適当に挨拶を交わして過ごす。
葛之葉雫も同じ様に挨拶をして過ごすと前回と同様に芸術学科の監督がまとめ役として口を開く。
「はい。注目!
再び皆さんと集まることが出来て嬉しく思います。
では今回の制作の打ち合わせをしたいと思います。
前回は一年生の野田くんの意見を採用したということで。
他の一年生も積極的に意見してほしいです。
もちろん一年生以外の生徒も積極性を見せてほしいです。では意見がある方…」
監督の纏まった挨拶を皮切りに深瀬キキが先んじて手を上げた。
監督が深瀬キキに対して一つ頷くと先の言葉を待っているようだった。
「私は自分のしたいようにします。
0から100まで自分で作るから芸術なのでは?
誰かの手を借りて作品作りすることに喜びも実感も感じません。
私は自分の力しか信じていないので。
ここにいる人達を疑っているわけではないですが…申し訳ないです」
深瀬キキは早々に離脱する言葉を口にしていた。
雑賀慶秋がなだめようと口を開きかけて…。
「だめだ。この班には女王様がいる。絶対にうまくいかない」
「自分勝手の女王様…」
「他人の意見なんて聞くわけないもんな」
「油絵科でもいつもこんな感じらしいぞ。孤立しているんだって」
「私も聞いた。同じ班なの…最悪…」
チラホラとその様なひそひそ話が聞こえてきて講堂内の雰囲気は最悪の一言に尽きた。
だがしかしヒーローな雑賀慶秋はその様な雰囲気に負けじと口を開こうとしていた。
「キキちゃん。そんな言い方しないで。各々が作りたいものがある中で意見を出し合って集団制作しているんだから。少しの我慢も必要でしょ?」
雑賀慶秋の話を耳にして僕は何処となく引っかかりのようなものを感じていた。
もしかしたらそれはヒントと呼ぶべきものだったのかもしれない。
各々が作りたいものがある中で…。
その言葉がどうしても引っかかっている。
「そうだ!そうだ!0から100まで自分で作りたいって思っているのはお前だけじゃない!皆、我慢している部分は往々にしてあるんだよ」
「集団制作の課題は学校側が提示したものだ!従う必要がある!」
「そもそも0から100を作れる自分に酔っているだけだろ!それが出来る人間だけが偉いわけじゃない!自分は選ばれた人間だって勘違いするな!」
何故か深瀬キキを罵倒するような言葉まで飛び出すようになっており意見を出し合う場としては不適切だった。
深瀬キキは気にしているわけでも無いようでまるで聞く耳を持っていない。
この場を収める事ができる人物は四年生の生徒しかいないと思われる。
「まぁまぁまぁ。皆だって罵り合いをするためにわざわざ集まったわけじゃないでしょ?芸大生にそんな暇人は居ないと思っているんだけど。僕の思い過ごしだった?」
雑賀慶秋の言葉で全員が口を噤んで一時的に罵り合いの場面は終了する。
「さて。じゃあ今度こそしっかりとした話し合いにしましょう。意見がある方はいますか?」
芸術学科の監督が意見を求めていたが、先程のやり取りを目の前にしてしまい全員が萎縮しているようだった。
どうやら深瀬キキの発言力は僕が思っているよりも大きなものだったと思われる。
しかしながらそんな事は気にしている暇もない。
僕はどうやら今回も案の様なものを思いついてしまう。
自分でその答えに辿り着いたのは本当だが…。
今までの話し合いの過程を経て僕の意見は纏まったのだ。
それなので挙手をすると辺りはざわつき出した。
「野田が手を上げたぞ!」
「来た!救世主野田!」
「また何か言ってくれるぞ!」
「期待しよう!」
その様なひそひそ話が辺りから聞こえてきて僕は苦笑のような表情を浮かべると一つ咳払いした。
「えっと…ちょっと反則的意見かもしれないんですけど…それは監督に判断を委ねたいと思います。良いですか?」
「わかった。とりあえず意見を言ってみて」
「はい。
先程、皆さんは各々が作りたいものがあると仰ったと思います。
僕は油絵科なので自分の作品を作ることに喜びを感じます。
もちろん他の科の人も同意見でしょう。
それなので…成績トップ組の個展を開きませんか?
建築科と工芸科と彫刻科とデザイン科で簡易的でいいので一つの建物を作ってもらいます。
音楽科は室内で流れる音楽の制作。
芸術学科は資料集めに監督業。
油絵科は自分の作品づくりと建物の色塗りを積極的に手伝う。
一つの建物の中に一つの個展がある。
そんな各々が作った複合的な個展を一つの作品を作ったと言い逃れすることは出来ないでしょうか」
僕の意見を耳にして芸術学科の監督は少しだけ頭を悩ませているようだった。
軽く鉛筆の裏側で頭を掻いていて、ふぅと息を吐くと仕方無さそうに頷く。
「うん。今回が初めての授業だから。
私達も挑戦してみる必要がありそうだね。
成績トップ組だからこそ枠を飛び越えた作品を作ってみたい。
私は野田くんの意見に賛成する。他の皆は?」
監督の言葉に促されて殆どの生徒が頷いて応えていた。
しかしながら深瀬キキは不満があるようで再び挙手すると反対意見を言おうとしていた。
「私は反対です。特にそこの一年の意見だけは聞きたくないです!」
深瀬キキの反対意見があったことにより民意は僕の方に完全に傾いていた。
そこで監督がはぁと嘆息すると深瀬キキに向けて残酷にも思える言葉を口にした。
「お嬢ちゃん。生意気なのは結構。
芸術家ならそれで許されることもあるわよね。
でもね?
君のために後輩くんが奔走して一生懸命に意見を出してくれたんだよ?
毎回口を開く度に険悪な雰囲気にしてしまう貴女と野田くん。
どっちが優秀だと思う?
野田くんは前回も意見を出して案を採用されている。
画力だって一年生で成績トップ。
人間性も優れている。
尻拭いをしてくれた後輩に感謝しなさい。これ以上かき乱すようなら…」
「奈良さん。それ以上は言わないであげて。キキちゃんの事は僕に任せてよ」
雑賀慶秋がその場の流れを完全に受け取ると話し合いは終了の流れとなっていた。
「じゃあ。
今回も野田くんの意見を採用します。
建築家は建物の図案を。
それが出来たら彫刻家とデザイン科が合同で建物の装飾などの第一案を提出してください。
音楽科は草案を見せてもらったら作曲に取り組んでください。
油絵科の生徒は個展に掲示する作品を好きなだけ作ってください。
もちろんクオリティは高いものでよろしくお願いします。
建物が完成しましたら色塗りの方も手伝ってもらえると助かります。
では以上ですね。
製作期間は三ヶ月近くあります。
毎日の進行ノルマを各科の四年生で作りましょう。
そのスケジュールに従って制作すること。
遅れがある場合は放課後又は休日などを使って制作してください。
集団制作なので提出は絶対です。
遅れは許されません。
それだけは絶対に守ってください。では解散」
芸術学科の監督である
「野田くん。ちょっと良い?」
雑賀慶秋に呼び止められて僕は少しだけその場で残ることになった。
「なんでしょう?」
「うん。油絵科の三人で講堂の外で待っていてもらって良い?後で話し合いしたいし。それにキキちゃんのフォローもしないと…」
「ですね。じゃあ雑賀先輩たちのスケジュール制作が終わるまで待っていますね」
「うん。お願いね」
それに頷いて応えると僕は葛之葉雫と深瀬キキに声を掛けて講堂の外に向かう。
講堂の外のベンチで腰掛けている深瀬キキは少しだけ不貞腐れているような不満げな表情を浮かべている。
「深瀬さん。子供じゃないんですから。そんな顔しないでくださいよ。
野田くんだって先輩のフォローに入ってくれたんですよ?
あれが無かったら殆ど喧嘩みたいな雰囲気になっていたんじゃないですか?
皆もまだ課題に慣れていない中でちゃんと纏まった意見を出せる野田くんのことを認めてあげても良いんじゃないですか?
先輩の意見だって取り入れてくれたんですよ…」
葛之葉雫は呆れたような表情を浮かべながら深瀬キキを宥めるような言葉を口にしていた。
だが深瀬は分かっているとでも言うように首を左右に振って応えた。
「分かってる。
私が何に不貞腐れているかって…
意見を出して全員から称賛されるのが雑賀様じゃないこと…
なんでそこの一年に私は救われないといけないの…
私を庇って…
私の意見を取り入れて守ってくれて…そ
んなのって…あまりにも屈辱的だわ。
私は歳下に庇われて守られるお嬢ちゃんじゃない。
私は自分で何でも勝ち取る女王様なのに…悔しい…」
深瀬キキは涙混じりに本心を口にして俯いていた。
もう僕も葛之葉雫も何を言っても火に油な気がして口を噤むことしか出来ない。
しばらく泣き続けていた深瀬キキは涙を拭うとガッと顔を上げる。
「仕方ないから…あんたのこと認めてあげる!成績トップ組なら画力だって期待していいのよね!?私を失望させないで頂戴!」
「はい。先輩の期待に応えます」
「ふん!生意気!」
「ですかね」
そこで軽く微笑んで見せると深瀬キキは不自然な仕草で視線をわざとらしく外す。
僕らに顔を見せないように講堂の方へと顔を向けて何かを隠しているようだった。
「おつかれ。って…どうしたの?キキちゃん…顔赤いよ?」
丁度訪れた雑賀慶秋に赤くなっていた顔を見られた深瀬キキは慌てたような表情で必死で首を左右に振っていた。
「いやいやいや!何でも無いです!暑くて!そう!暑かっただけです!」
「そう?今日は涼しい方だけど…」
「そこはスルーしてください!とにかく!雑賀様。お疲れ様でした」
「うん。
皆もお疲れ。
後でグループチャットにスケジュール送っておくから。
それで個展の絵なんだけど。
統一性を持たせなくても良いと思っているんだ。
皆好きに各々描いて欲しい。
何作も作っていいからね。
そこで個展にふさわしい作品だけを抽出するから。皆で課題を頑張ろう」
そこで全員が「おぉ〜」などと掛け声をかけてその場で解散となった。
僕らは各々の向かう場所へと向けて歩き出す。
しかしながら深瀬キキに呼び止められて僕は一度足を止めることになる。
「今日はありがとう。本当に助かった。
私の勝手な意見を汲んでくれて…皆からのヘイトを逸らしてくれて…
本当に助かった。
こんな敗北感にも似た感情を抱いたのは雑賀様の作品に出会った時以来。
人生二度目の敗北だわ。
でも絵で負けたって思ったわけじゃない。
あなたには人間として負けたって思った。
凄いことだわ。
私が他人を認めるなんて…本当に無いことなんだから…誇っていいわ」
深瀬キキの上からの言葉に僕は軽く苦笑して応えて頷いた。
「わかりました。光栄に思います」
「ふん。分かればいいのよ。じゃあまた今度ね」
「はい。今日はありがとうございました」
そこでやっと僕らは各々の帰路に就くことになる。
真名との家であるアトリエに帰宅すると本日の出来事を自慢するようにして話して聞かせる。
彼女は嬉しそうに微笑んで僕の話しを聞いてくれていた。
「じゃあ今回もお手柄だったんだね。何かプレゼントしたいな」
「いやいや。まだ結果が出たわけではないので…」
「良いから。私が贈りたい気分なんだよ」
「じゃあ…お言葉に甘えて…」
「うん。何が良い?ペアのアクセとかは?」
「あぁ〜。良いですね。そういうの憧れていました」
「良かった。じゃあ私が選んでも良い?」
「お願いします。期待していますね」
「うんっ♡」
そうして本日も僕と真名は二人きりの家で仲良く過ごしていく。
明日からも集団制作の授業は進行していくのであった。
新たに野田亮平に惚れてしまったヒロインの存在を読者の皆様も感じながら…。
物語はまだまだ続くのであった。
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