第三章 芸大生活一年時 一・二学期 概ねラブコメ展開多め

第1話ホワイトな日常

五日間に渡る芸大祭当日がやってきていた。

クラスの催し物には参加することが出来なかったが僕ら成績トップ組は異様な達成感に包まれていた。

キャンパスに入ってすぐの場所に展示された僕らのトーテムポールは今回の芸大祭の名物のようになっていた。

教授や准教授が僕らの作ったポールを眺めては写真に収めたりを繰り返していた。

寄贈者の欄には雑賀慶秋の名前があり、その下には作品総合原案者という名目で僕の名前が記載されていた。


「凄いね。亮平くんの名前が書いてある。誇らしいんじゃない?」


恋人である真名は有給を使って芸大祭初日に顔を出してくれていた。

僕は真名を連れて歩くことを誇りに思ったし鼻が高かった。


「野田くんって彼女居たんだね…」


「いつも大体一人だし…葛之葉先輩と付き合っているのかと思っていた」


「いやいや。葛之葉先輩は既婚者だぞ」


「そうだけど…そういう仲なのかなって…」


「それは無いだろ。野田くんは芸大の中で恋愛する気は無いって。殆ど誰とも話さない理由もやっとわかったな…あんな美人の恋人が居たら…ねぇ…」


クラスの人や僕を知っている人たちの噂話の様なものが少しだけ耳に入ってきていたが僕は真名との時間に集中したくてシャットダウンをしていた。


「クラスの催し物でも観に行く?」


「でも亮平くんは関わってないんでしょ?」


「まぁそうだけど…他になにか観たいものでもあるの?」


「えっと…毎月成績トップの作品が展示されているって聞いたけど…亮平くんは毎回トップなんでしょ?」


「そうだね…観ておく?写真撮影も出来るよ」


「うんっ♡行きたいっ♡」


真名の言葉に従って僕らは腕を組んだ状態で歩き出すと展示のコーナーへと足を向けた。

一年生の油絵科代表の僕の作品が一室に展示されており中々のお客さんで室内はいっぱいだった。


「今年の一年生も凄いね。野田亮平って人が今年の顔か…去年は葛之葉雫だったな。今年も二年生で毎回成績トップだって」


「すげぇな。やっぱり天才は違うよな」


「いやいや。天才なんて陳腐な言葉で片付けるなよ。きっと凄い努力してきたんだから」


「俺たちも今年受験だけど…去年に引き続き自信なくしたわ」


「まぁまだ時間あるし。予備校も通って頑張ろうぜ」


「だな。成績トップじゃないと生きていけないわけじゃないんだし」


「それな。この人が毎回トップってことは残りの人は毎回トップじゃないってことだし。それが多数だよな」


「選ばれた一人にならないといけないわけじゃないよな。それにしても…すごい作品だな。どういう感性していたら…こんな作品思いつくんだよ」


芸大を志望している学生らしき人たちの話し声が聞こえてきて僕は少しだけ誇らしい気持ちになっていた。

隣りに立っている真名もきっと同じ様な気持ちを抱いていたことだろう。

真名は作品を一つ一つ写真に収めると愛おしそうにスマホを抱きしめていた。


「今日さ…実家に顔を出さない?」


唐突な真名からの打診に僕は思わず頷いて応えていた。

しかしどういう意味なのか分からずに少しだけ首を傾げていると真名は少しだけ照れくさそうな表情を浮かべる。


「なになに?」


「えっと…亮平くんの作品群を家族にも自慢したくて…って変だよね。私が描いたわけでもないのに…自慢するだなんて…」


「変じゃないと思うよ。恋人のことを家族に自慢したいのは普通の感情じゃない?」


「そう言ってくれる?ありがとう」


「僕も家族に自慢したいよ。真名さんのこと」


「咲ちゃんに聞かれるのは恥ずかしいな…」


「まぁ僕が自慢しなくても真名さんの魅力を家族全員が知っているのは確かだよ」


「そうなの?私…特別なことした?」


「十分したでしょ?僕を完全に救ってくれた。傷を癒やしてくれた。他にも数え切れないほど多田家にも恩がある。どれ一つとして忘れてなんかいないよ」


「そう思ってくれているなら…良かったよ」


「じゃあ帰りは多田家で過ごすのね?」


「うん。家族に連絡入れておくね」


そうして僕らは芸大祭一日目を十二分に満喫すると夕方過ぎに多田家へ訪問することが決まったのであった。



多田家使用人である好々爺と久しぶりに顔を合わせると彼は珍しく破顔した。


「お久しぶりです。亮平様。再びお会いできて爺は嬉しい限りです」


「お久しぶりです。本日はお世話になります」


「いえいえ。ご当主様も歓迎されておりました。

私も亮平様の作品を拝見しましたが…素晴らしいものだと感じました。

何と表現したら良いものか…

語彙力にかけて申し訳ないのですが…

まさに筆舌に尽くしがたい感情を抱きました。

思わず数分間、視線が釘付けになりました」


「どうもありがとうございます。お褒め頂き嬉しい限りです」


「こちらこそ素晴らしい作品を見せて頂き誠に感謝致します。では、ご案内致します」


使用人の好々爺は僕と真名を連れて大広間へと案内する。

席に着いた僕らに遅れて多田家の面々が姿を現す。


「おぉ〜若き巨匠。本日は良く来てくれた」


多田家のお祖父様は歓迎する様に肩に手を回すと握手を求めてくる。

それに従って右手で握手を交わすと笑顔を向ける。


「素晴らしい作品だった。ワシが観た中でも五本の指に入る。今回がたまたまだったのか次回作も同じぐらいの出来栄えなのか。それが楽しみで仕方がない」


「お祖父様。これを観て。亮平くんが芸大生になって作り続けてきた作品群だよ」


真名は祖父にスマホの画面を見せていた。

祖父は眼鏡をかけ直すとスマホを受け取って僕の作品群を眺めていた。


「うんうん。これを経てやっと現在の境地にまで至ったのだな。素晴らしい。若き巨匠の成長を感じられる。これからも期待している」


「ありがとうございます。多田家の皆様には日頃より感謝の気持ちでいっぱいです。誠にありがとうございます」


深く頭を下げると最後に入ってきた当主である真名の父親が思わず口を開いた。


「ふむ。

感謝をしているのであれば…もう少し頻繁に顔を出しなさい。

一週間に一度とがは言わない。

私も職務で忙しいからな。

ただ一ヶ月に一度は会食の機会を儲けよう。よろしいか?」


「もちろんです。

むしろ今まで顔を出さずに申し訳ありません。

今後は月一でしっかりと顔を出します。

それとお礼が遅くなりましたがアトリエを建てて頂き誠にありがとうございます。

その御蔭で作品づくりに没頭できております。

今の成長の結果も多田家の皆様の支援のおかげです。ありがとうございます」


「うむ。今後も研鑽に励んで欲しい。そして作品ができたら…」


多田家の当主が言いたいことを理解できていた僕は言葉を遮るようにして誠意を先に見せた。


「もちろんです。作品が出来ましたら一番に多田家に…」


「あぁ。もちろん買わせてもらう。真名から聞いている。多田で買って将来個展を開くのだな?それは了承した。多田としても利のあることだ。非常に助かる」


「ありがとうございます。僕も作品が売れるのであれば…非常に助かります」


「あぁ。作品は出来次第で値段をつけさせてもらう。高値を付けて欲しいのであれば…今以上に励めよ」


「了解しました。ありがたい言葉頂戴致します」


かしこまって深く頭を下げると多田家の面々は早々に堅苦しい表情を崩した。


「まぁまぁ。今日はもう無礼講で良いじゃない。家族が揃ったのだから。食事会としましょう」


真名の母親が口を挟むと僕らは席に腰掛けて豪勢な食事を頂くこととなった。

使用人の面々が食事を運び込むと僕らは心地よい時間を堪能して過ごすことになる。

二時間ほど他愛のない世間話を繰り広げながら幸せな時間は過ぎていくのであった。



「亮平様。

現在SNSの鎮火作業に取り掛かっています。

私共使用人一同でネット上に拡散されている謝罪動画なるものの削除申請をしております。

今回の件で亮平様が再び傷付いていなければと思っていたのですが…」


「わざわざありがとうございます。嬉しいです。僕は真名さんの存在のお陰で…大丈夫です」


「そうですか…。ですが私共は亮平様に少しでも危害が加わる可能性を避けるために鎮火作業に努めます。どうか今後も真名様と絵のことに集中してくださいませ」


「ありがとうございます。今後も励みます。ではまた来月も顔を出します」


「お待ちしております」


そこから僕らは真名の車に乗り込むとアトリエへと帰宅していくのであった。



帰宅すると真名は久しぶりにお酒を飲んでいた。

久しぶりに家族に会って気分が良かったのかもしれない。

僕はまだ二十歳を迎えていないので飲酒をすることは不可能だ。

ただのジュースを片手に真名の晩酌に付き合っていた。

まだ残り四日間の芸大祭があるため明日も僕はキャンパスに向かわなければならない。

別に強制参加では無いのだが…。

この機会に在校生の様々な作品に触れたかったのだ。

真名が眠りに着くまで僕は晩酌に付き合うと明日に向けて再び意識をシフトチェンジするのであった。



残りの四日間を活用して僕は芸大の中を隈無く散策して過ごしていた。

もちろん真名は職場に向かっており業務を全うしていることだろう。

一年生から四年生の各科の作品群を観て過ごす。

それが自分にとってどれほどの影響を及ぼすのか。

それは分からないが。

確実に自らの血肉になることは確かだった。

一年生でありクラスの催し物にも参加せずに一人きりでキャンパス内を歩き回っている僕の姿は他生徒にとって異様に映ったかもしれない。

成績トップ組の作品群を眺めていると彼ら彼女らの普段の作品は自信に塗れているものだと理解できる。

それほど今回の課題である各科の力を集結して一つの作品を作るというのは困難な出来事だったのだろう。

普段は自信たっぷりに作品づくりを行っている彼ら彼女らだったが…。

あの時は確実に萎縮していた事を遅ればせながらに理解する。

皆が皆、初めての取り組みだったために緊張していたのだろう。

そんな中で僕は勇気を持って発言した自分のことを褒めてあげたい気分だった。

全員が初めての経験だったから僕のありきたりな意見もスムーズに通せたのだろう。

もしも来年も同じ様な催し物があるとしたら…。

僕は今から来年のことを予想しつつ案を練っておくのであった。



五日間に渡る芸大祭が終了すると僕らには日常である通常授業が待っていた…はずだった。


「今学期は毎月の課題を取りやめます。

芸大祭でご覧になった生徒も多くいると思いますが。

縦のつながりが大切であるということが今回の取組でわかりました。

刺激し合うのは何も同じ科の同級生同士だけでは無いようです。

各科の一年生から四年生を集めて刺激しあってほしいです。

一年生だから意見を言えないと言うのは無しですよ。

既に野田くんは各科の先輩たちが集まる中で意見をして採用してもらった実績があります。

同じ一年生の君たちに出来ないと言うことは無いでしょう。

積極的に意見して反対されたり採用されたりと経験を積んでください。

ですが今学期初の特別授業です。

上手くいく保証は無いのですが。

だめだった場合は従来の授業カリキュラムに戻す予定です。

ただ、成績トップ組が作った作品があまりにも出来が良かったため他の生徒にも経験を積んでほしいのです。

個人ではなく複数人で物を作る喜びや達成感を知ってほしいのです。

どうか皆さんの活躍を期待しています。

では資料にある通り。

教授、准教授により班決めを勝手ながらさせていただきました。

各班の集合場所も記載されていますので。

早速行ってください。では。解散」


そうして今学期は唐突に学年も科も越えた集団制作の授業へと変更することになる。

僕はまた夏休みに一緒に制作したチームへと配属されるのであった。


「野田くん!また一緒だね」


葛之葉雫は僕を見つけると破顔して口を開く。


「葛之葉さん。今回もよろしくお願いします」


「こちらこそ。またいいアイディア頼むよ!」


それになんとも言えない表情を浮かべて苦笑せざるを得なかった。


「僕も負けない様に精進するよ」


「雑賀先輩。恐縮です」


「そんなにかしこまらないでよ。あれだけ一緒に作業をした仲でしょ?」


「ですね。今回もよろしくお願いします」


雑賀慶秋と馴れ馴れしい挨拶を交わしている僕を葛之葉雫は少しだけ厳しい視線で眺めていたようだ。

雑賀慶秋が僕らの元を離れると葛之葉雫は僕に耳打ちする。


「私は良いけど…雑賀先輩はキャンパスの顔だからね?

一応態度には気を付けてよ?

雑賀先輩はそんなことどうでもいいって思っているはずだけど…

周りが何て言うか分からないでしょ?」


葛之葉雫の耳打ちに納得すると一つ頷いて応える。

するとそこにゴシックロリータファッションに身を包んだ背の低い女性が僕らのもとに近付いてくる。


「ほら。言わんこっちゃない…私は少し逃げようかなぁ…」


「待ちな。雫!あんたの後輩なんでしょ!?雑賀様に馴れ馴れしくするなんて…許せないんだけど!」


僕は眼の前の女性を見たことがない。

夏休みの成績トップ組の中に眼の前の女性の姿はなかった気がしているのだが…。


「深瀬さん。お久しぶりです。帰っていたんですね」


「帰っているわよ!連絡したんだけど!?」


「あぁ〜…ごめんなさい。うるさいのでブロックしていました」


「ちょっと!あんた本人に向かってそういうこと言う!?一応先輩なんですけど!?」


「いや…年齢は私のほうが上ですし…既婚者なので夜に呼ばれても困りますよ」


「生意気!あんた達二人は生意気認定決定!とにかく雑賀様に馴れ馴れしくしないで!」


彼女はそれだけ言い残すと雑賀慶秋の方へと歩いて向かう。


「誰ですか?彼女…」


「うん…

深瀬キキっていう油絵科の三年生で成績トップ組だよ。

夏休みは海外で個展を開いていたんだって…

神童なんて言われて育ってきたんだけど…

芸大に入学して雑賀先輩の絵にコテンパンに打ちのめされたんだって…

それ以降は雑賀信者になったってわけ。

あの人が面倒だから…雑賀先輩には敬意を持って接してね」


「了解です。しかし凄いですね。海外で個展ですか…」


「まぁコネとかもあるんだけどさ。実力も本物だよ」


「そうなんですね。今度作品見せてもらおう」


そんな呑気なやり取りを行っていると本日から再び各科合同の作品づくりは始まろうとしていた。


この機会により僕ら芸大生の全体的なレベルアップが行われることになるのだが…

しかしまだ誰もその事を知りはしないのであった。

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