第8話拡散される謝罪動画。第三章へ!

「おい。釈放だ。さっさと出ろ」


不機嫌そうな看守の一言により私は朝目を覚ます。

眠気眼で現状を理解できずに檻の中から出られることが決定した。

刑期を満了したわけでもないのに出られる意味がわからずに目を白黒させていた。

刑務所に入れられた時に身に着けていた物を全て返却されて着替えを済ませる。

もう後一歩で刑務所の外に出られるといった所で件の私服警官は姿を現した。


「幸運に恵まれたな。だが俺はお前たちを見張り続けるからな。覚悟しておけよ?少しでも不穏な動きを見せたら…またしょっぴいてやる」


私服警官の言葉に軽く会釈をすると私は刑務所の外に出る。

久しぶりに陽の光を全身で浴びて新鮮な空気が鼻を伝って身体中に駆け巡る。

血液が沸騰するぐらい高揚感を感じている。

脳内の思考が冴え渡っているような完全にハイな気分だった。


「お世話になりました」


「クソが…!もっといじめて口を割らすつもりだったのに…!神戸歌月の野郎…!さっさと行け!お前の顔を見ているとイライラすんだよ!」


私服警官の罵声を全身に浴びていたが私は適当に流して会釈をして返す。

刑務所の外の門を出ると私は晴れて釈放された。

少し歩いて角を曲がった所で見覚えのある車が停まっており私はそちらに向けて駆け寄る。


「おつかれさん。乗りな。美味い飯でも食いに行こう」


「オーナー…ありがとうございます」


「良いんだ。俺のためでもあるからな」


「???」


「私服警官に色々と探られていたんだろ?何もしていないのに独房にぶち込まれたって聞いたぞ」


「えっと…事実ですけど…誰から聞いたんですか?」


「ん?あぁ。中に俺の仲間が居てな。そいつから情報を貰っていた」


「あぁ〜…あの男性ですか?」


「一人だけじゃないさ。それで私服警官はどんなやつだった?」


「えっと…」


神戸歌月は車を発進させると私は私服警官の特徴を話して聞かせる。

彼はそれをウンウンと頷いて聞いており時々薄く微笑んでいた。

私を乗せた車がステーキハウスの駐車場で停車すると降車する。

店内に入ると私は久しぶりに豪勢な牛肉を食すことになる。

あまりの美味しさにおかわりをしたかったが…。

結局そんなに食べることも出来ずにただただ満足感に浸っていた。


「それで。ものは相談なんだが…」


神戸歌月は食事を終えると私に対して誠実そうな態度で接する。


「なんですか?改まって…」


「うん。今後もうちで働かないか?

ただし従業員でじゃない。

従業員のメンタルケアをしてほしいんだ。

有り体に言えば困った問題を抱えている従業員の話し相手になってくれ。

それで問題が大きそうなら俺に話を通して欲しい。

どうしたって異性の俺には話しづらい内容だってあるだろ?

それを紅が聞くってことなんだが…どうだ?」


「有難い話です。私も行き先など無いので…その話を受けたいと思います」


「おぉ。良かった。事務や会計や経理は専門職で…他に居るんだ。でも紅ほど地の底まで堕ちたやつはあまり居ないからな。お前なら相談相手になれるだろ?頼んだぞ」


「はい。任せてください」


そうして私は釈放されると再就職が決まったのであった。


「そう言えば…なんで私は釈放されたんですか?」


「ん?俺が裏の手を使ったからだよ」


「どうして?私のために…そんな…わざわざ動いてくれたんですか?」


「だから。俺のためでもあるんだって。私服警官に色々と探られたくないんだよ」


「なるほど。それなら理解できました」


「ふっ。じゃあ我らの巣に帰るか」


「はい」


私達は会計を済ませると再び車に乗り込んでピンクピクシーのあるビルまで向けて走り出すのであった。



ガラの悪い男性の地元で商売をするようになって少しだけ時間が経過していた。

日に日に客が増えていき俺たちはコミュニケーションを上手に取れるようになっていた。


「それにしてもこんなに美味い物を毎日食えるなんてな!本当に助かるよ!ありがとう!兄弟」


「あんたは救世主だよ。ここで商売をしようだなんて…怖くはないのかい?」


「兄貴から聞いたぜ?俺たちのことを思ってここで商売したいって打診したんだろ?本当にいい奴だな。あんたはもう俺たちの家族だ」


「出来たらケバブサンド以外も作ってくれたら嬉しいよ。贅沢は言わないけどさ」


「兄貴に脅されたんじゃないよな?

兄貴が俺たち以外の人間をここに連れてくるなんて思えなくて…

正直疑っていたんだ。

でも今となったら…そんな考えは何処かに消えたよ。

あんたの誠実な態度を目にしたら疑いなんて晴れる。ありがとうな」


彼らの地元に来てからというものの俺はこの国に来て初めて歓迎されている気分になっていた。

それがかなり心地よくて嬉しくて…。

勘違いしていたのかもしれない。

俺は必要とされている人間なのだと…。

ある日、俺を家族だと言ってくれた男性がスマホを持ってこちらにやってくる。


「これって…兄弟のことか?」


そこには俺の顔写真と名前が載っている記事が表示されていた。

遂にここでも俺は煙たがられるのだな。

そんなことを考えて覚悟を決めていた。

店を閉めてまた違う土地で商売をしないといけないのだ。

瞬時にその様な思考回路へとシフトしていた。

頷いて応えると目の前の彼は、はぁと嘆息する。


「俺たちにも人に言えないことは沢山ある。

でも最小限の掟と言うか決まりはあるんだ。

人の恋人を奪ってはいけない。

これだけは固い掟として存在している。だから…悪いんだが…」


続く言葉を俺はもう理解している。

分かっているんだ。

俺は何処の誰にも必要とされていない。

ずっと除け者扱いされる人生なのだと…。


「謝罪動画を撮らせて欲しい。

じゃないと兄弟をここに置いておけない。

それは俺たちだって困る。

こんなに美味いものを作れる人間の根底が悪者だなんて思えないんだ。

だからちゃんと謝ってほしい。

直接会って謝れとまでは言わない。

だって国が違うし何処に居るかも今はわからないだろ?

だから動画を取って世界中に拡散させるんだ。

ちゃんと謝罪すれば世間も少しは許してくれるかもしれないだろ?

それに謝罪したら俺たちは兄弟の過去も何もかも水に流す。

世界中の人間が許してくれなくても…

ここに居る家族が許してくれたら…それで良くないか?」


俺は彼らにまだ必要とされている事実に驚いていた。

野田亮平に誠心誠意謝罪をすれば居場所も確保してくれる。

俺を家族として必要としてくれる。

その事実に驚いて思わず頷いていた。

眼の前の彼はスマホを俺に向けると録画ボタンを押したようだった。


「これを観ている保証は無いけど。

俺たちが犯してしまった行為によって。

君の心をずたずたに傷付けただろう。

俺は海外に逃げ込んで…今はやっと居場所を手に入れたんだ。

この場所を君に奪われたと想像したら…俺だったら立ち直れない。

でも君は恋人を寝取られてもめげずに立ち直った。

すぐに復活した君を見て俺たちは罪の意識に欠けて居たと思う。

君が何食わぬ顔をしていたから…大したことをしたとは思っていなかったんだ。

けれど世界中に報道されて俺たちは居場所を失った。

全員が散り散りになって今は何処で何をしているかも知らない。

俺たちの未熟な行動によって…君や学校中の人間を傷付けた。

もちろん家族も。

何もかもを失ってようやく気付いた。

俺たちは取り返しの付かない過ちを犯したんだって。

ごめん。

こんな簡単な謝罪で君が許してくれるとは思えない。

もしかしたら俺たちのことなど忘れてしまい幸福な暮らしをしているかもしれない。それでも精一杯俺は君に謝罪をする。

申し訳ありませんでした。

今、君は何をしているのだろうか。

俺は遠い異国でキッチンカーの仕事をしている。

毎日、俺を家族と認めてくれる友人たちに食事を振る舞っているんだ。

本当に心から仲間だと思える相手が出来て初めて自分たちの罪の重さに気付いた。

君の大事な物を奪ってしまった俺たちをどうか許してくれ。

なんて言わないが…謝罪だけでも受け取って欲しい。

では。またいつか出会えたら…その時は直接謝罪させて欲しい」


そこで一つ頷くと目の前の彼は停止ボタンを押した。


「じゃあこれにテロップ付けて世界中に発信して良いか?

結果がどうなろうとちゃんと謝罪する気持ちがあったんだよな?

その気持ちがあるなら…俺たちはずっと家族だ。

何を言われても守ってやるよ」


「あぁ。ありがとう。罪に向き合える時間を作ってくれて…本当にありがとう」


「なんてこと無いさ。言葉は兄弟が胸の奥に秘めていた本心だろ」


「そうだと良いな…」


そうして俺は騒動後初めて罪と向き合う瞬間を頂けたのだ。

謝罪の言葉がどれだけ影響力を持つのか…。

それは分からなかったが…。

それでも俺は何処か満たされたような許されたような気分になっていた。

後日、この出来事が少しずつ波紋を呼ぶことになるとは…。

まだこの時には誰も知らないのであった。



ある日を境にSNSが荒れ始めた。

海外の超有名配信者が謝罪動画なるものを紹介したのがキッカケだった。

見る人が見れば誰に対して何に対しての謝罪か一目瞭然だった。

それを目にした元野球部メンバーも追随するように謝罪動画を各々が公開していく。

それらは波紋を呼び再び世間はあの騒動を思い出すこととなる。


「勝手過ぎ!今更謝っても遅い!」


「ってか自分たちが追い込まれてからじゃないと他人の気持ちがわからないとか…ありえないんだけど…」


「居場所を失ったりパクられてからじゃないと謝れないんか?おかしいだろ」


「寝取られた本人が許しても俺たちネット民は許さないが?」


「ネット民だけじゃないだろ。世間だって許さない。もちろん相手側の家族だって」


「こいつらずっと勝手すぎなんだよ。今になって謝罪して…しかも見計らったかのようなタイミングで…示し合わせているのまるわかりだし。本当は謝罪する気なんて無いだろ」


「適当言い過ぎ。自分たちが苦しいから逃げたいだけだろ?最後まで罪の意識を抱いていろ」


「ってか謝るなら直接だろ。海外にいるとか関係ないし。探偵でも使って相手の居場所を探して…謝りにいけ」


この様に彼らの謝罪動画は再び炎上の様な展開を繰り広げていた。

だが当人である僕はその動画を一つ一つ確認していた。

別に目に入れる必要は無い。

だがかさぶたになってくれたが僕の心には確かにトラウマという名の傷が出来ていて…。

そのかさぶたを剥がすように過去と向き合ってみると…。

思いの外、一人で居ると何でも無い気分だった。

謝罪を受け入れるし相手が本心で謝っていなかったとしても僕はもうどうでも良かった。

それよりも僕が今悩んでいるのは芸大祭での催し物についてだった。

現在も講堂で成績トップ組が打ち合わせをしている。


「前回の意見を取り入れた第二案の図を作ってきたんだが…完成するとこんな感じで」


「うんうん。良いね。野田くんはどう?」


僕もその完成図を目にして何度と無く頷いて応えた。


「凄く良いと思います。芸大生の枠を飛び越えた感じがしますね。これでいきたいです」


「じゃあ明日から作業に入りましょう。各科の四年生は下級生に連絡を。じゃあ今日は解散。クラスの方に顔を出してもいいですからね」


芸術学科の監督の言葉を耳にして僕は講堂を後にする。

キャンパス内を歩いているとチラホラと噂話のようなものが聞こえてくる。


「あの謝罪動画観たか?」


「あぁ。勝手言ってるやつな」


「ってか謝罪された方はどんな気持ちなんだろうな」


「今更なんだよって感じじゃないか?」


「それとも全く気にもしていないとか」


「そうだったら良いな。今も傷付いているとかだったら…許せないし」


「だよな。もう本人は気にしていないと良いんだが…」


「その騒動の被害者って誰か知ってる?」


「知らん。何処の誰なん?」


「俺も知らんけど…元気にしていると良いな」


「だよな。当時、報道を見て同じ様に苦しくなったもんな」


「な。少なからずそういう経験をすることもあるし…自分と重ねちゃうよな」


そんな噂話を耳にしながら僕はアトリエへと帰宅するのであった。



アトリエに帰宅すると真名は料理をして過ごしていた。


「おかえり。気分悪くない?」


きっと真名は謝罪動画の存在を知ったのだろう。

僕を思って尋ねてくれているのが理解できる。

だが僕は首を左右に振って気にしていないとでも言うように毅然とした態度で接した。

しかしながら真名は僕に近づくとそのままハグをして耳元で囁いた。


「私の前では強がらないで…」


その言葉を受けて僕は真名の胸の中で初めてと言わんばかりに涙を流すのであった。


謝罪してもらったのは救いだったが…。

僕も過去を完全に許せる。

でも過去は消えてくれない。

時々思い出して…。

またその内に真名の胸の中で涙を流すのであろう。

本日だけは真名に精一杯甘えて過ごすことを決めた。

明日から僕は再び前に進み続けるのであろう。



ここから物語はまた新たな展開へと発展していく。

謝罪を受け入れて心の傷も真名の胸で泣いて癒やされたことに寄り完治した。

僕と真名との新たなステージ新たな恋の展開が繰り広げられることになる。

ブラック的展開はしばらく鳴りを潜めて亮平と真名の恋物語が再び展開しようとしていた。


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