第7話動く

夏休みの課題を日々行う中で成績トップ組の打ち合わせなどに参加する必要が僕にはあった。

何故ならば作品総合原案者という肩書があるため芸術学科の監督と同じぐらいの発言権を与えられていた。

その為、打ち合わせには毎回参加する必要があり学年の上下など気にせずに意見を言う必要がある。

各科の四年生も毎回参加となっており先輩たちに紛れて一年生の僕は唯一人の参加者となっていた。


「野田くんはどう思う?デザインは奇をてらいすぎだと思う?」


「芸術学科から資料を貰ってトーテムポールの小さい模型を作ってみたんだけど。監督と野田はどう思う?」


「デザイン科と一緒に彫刻の案も組み込んであるんだけど…どう?」


「試しにパソコンのソフトを使って塗り絵の容量で色塗りしてみたんだけど…イメージから大きく外れていない?」


各科の四年生に意見を求められて僕は多少の戸惑いを覚えていた。

しかしながら僕が発信したアイディアで事が進んでいるので覚悟を決める必要があった。

監督である芸術学科の四年生と視線が交わると意見を交わしあった。


「監督はどう思います?芸大生らしい作品って感じで収まっているような気がしてしまうのは…僕だけでしょうか?」


「ははっ。野田くんは一年生なのに意見をズバズバ言うね…でも私も同意見かも」


「ですよね。もう少しテーマを明確にしたほうが良いかもしれません。前回の打ち合わせで僕も纏まったテーマを用意できなかったのが悪いんですが…」


「いやいや。こんなに早く作業に入れたのは野田くんの御蔭だし…それで?今はテーマが決まっているの?」


「えっと…漠然としているんですが…祈り、民族、信仰、象徴、恐怖。調べたわけでは無いのですが…僕たちが作るとしたら…この様なイメージが良いのでは?なんて思います」


「なるほどね。でも恐怖って?芸大生の枠を飛び越えたとして…恐怖って必要?」


「必要だと思います。

僕を含めた全員が心のなかに恐怖心を抱いているはずだと思います。

毎月の作品の総評の時間を思い出してください。

様々な言葉を投げかけられたと思います。

ここにいる全員が将来食っていけるのかって少なからず恐怖しているんじゃないですか?

もちろん既に支援者がいる人も居ると思います。

しかしながら支援だって無限じゃないはず。

飽きられて捨てられないように必死で技を磨き続けなければならない。

僕達の根底には必ずと言っていい程に恐怖が根付いていると思うんです。

安定した道なんて無い。

皆が茨の道の上を確実に一歩ずつ進まないといけない。

そういう恐怖が作品に良い形で昇華されたら…

この作品にだったらマッチすると思うんですよ…

って一人語りが過ぎました…監督の意見を聞かせてください」


自分の心に従って意見を口にしてみると監督を含めた各科の四年生は僕の意見を呆然とした表情で聞き入っているようだった。

この反応は何故だろうか。

もしかしたら呆れられているのかもしれない。

彼ら彼女らは四年生で既に支援者の存在もある人だっているだろう。

何も恐怖しておらず普段は自信に塗れた作品を作っているかもしれない。

こんな考えが浮かんでくる僕を嘲笑っているかもしれない。

そんな恐怖が僕の胸に渦巻き始めた所で雑賀慶秋が口を開いた。


「忘れてたな…その感覚。

そうだよ…僕たちが画家になってすぐに安定が待っているわけ無いんだ。

支援者は居るけれど…支援してくれるだけ…。

僕らはいずれ自らの稼ぎで生きていかないといけない。

それを忘れていた。

そうだ…僕らの心の根底には恐怖がある。

凄く腑に落ちて納得できる意見だよ。

それを作品に昇華させるか…

デザインも色塗りも恐怖の象徴のようにしてみるのはどうだろう。

もちろん恐れられているから祈りや信仰の対象でもある。

何処か遠くの民族が崇めている恐怖の象徴…

それをもう少し練ってみよう。

野田くんのおかげでまた一歩先に進むことが出来そうだよ。ありがとう」


成績トップ組の四年生を代表して雑賀慶秋が僕に礼を言うと本日の打ち合わせは解散となりそうだった。


「ありがとうね。今回も任せっきりになってしまって…監督として不甲斐ないよ」


「そんなこと言わないでください。僕も勝手に意見して申し訳ないです…」


「いやいや。本当に私の事は気にしないで。もっとバンバン意見していいから」


「ですが…生意気言って申し訳ないです」


「生意気じゃないとこの世界は難しいでしょ。良い子ちゃんじゃ務まらない」


「そう言って頂いて…嬉しい限りです。ありがとうございます」


「うん。じゃあ次回もこんな感じで。よろしくね」


芸術学科の監督が講堂を後にして僕もそのままキャンパスを後にするとアトリエへと帰宅するのであった。

遅れて明記することになるが、ここに出てくるトーテムポールと実際に存在するそれとは全く別物である。

意味合いなど全てにおいて無関係なものである。



顔も素性も知れずに稼ぐ方法。

母親の助言により俺はそんな文言をネット検索して調べ物をする日々だった。

自分に野球以外の才能があるかは未だわからないところだが…。

不祥事を起こしてしまっても俺の人生はまだ何十年と続く。

生きていかなければいけないわけで。

その為には稼がないとならない。

殆どギャンブルのような賭けだったが俺はある一筋の光明が見えていた。

株の売買で生計立てることだった。

これならば顔も素性もバレずに稼ぐことは出来るはずだ。

しかしながらまるで知識のない俺にはまだ手を付けることが出来ない。

本屋で投資の本を購入するとここから初めてと言っていい程に猛勉強の日々が続くのであった。



キッチンカーでの収入は月に数千円だった。

出ていく出費のほうが多い。

ガソリン代に材料費に光熱費。

様々な出費により毎月赤字なのは当然だった。

それにSNSでも悪い噂が飛び交っている。

本当に何の情報も知らない人が時々訪れて買っていく。

一日に数人。

ぽつりぽつりと買っていく人が居たが…。

このままでは赤字続きで火の車状態になるのは明らかだった。

何か逆転の一手は無いかと俺は思考する。

それでも簡単に光など差さない。

それが厳しい現在の世の中なのである。

此処から先、俺に幸福は待っているのだろうか。

そんなことを思考しているときのことだった。


「ヘイ。元気してるか?兄弟」


柄の悪そうな男性に声を掛けられて適当に手を上げて応えた。


「毎日ここで見ているが…全然客が寄り付かないな。なんでだ?兄弟が作るケバブはそんなに美味しくないのか?」


「いや…そうじゃない。俺に原因があるんだ」


「なんだ。兄弟に原因があるのか。味に問題は無いのか?」


「食ってみれば分かる。口で説明したって信じられないだろ?」


「OK。じゃあ一つくれよ」


「毎度あり」


そこからケバブサンドを一つ作ると目の前の男性に渡す。

彼は代金を払うとその場でかぶりつく。

ウンウンと数回頷くと輝くような笑顔を俺に向けてくる。


「美味いじゃないか!なんでこれで客が寄り付かないのか…理解できないよ」


「さっきも言っただろ?俺のせいで…」


「いやいや。待ってくれ。

そんなに悲観的になるなよ。

売っている場所が悪い。

こんな大通りで売っているからいけないんだ。

俺がいい場所を案内してやる。

だけど代わりと言っては何だが…条件を飲んでくれないか?」


「なんだ?良い話に見せかけた…何かの勧誘か?」


「違う違う。俺の地元に案内する。

そこで商売をすると良い。

ただし価格設定を少しだけ下げて欲しいんだ。

兄弟は大通りで商売するつもりだったから強気な値段設定だっただろ?

だが俺の地元は…少しだけ貧しい暮らしをしている連中が多いんだ。

そんな奴等でも買える値段にしてくれないか?

もちろん使っている材料を安いものに変更しても良い。

俺の地元の人間が安価で美味しいものを食べられる街にしてほしいんだよ。

兄弟の噂?

そんなの俺たちには関係ないぜ。

毎日美味い物が食えるなら…飢えを感じずに生活できるのであれば…兄弟の事も利用させてもらう。

どうだ?悪い話じゃないだろ?」


「あぁ。人助けになるっていうのであれば…それに俺も生活に困っていたんだ。

地元で商売させてやる代わりに上納金を払えとか後から言わないって約束してくれるよな?兄弟」


「Ok。交渉成立だ。このまま俺を乗せて地元まで急ごうぜ。兄弟」


そうして俺はガラの悪い男性を車に乗せるとそのまま彼の案内に従って運転に集中するのであった。

この男性との出会いがキッカケとなり俺の人生にも少しだけ希望の光が見えてきたのであった。



一ヶ月間の独房生活は最悪の一言に尽きる。

一畳ほどしか無い狭い個室でただ時を数える日々。

秒数を数えることで正気を保てていたと思われる。

風呂に入る時間も水を浴びる時間もない。

トイレは独房内にある桶のようなものにする。

溜まってきたらそれを看守に代えてもらうのだが。

どうしたって臭いや嫌悪感は募っていく。

どうにかこうにか一ヶ月間を耐え抜くと通常の部屋に戻される。

ふぅと息を吐いて安心していたのも束の間だった。


「面会だ」


看守に連れられて私は久しぶりに面会室に顔を出した。

きっと神戸歌月が面会に来てくれたのだろう。

そんな淡い期待は一瞬にして消え去ることになった。


「よぉ。一ヶ月ぶりだな。どうだ。明かりのある生活は安心するだろ?それで?話す気になったか?それともまた怖い怖い独房に戻るか?」


以前出会った私服警官は私とアクリル板を挟んで対面している。

ニマニマと気味の悪い笑みを浮かべている相手に私は懇願するように口を開いた。


「私は従業員だっただけで…本当に何も知らないんです…」


「それは前回でわかったが。お前に◯を使用した男はどんなやつで何処の誰か知っているか?」


「知りません。金髪の大きな男性でした…」


「金髪?髪の長さは?」


「短髪です」


「ほぉ〜。良いこと聞けたよ。じゃあ今月は独房生活無しにしてやる。また何か思い出したら教えてくれよ。また来月も来るからな。仲良くしようぜ」


私服警官はそれだけ言い残すと部屋を後にして私は面会室を後にする。

神戸歌月はその後もしばらく面会に来ずに私は不安を覚えていた。


「こんな形でしかやり取りが出来ないことを心苦しく思う。申し訳ない。

中で何が起きている?

お前に面会できないと何度も言われた。

今はある特殊なルートを使って手紙を送っているのだが…返事は書くな。

手紙が届いたことだけが分かればそれでいい。

無事ならそれでいい。出てくるのを待っているぞ」


刑務所内である男性から手紙を受け取った私は中身を確認して神戸歌月からのものだと理解する。

眼の前の男性は一つ頷くと手紙を回収した。

どうやら封を切ったのを見て無事を確認したいようだった。

それを私も理解できて一つ頷く。

男性はそのまま私の元を離れると何処かへ姿を消すのであった。

刑期終了まで後数ヶ月。

初犯の私には少しの情状酌量の余地があったらしい。

刑期を全うするまで私は問題を起こさずに口を閉ざし続けるのであった。



「それにしても凄いね。先輩相手に意見して通ったんだ。亮平くんの意見が」


現在アトリエで恋人の真名とお茶をしている時間だった。

僕は世間話程度に打ち合わせ時に自分の意見を通せたことを誇らしげに語っていた。

真名は嬉しそうにそれを聞いており薄く微笑んで応えた。


「自分の意見を通すのは難しいよね。社会人でも簡単なことじゃないし。だから凄いことだよ」


「ありがとう。課題も順調に進んでいるし。目下の問題は…真名さんともう少し一緒に過ごしたいって気持ちをどうすれば良いか。そんなことを悩んでいるよ」


「え…?もっと一緒に居たいって思ってくれてたの?」


「もちろんですよ。一緒に居られるなら…ずっとでも…なんて夢みたいなことを思ったりします」


「え…あぁ…じゃあ…私もここで暮らそうかな…なんて…」


「いいですね。一緒に暮らせたら最高です」


「え?本気にしてくれるの?」


「はい。多田家のご当主様が許可してくれたらの話ですが…」


「いやいや。お父様なら許してくれるよ。

私達の関係に前向きだし。

私が亮平くんの活躍を話たら嬉しそうに聞いてくれて。

それにこの間、買った絵を家族全員に見せたの。

そうしたら皆感動していたよ。

言葉にならないぐらい視線を釘付けにしていて。

今では大事に保管されていて。多田家の絵のコレクションになってしまったんだ」


「そこまで評価されて嬉しいです」


「ふふっ。じゃあ私はお父様に許可取りしてくるね」


「僕も一緒じゃなくて良いんでしょうか?」


「とりあえずは私一人で行く」


「わかりました。いい返事を貰えると良いですね」


「そうね。楽しみにしていて」


「はい」


そうしてアトリエを後にした真名から数時間後に同棲の許可がおりたというチャットが送られてくる。

ここから僕と真名の同棲生活は始まろうとしているのであった。

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