第6話報道から一年経過。先に進んでいるのは亮平と真名だけ

「あの衝撃的な報道から一年が経過しようとしている。未だに風化されない記憶に新しい報道を振り返る。当時学生だった彼ら彼女の現在に迫る」



「◯物使用で現在刑務所で過ごしている元マネージャーk・k。カーストトップ女子の見事な転落人生。自らの行動を顧みているのか?」



「逮捕者続々。暴行罪などの罪で刑務所で過ごす彼ら。周りは全員敵に見えたから暴力を振るった…。そんな言い訳は通用しない現代。彼らの心境を勝手に予想し覗いてみる」



「炎上系配信者。もう相手にされていない。どんな配信をしても固定ファンは一人もおらず…廃業待った無しの現状」



「海外逃亡に成功した家族に待っていたのは絶望。息子の軽はずみな行動で家族崩壊のピンチ。それでも見放さない両親をありがたく思え」



あの報道から殆ど一年が経過しようとしていた。

ワイドショーでも週刊誌でもネット記事でも未だに話題が尽きないのは珍しい出来事だったと思われる。

目に入れようとしていなくても勝手に飛び込んでくる報道や記事を毎日のように僕は見ていた。

しかしながら彼ら彼女のことを思っている時間は無い。

僕は夏休みの課題に取り組みながら芸大祭の準備のためにキャンパスを訪れている。

膨大な期間である夏休みを利用して九月に行われる芸大祭催し物の準備をしていた。


「野田くんは…葛之葉先輩達と合同で作業があるんじゃなかったっけ?」


同じ科の男性に声を掛けられて僕は相手の名前を思い出そうとしていたが…。

まるで思い出せない。

顔は見たことあるが話したことも名前を記憶していることもない。


「あぁ〜…うん…。各科の一年生から四年生までの成績トップ組で一つの作品を作るって今年は特別な催しがあるんだよね…クラスの手伝いは出来ないと思うけど…ごめん」


「うんん。大丈夫だよ。野田くんも頑張ってね」


「ありがとう」


そうして僕は成績トップ組が集まる講堂に向かうと打ち合わせは始まるのであった。

油絵科、彫刻科、工芸科、デザイン科、建築科、音楽科、芸術学科。

各科の一年生から四年生の成績トップの顔ぶれが講堂に集まっていた。


「葛之葉先輩」


顔見知りである葛之葉雫に話しかけに行くと彼女は歓迎するように手を上げた。


「それにしてもこの大人数で一つの作品を作るって…出来るんですかね?」


「まぁ…建築科と工芸科と彫刻科とデザイン科でまずは土台となる物を考えんでしょ?私達油絵科は色塗り担当だと思うから。今のところは出番はないと思うよ」


「ですか。音楽科と芸術学科は何をするんでしょう?」


「音楽科は出来た作品に見合うような音楽を作るとか演奏をするってことなんじゃない?芸術学科はアドバイザー的ポジションかも」


「なるほど。何を作るか予想できます?」


「いやぁ…立体物だと思うけど。折角各科の知恵や才能を結集できたわけだし。フルパワーで活用したいと思うものでしょ」


「ですね。油絵科は話し合いに参加しないんですか?」


「三、四年生が行くと思うよ。

私達に出番はきっと無いから。

何かアドバイスを求められることもないよ。

言われたことをこなすだけの作業になると思うけど。

真剣に話し合いの様子とか見ておいたほうが良いんじゃない?

もしかしたら来年もあるかもしれないじゃん?

それに良い機会だと思わない?

各科のエリートが集まって意見を出し合う機会なんて滅多にないでしょ?」


「ですね。じゃあ話し合いを聞きましょう」


そうして僕と葛之葉雫を含めた大人数での話し合いは始まる。


「どうするよ。急なことだけど…意見あるやついる?」


「正直急すぎて何も思い浮かばんのだが…」


「私も…ってか全ての科で協力して何か一つ作るって…不可能じゃんね?」


「殆どお手上げ状態だよな…」


「会議で何時間も何日も使いたくないんだけど…課題だってあるわけだし」


「それはここにいる全員が思っていることだろ。わざわざ口にしなくて良い」


「四年生だけじゃなくて…後輩の皆も何か意見無い?」


「………」


しかしながらその場にいた全員が俯くようにして黙っていた。

横にいる葛之葉雫もその様な態度で合ったため僕は少しの驚きを感じていた。

誰も意見を出さない中で僕はとあるアイディアが浮かんで挙手をする。


「斬新なトーテムポールとか良くないですか?

建築技術を活かせて彫刻の技術も活かせる。

デザインも自由で油絵科は色塗りを担当。

音楽科は民族的音楽を想起させる曲作り。

芸術学科は資料など集めるのと全体的な監督。

完璧じゃないですか?

それに作り上げたトーテムポールは学校側に寄贈する。

こんな感じのイメージなんですが…どうでしょう」


各科の四年生は少しだけ思案するような表情を浮かべると最終的に全員が頷いてくれる。


「それでいきましょう。

これ以上悩んでいたって他の意見は出ないでしょうし。

本日から出来ることと言えば…私達芸術学科が資料を集めるところからですね。

それからスケジュールを作って…皆さんスマホを出してください。

グループチャットでやり取りしましょう」


芸術学科の四年生が僕らに声を掛けて一人一人と連絡先を交換していた。

出来上がったグループチャットを確認した僕らはその場で解散となる。


「いやぁ。さっきは助かった。お前一年だろ?凄いな」


太陽の様に明るいイメージを想起させる男性に声を掛けられて僕は軽く会釈する。


「とんでもないです。力になれたのであれば…有り難い次第です」


「本当に助かったよ!また作業中に一緒になるかもしれないが。よろしくな」


それだけ言い残すと陽気なイメージの男性は講堂を後にする。


「油絵科は今年も豊作の年でしたか。羨ましいですね」


眼鏡を掛けた生真面目そうな見た目の男性が僕と葛之葉雫の元を訪れると嘆息するように口を開いた。


「ちょっと…絡まないでよ。芸術学科だって先輩にすごい人揃いでしょ?」


「私は貴女や隣の彼に劣っていると感じるんですよ。自分は無力だって思いました」


「はいはい。あんただって芸大に入れたんだから劣っているわけ無いでしょ。そう言ってほしいだけで絡んでくるのやめて。うちの後輩にちょっかい出さないで」


「だって…凄く優秀じゃないですか…彼…もっとお話してみたくて…」


「やめなさい。あんたの悪い癖よ。新人に構って無いで仕事する」


「はいはい。じゃあまた次回でね」


生真面目そうな見た目をしていただけで、どうやら彼は気さくな人間なのだと簡単に想像していた。


「野田くんだよね?

さっきは思い切って意見を出してくれてありがとう。

凄く纏まっていたし意見を出したのが同じ科の一年生だって言うのが嬉しく思うよ。同時に少し嫉妬したけど。

あんな短時間でよく思いついたね。

全ての科が平等に仕事を出来るテーマを…」


イケメンの男性に声を掛けられて軽く驚いていると葛之葉雫は僕に耳打ちするように口を開く。


「油絵科の四年生。うちのキャンパスの顔みたいな人だよ。礼儀正しくね」


葛之葉雫の耳打ちに静かに頷くと僕は四年生の男性と相対した。


「たまたまですよ。

当時通っていた小学校にトーテムポールがあったんですけど…

今思い返してみても何故か魅力的で…

小学生の僕では完全に理解するには難しい感性だったと思います。

ですが芸大生の知恵と力を結集させたら物凄いものが出来るんじゃないかって思ったんです。

たまたま過去を振り返る機会があって。

それでバラバラになっていたパズルのピースがヒントを得て組み立てられた。

そんな感じです」


「そっか。凄いな。過去にもヒントはあるんだね。そう言えば…作品寄贈者の欄には君の名前を記入することにするよ」


「いえいえ。そこは先輩の名前を記入してください」


「でも…案を出したのは完全に君一人だろ?僕らが奪って良いわけない」


「それならば作品総合原案者などという肩書だけ頂けたらと思います。学校の顔役である先輩の名前を寄贈者の欄に記入したほうが価値も上がりそうじゃないですか」


「ふっ。可笑しな事言うね。君は僕のことを知りもしなかっただろ?そんな顔を目をしていたよ。僕の名前すら知らないんじゃないか?」


「………。申し訳ありません。野田亮平って言います。先輩の名前を教えてもらっても良いですか?」


「素直で好感が持てるね。

雑賀慶秋さいがけいしゅうって言います。

色塗りの時にまた顔を合わせると思うけど。

その時もよろしくね。

今日は本当に助かったよ。

お礼を言わせて欲しい。

ありがとう。

僕も同じ科の先輩として鼻が高いよ」


雑賀慶秋はその様な言葉を口にすると薄く微笑んで僕らに別れを告げる。

残された僕と葛之葉雫は顔を見合わせてふぅと息を吐く。


「凄いじゃない。

雑賀先輩に認められたようなものよ?

私になんて目もくれなかったのに…やっぱり野田くんはすごい才能があるのね。

今日のことで私だけじゃなくて皆も気付き始めたんじゃない?

どう?今の気分は?」


「どうも思ってないですよ。最善な判断が出来てよかったって思っているだけです」


「そう。クールなのね」


僕と葛之葉雫はその後も少しだけ他愛のない会話を繰り返すと講堂を後にするのであった。



アトリエに帰宅した僕は夏休みの課題に取り組んでいた。

デザインボード30枚、デッサン30枚、最低でも作品を一つ以上。

後は自分次第でどの様な取り組みをするか考える。

アルバイトなどをしている学生にとっては明らかに無茶な課題内容にも思える。

しかしながらこの課題はやってもやらなくても良い課題だった。

やれば確実に自らの研鑽になるだろう。

しかしながら芸大祭の最中で課題に手を付けられない人も確実にいる。

それなのでこれは教授から提示されたものだが自主課題の様なものだった。

だが僕は自らの研鑽のために二ヶ月ほどある夏休みを使って課題に取り組むことを決めるのであった。



「亮平は元気にしてる?」


職場の大学病院で弟の恋人である真名に声をかける。

弟は幸運なことに一人で静かに作業に没頭できるアトリエを多田家から贈られていた。

毎日そこに帰宅して弟は絵に没頭する日々を送っているそうだ。

夏休みに入ったというのに実家に顔を出さない弟を心配して恋人である真名に尋ねると彼女は誇らしい表情を浮かべていた。


「元気だよ。毎日課題に取り組んで。芸大の先輩にもたくさん褒めて貰ったんだって。凄いスピードで進化している亮平くんを傍で見ることが出来て…本当に幸せだよ」


「なに…恋人の姉の前で惚気?まぁ二人が幸せそうで良かったよ。亮平は報道のこととか…もう気にしていない?胸が苦しくなって泣きそうな日とか…無いよね?」


「無いよ。これから先にそういう日があったとしても…私が傍にいてずっと抱きしめるから心配ない」


「そっか。弟のこと…頼むね」


「任せてよ」


そうして私達は本日も業務を全うするのであった。



「おい!恥晒し!お前らのせいでうちの学校の評判はガタ落ちだぞ!無関係な俺等にまで飛び火してんだ!どうやって償うつもりだよ!」


退学に追い込まれてネットゲーム内で俺達仲間が散り散りになった頃のことだ。

俺はコンビニで昼食を買おうと思って外に出ていた。

しかし時間が悪かった。

昼食と言ってもぐうたらとしていたもので現在時刻は十六時過ぎだった。

罵声を浴びせてきたのは俺達が元通っていた高校の生徒達だった。

彼らの帰宅途中と時間が重なってしまう。

俺は無視するように食料だけ買うと逃げるようにその場を後にしようとする。


「また逃げるんだな!弱虫!複数の男相手には立ち向かえないのか!?」


その言葉が無性に腹立たしくて俺はその場に買ってきた弁当を置くと相手に向けて全速力で走り出した。

そこからは暴力の嵐で…。

気がつけば俺は警察署に連行されていた。

取り調べの結果。

ただの喧嘩騒ぎとして釈放されることになるのだが…。

迎えに来た母親は明らかに呆れており幾度となくため息を吐いていた。


「母さん。ごめん。俺出ていくよ」


その言葉に母親は首を左右に振る。

どうしてこんな俺を見捨ててくれないのか…。

そんなことを悩んだが…。

母親は俺に助言のようなものを口にする。


「今の世の中。

顔も素性も分からずに稼ぐ方法なんていくらでもあるでしょ?

それを自分なりに考えなさい。

自立できる稼ぎを得るまで実家で暮らしていていいから。

何でもいいの。

過去は変えられないんだから。

もう自分を許して。

先に進みなさい。

もちろん自分たちが犯してしまった罪は忘れずにね。

必要以上に自分を責めずに前へ進みなさい」


そんな母親の助言に俺は許された気になって自然と涙を流していた。

帰宅して自室に戻ると俺はこれからどの様にして稼いで生きていくかを考えるのであった。



本日も面会に来てくれた神戸歌月に感謝の言葉を口にすると私は席を立つ。

だが後ろに控えていた看守に呼び止められて私はその場に残ることが決まった。

首を傾げて現状を把握できずにいるとアクリル板を挟んだ向こうの部屋に私服の見知らぬ男が現れる。

対面して椅子に腰掛けた男は早速本題に入るように口を開いた。


「今も来ていたけど…いつも面会に来ているの…ピンクピクシーオーナーの神戸歌月だろ?あいつのトクダネ知らないか?もしもリークするなら刑期を短くしてやってもいいぞ?」


眼の前の男性はきっと私服警官だ。

私は恩人を売るわけもなく首を左右に振る。


「なんだ?悪者の肩を持つのか?じゃあ刑期を伸ばしてもらうか…」


そんな脅しに私は屈しない。

無視をするようにそっぽを向いていると彼は苦笑するように大げさに笑ってみせた。


「お前な。

何も知らないのはわかったが…

あいつがどれだけの悪党か知らないから肩を持とうと思うんだよ。

色々知っている俺が一から教えてやってもいいぞ?

それで考えが変わったら…何でも良い。話をしてくれよ」


しかしそれにも反応を見せずにいると私服警官は呆れたような表情を浮かべる。

看守に視線を向けた私服警官はニヒルに笑ってみせると残酷な言葉を口にする。


「看守に対して反抗的な態度を取ったため。一ヶ月間独房生活を命じる。また来るぜ。その時は仲良く話そうな」


看守は私服警官の言葉に従うように敬礼すると私を暗闇に存在する独房へと連れて行く。

陽の光すら入らない完全な暗闇の空間で私は孤独と戦いながら一ヶ月を過ごすことが決定した。

だけど私は何も話さない。

何も知らないがヒントになり得ることすら与える気はないのだ。

刑期が続く限り私はあの警官に酷い仕打ちを受けるだろう。

それでも私は耐え抜く。

恩人のために私は身体を張り続けることを決めたのであった。

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