第4話ラブコメと言うよりもブラックストーリー

そう言えば…と私は少しだけ過去を振り返っていた。

性病治療で訪れた大学病院で亮平を見かけた事があったのだ。

彼は精神科のある階まで向かったのを覚えている。

私の行いの結果、彼は心を病んでしまったのだろう。

それを謝ろうと後を追いかけて…。

私は言葉を失う。

再び怒りのような得も知れない感情を抱いた私は今思い返せば自分勝手だし最悪な女だったことだろう。

眼の前で仲よさげに話をしている亮平と美人ナースを目にして私は勝手に悟ってしまう。

亮平は既に次の恋へと進んでいることを…。

怒りと悲しみの感情が渦巻いた心を沈めながら私は性病科へと向かう。

もしも私が誠実に亮平と向き合っていたら…。

今でも隣にいたのは私だっただろう。

私はどうして亮平を裏切ってしまったのだろうか。

関係を持ってくれない亮平に苛立ち鬱憤を晴らすように部員と関係を持ち続けた。

しかしその行いのせいで性病科に通っているわけで…。

自分の行いの全てを否定するように私は亮平のことを忘れ去ろうと努めていた。

だが私の心から亮平は消えてくれない。

絵が大好きで才能溢れている無邪気な男子生徒一人が心の中を占拠している。

現在、男性客に抱かれながら私は追憶の彼方を夢想しているのであった。


時は戻らない。

過去には帰れない。

亮平は二度と私のものにならない。

私はきっとここから抜け出せない。

私はいつまでもここで使われ続けるだけの人生なのだろう。

そんなことを悟りながらチップを頂くために男性客の相手を懸命に努めるのであった。



芸大内で葛之葉雫と過ごすようになって数日が経過していた。

彼女の作品に対する姿勢は僕と殆ど同じだと思われる。

殆ど一日中、作品のことを考え続ける。

朝起きてから完全に眠りに着くまで。

酷く煮詰まっている時は夢の中でさえ作品のことを考えていた。

しかしながらパートナーと一緒にいるときだけは考えない。

そこも共通していて僕らは非常に話しが合った。

僕らはまだ何者でもなく一芸大生でしかない。

プロの卵と言えば聞こえが良いが…。

全員が全員そうだと自信を持って言えるかと言えば否で…。

もちろんそこには僕も含まれている。

ここから先も研鑽に努めない限りプロの道など見えてこないのだ。


「え?私はコンクールで賞を貰って…絵を買ってもらったから…もうプロだと思うけど?」


「………マジですか?」


「うん。ギリギリ三桁万円いかなかったけど…中々な額で買ってもらったよ」


僕ら画家のプロの定義は難しいが絵を買ってもらうというのが一つの指標のようなものになっていた。

正規の手順を踏んで金銭のやり取りが行われたのであれば…。

それはもうプロの画家と言って差し支えないだろう。

ただしそれを継続させるのが非常に難しいと言うこと。


「売れたのは一作だけなんだけど…

しかもその年は税金を払う羽目になったし…

正直継続的に売れないとお金は貯まらないんだよね…

だからもっと励まないといけないわけで。

私だって行き詰まってなんていられないのよ。

亮平くんなら私の気持ち分かると思って…こんな弱音を吐くけど」


「僕はまだ一作も売れてないですよ…」


「いやいや。この調子なら一年生の間で確実に売れるでしょ。毎年成績トップの生徒は必ずと言って良いほどに一作売ることになるから」


「どうしてですか?」


「ん?未来の有名画家の卵の世に出た処女作を一番に買いたい好事家がいるんだよ。だから亮平くんの絵も必ず売れるよ」


「ですか…じゃあこのまま行くとプロになると?」


「そうそう。だから今の壁をぶち破る手助けになれば良いんだけど…」


僕は再び葛之葉雫の作品集を眺めていた。

初めて売れたという作品を目にして僕の中で自然と何かが弾けた様な気がした。

例えて言うのであれば激しい腹痛の後に自然と排便した時の感覚に似ている。

スルッとお腹の中から自分の吐き出したいアイディアの全てがぶち撒かれていくようなそんな感覚に似ている。

脳内でピカッと何かが光ったなどと言えたならもう少しカリスマ性が合ったことだろう。

しかしながら僕が感じたのは少し下品だがそんな感覚だった。


「葛之葉さん!すみません!今月の作品づくりに入ります!」


慌てて彼女にお礼を言うように深く頭を下げると彼女は驚いたような表情を浮かべた後に嬉しそうに微笑んだ。


「もしや…何か閃いたね!?」


それにコクリと頷くと荷物を持って彼女にお礼を言ってその場を後にするのであった。



「ふぅ〜ん。それでつるむ先輩が出来たんだ?女性なんでしょ…?」


最後の言葉を少しだけ不貞腐れるような表情で口にする真名を見て僕は苦笑する。


「相手は既婚者ですよ?それに僕には真名さんがいますし。心配するような事は無いでしょう?」


「でも…分かっていても心情的には複雑だよ…」


大人で余裕のある真名だったが付き合い出した彼女は少しだけ甘えるようになっていた。


「僕は大丈夫ですけど…真名さんが嫌なら葛之葉さんと過ごすのやめましょうか?」


僕の提案に彼女は口を尖らせながら首を左右に振った。


「そんなことしなくて良い。悔しいけど…その人のおかげで壁を壊せそうなんでしょ?」


「ですね。同じ道の先を歩いている人なので…彼女の作品を観たらキッカケみたいなアイディアが閃いたんです」


「そっか…それで?

毎年成績トップの人間の処女作を買いたがる好事家がいるって話しだけど…

亮平くんの作品を一番に買うのが私でも良いんだよね?」


真名は何かを閃いたような表情で僕に問いかけてくるので自然と頷いていた。


「じゃあ!壁を破って出来上がった作品を私が買うから!これはもう予約みたいなものなんだから!」


「わかりました。他には売らないと約束します」


「よし!それで今回の件は手を打ちます」


「ありがとうございます」


僕と真名は美術館を巡った帰りのカフェでその様なやり取りを繰り広げていた。

付き合い始めて一ヶ月以上が経過していた僕らだったが肉体関係はもちろんのことキスのような接触も未だ無い。

僕から迫ることも真名が誘ってくることも無い関係だったが僕らは確実に心で繋がっていると言える。

今はまだそれでいいと思える。

僕らはまだ先のステージに上る段階ではない。

きっとそうだと思える。

焦る必要は何処にも無いのだ。

僕らは僕らのペースでこの先も二人並んで歩き続ければ良いのだ。

そんなことを考えていたときのことだった。


「亮平…?」


不意に声を掛けられてそちらに視線を向けると…。

僕の心に大きな傷を付けた女性である紅くるみの姿があった。


「あぁ。久しぶり。悪いけど今は恋人と一緒だから。ごめん」


簡単に拒否をするような言葉を口にすると彼女は目を見開いて僕に視線を寄越していた。

その目は信じられないほど充血しており頬が痩けて震えているように思えた。

ガッと肩を掴まれて口を開く彼女の歯は昔よりも崩れているように思える。


「あんたと付き合っていたせいで…!私の人生は…!滅茶滅茶で…!あんたと関わらなければ…!私は今頃…!………クソがっ…!」


痩せこけた女性の腕力とは思えない程に力強く尖った爪が肩に食い込んでいくようだった。


「やめなさい!私の恋人を傷つけるのは許さないわ!」


真名が立ち上がった所で客席に座っていた身体が大きなスーツ姿の男性二人組がこちらにやってくる。


「失礼。紅くるみさんでよろしいですね?」


急に話しかけられた紅はビクッと震えて身を縮めるような仕草を取る。


「はい…いきなりなんですか?」


「えぇ。我々はこういうものでして」


男性二人組は胸ポケットから手帳のような物を取り出す。

それを目にした紅はカフェから逃げるように出ていこうとして敢え無く取り押さえられる。


「申し訳ないですが任意同行をお願いします。

貴女には◯物使用の疑いが掛けられています。

匿名であなたが◯物を使用したと情報を頂き調査の結果。

ほぼ100%の容疑が掛けられています。

尿検査の後に黒なら逮捕。

白の場合でも厳重注意をさせて頂きます。

もちろん白でも監視のようなものが暫く続くと思っていてください。

ではご同行願います。

お客様にはお騒がせしたことを謝罪します。申し訳ありませんでした」


刑事と思しき男性二人組が紅くるみの両腕を掴んでそのまま店の外に出る。

覆面パトカーに乗せられたであろう紅はそのまま姿を消すのであった。



私は現在グレー又は限りなくブラックに近い相手と相対していた。


「そちらの紅くるみさんの様子はいかがですか?」


額から目を通って頬の辺りまで斜めに傷のある男と私は対等な立場で話をしている。

断じて言うが眼の前の男と多田家はまるで無関係だ。

私の独断で交友をしている裏社会の男性である。

何故その様な付き合いをしているかと言えば…。

記者として深くまで沈んでしまった標的を追えなくなってしまう場合を恐れているからだ。

私は多田家お抱えの記者でありスパイ活動の様な危険な行為も簡単に行う。

現在がまさにその状況と言えるだろう。


「あぁ。

客の中に売◯がいて…やつに◯を使ったって噂を聞いたな。

それ以降、やつは◯に依存しているらしい。

店での給料やチップをそれに使い込んでいるんだと。

住む場所も未だに無いって言うのに…そんな物に手を出して…やつの身体はもうボロボロだよ。

このまま働いて稼げる見込みもない。

◯漬けでボロボロの身体をしているやつを相手にしたい客もいないだろう。

だから不破さんの手を煩わせる事になるんだが…警察にリークしてくれないか?

一度キレイな身体に戻してほしいんだ。頼めるか?」


傷のある男に私は対等な立場で頷いて応える。


「報酬は如何ほど出せばいいだろうか?」


「必要ないです。これは友人同士のやり取りでしょ?歌月くん」


「ふん。名前で呼ぶって事は昔からの友人としての頼みとして受け取ってくれるんだな?」


「もちろんだよ。これは仕事じゃない。でしょ?」


「あぁ。ありがとうな。雪菜」


「えぇ。じゃあ神戸歌月ごうどかつきとしてじゃなくて…ピンクピクシーオーナーとしての依頼は無い?」


「あぁ…うちの店で好き勝手やってくれた若造の売◯を調べて欲しい。情報の内容によっていつもの依頼料に上乗せする。どうだ?」


「了解。もう大体の当たりは付いてるの?」


「あぁ…身体の大きな男だった。若造で短髪。

染めたての金髪で初来店なのに紅くるみを指名した物好き。

多分だが過去の知り合いだろう。

やつは過去に不祥事を起こしている。そこから辿ってみて欲しい」


「わかった。情報ありがとう」


そうして私はピンクピクシーの事務所を後にすると表の世界へと降り立つ。

紅くるみを指名したということは退学になった生徒又は今回の騒動で彼女に興味を持った何処かの誰か。

そんな当たりを付けて私はここから再び動き出すのであった。

とその前に警察に匿名でリークっと…。



高校三年生で既に五十人切りを果たした女子生徒が当時気になっていた。

雑誌の記事にはk・kとイニシャルだけが載っていた。

それ以上の情報を手に入れるのは俺には無理そうだった。

もしもその彼女が表世界から堕ちて来てくれたのであれば…。

きっとすぐに裏社会に情報が流れてくる。

俺以外にも興味を持っている奴等はいくらでもいるだろう。

どの様に相手をしてくれるのか楽しみだ。

そんな折にある悪友から連絡が届く。


「ピンクピクシーにいるケイって女だけど…多分あの騒動の女だぞ。写真送るわ」


そして俺は映っている女性の姿を確認してゴクリとつばを飲み込んだ。

かなりの性的魅力に溢れた女性に思える。

性欲に正直な学生が惑わされても当然だと思える彼女を目にしてまだ二十代前半の俺の性欲も顔を出す。


「サンクス。行ってみるわ」


そうして俺はピンクピクシーに向かい彼女を指名する。

嫌なことを忘れることができる◯だと言い包めて使用させると俺達は激しい行為と快楽に身を委ねていた。

そんな行為を幾度となく重ねた結果…。

彼女は◯を欲するようになっていた。

俺も売◯なので売りつけつつ身体の関係を持つようになっていた。

だが時が流れて…。

彼女がパクられたと今朝のニュースで流れていた。

それにここ最近、俺の周りでチョロチョロと嗅ぎ回っている奴がいる気がした。

気がしただけで直接見たわけではない。

そんな気配を嗅覚で感じ取っていたのだ。

裏路地に入って裏社会に向かう途中だった。


「ちょっと良いか?」


不意に声を掛けられて男の顔を見る。

額から頬まで伸びた傷のある男を俺は知っている。

裏社会で彼の機嫌を損ねる事はしないほうが良いと噂の男だ。

素性は知らないがリッチで普段は温厚だと聞いていた。

毅然とした態度で相対すると口を開く。


「なんでしょう?」


問いかけに応えると相手は傷を人差し指で撫でる。


「傷が疼く時は…機嫌が悪い時なんだ…。なんで俺の機嫌が悪いか分かるか?」


「えっと…わかりません…」


「ピンクピクシーは俺の店なんだ。知らなかったか?」


「あ…え…すみません…!」


俺は相手が何を言いたいのか理解できてすぐさま土下座の姿勢を取って謝罪をする。


「俺の店で◯を捌いたのは紅にだけか?」


「はい!彼女にだけです…!」


「どれぐらい捌いた?」


「えっと…」


そうして俺は稼いだ分を正直に告白すると彼はg数を考えているようだった。


「う〜ん。俺の店で◯を使用して捌いて…馬鹿な若造でもどんな仕打ちが待っているか想像できるよな?」


「待ってください!知らなかったんです!それにもう決してしません!約束します」


「口約束は信じない質でね。そんで?お前は単独か?何処かに組みしているのか?」


「いえ…単独です!報道で彼女に興味を持って…組織だってはいませんが…仲間はいます…」


「ふぅ〜ん。ゴロツキみたいなもんだな。さて。どんな仕打ちが良い?」


「申し訳ありません!許してください!お願いします!」


俺は必死で泣き言を言うように相手に申し立てるのだが…。

願いは叶わず…。

俺は何処とも知れない廃倉庫に連れて行かれて…。

その後、俺の消息を知る人物は何処にもいないのであった。

俺の内◯を含めた身体は世界中に散り散りと売り捌かれて…。

何処かの誰かの身体の一部となって生まれて初めて他人の役に立つのであった。



紅くるみは刑務所の中で罪の数を数える。

更生できるか不安の日々の中で面会に来てくれる人が一人だけいた。


「よぉ。くるみ。顔色良くなったな。出てきたら顔出せよ。美味い飯奢ってやる。それまでお努め頑張るんだぞ?」


「はい。オーナー。迷惑かけて申し訳ありません」


「ん?何のことだ?問題ない。じゃあまた来週来るから」


「ありがとうございます。ではまた」


私の唯一の救いはピンクピクシーオーナーの神戸歌月の存在だけだった。

彼が毎週面会に来てくれるお陰で私は自分を傷つけずに済んでいた。

これからはしっかりと反省して間違った道から軌道修正しないといけないのだ。

私はここから更生する。

そう決意すると私は刑務所内の作業を懸命に努めるのであった。

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