第2話大会直後の話に少し戻る。そして現在でまた追い込まれる
時を遡ること今回の週刊誌報道がされる一週間ほど前のことだった。
急激に去年の出来事に戻ることを許して欲しい。
野球部メンバーと紅くるみを含めた十名近くの男女が喉風邪を疑い病院へと向かっていた。
内科で診療された彼ら彼女に医者は苦い表情を浮かべる。
性病科へと案内された彼ら彼女に診断された結果は…。
クラミジア、淋菌、梅毒、ヘルペス。
その中のどれかを確実に全員が発症していたようだった。
性病科の先生に性行為の時は避妊具をつけることを勧められて彼ら彼女は反論した。
「毎回付けています」
その言葉に性病科の先生はトドメの一言とでも言うように呆れて口を開く。
「この様な言葉を未成年に言いたくは無いのですが…それ以外の行為の時もですよ?口内や咽頭にできると言うことは…そういうことなので…」
「………」
その言葉に彼ら彼女は無言で頷いて処方箋をもらい無事にお薬を飲んで完治させたのであった。
性知識の希薄な少年少女を救ってあげたいとこの時点では願っていた性病科の先生だったが後に明かされる報道や記事などを目にして愕然とする。
後日、バーで出会った謎の女性に酔った勢いで愚痴を漏らすようにして話をしていた。
「十代の少年少女が性病にかかるなんて…しかも十名程でですよ。
あれは絶対に全員が関係を持っていたんでしょうね。
一人の女子生徒を使って性欲を発散させていたのでしょう。
女子の方はその後、精神科のカウンセリングを受けに行ったんですが…
至って正常で…心に傷など一つもないって感じだったらしいです。
和◯だったてことでしょうけど…
十名ほどと関係を同時に持つなんて…僕らが若い頃だったら考えられません。
どうなっているんですかね…」
たまたまバーで隣りに座った妙齢の女性に何故か性病科の医師は悩み相談のようなものをしていた。
「十代の頃の方が性の乱れがあったかと思います。
私の同級生にも複数名と関係を持っていた人が居たと思いますよ。
けれど性病を患った人が居たかと言えば…それは皆無だったと思います。
皆、自らを守るために細心の注意をしていたんでしょうね。
ですが最近では手軽にその様な映像や写真やイラストが手に入る。
だから若者も勘違いしてしまうんでしょうね。
それがフィクションであり作品として細心の注意が施されていることを知らないのでしょう。
イラストなら尚更です。それは絵ですから。
どの様な卑猥な絵でも現実では無いですからね。
フィクションを作品として理解するまで時間が掛かるでしょうが…
少年少女には注意してもらいたいですね」
話を合わせる謎の女性に性病科医師はウンウンと頷いて応えていた。
「もう少し詳しくお話よろしいですか?」
謎の女性の誘惑してくるような態度に性病科医師は久しぶりの高揚感に浸っていた。
「それでですね。その男女は…」
性病科医師は患者の守秘義務を尊重しながら話を続ける。
しかしながら相手が悪かった。
隣り合って座っている謎の女性の正体は…。
多田家のお抱え記者である不破雪菜だったからだ。
スパイ行為でも探偵の真似事も情報を得るためだったら彼女は何でもする。
それこそ多田家の依頼であれば何でもするような存在だった。
性病科医師の話を聞く限り。
明らかにこれから世に出る記事に該当する男女だと理解できた。
不破雪菜は続報のネタとしてこれを存分に温めてタイミングが来たらぶっ放そうと思うのであった。
過去に遡ったことを許して欲しい。
ここからまた現在へと戻ってくる。
芸大に入学して僕はすぐに壁にぶち当たっていた。
月に一度は作品を展示することになるのだが…。
毎回トップ成績だった。
それならば壁にぶち当たっていないと思うだろう。
しかしながら僕は確実に戸惑っていた。
「うん。
作品としては纏まっていて評価も高いよ。
明らかにこの中で頭何個分も抜けている。
プロの画家が片手間で描いたって言われても納得するよ。でもそれだけ。
さっきも言ったけど。
君の作品はプロが片手間で描いたような作品なんだよ。
熱量がないとか努力が足りないとか発想が乏しいとか。そういうことじゃない。
何を訴えたいのか僕には伝わってこない。
君の絵からは技術や画力でぶん殴ってくるようなパワーしか感じないんだ。
君はこの絵で何を訴えたいんだ?
見るものを感動させるほどの何を伝えたい?
それが伝わってこないから説得力に欠ける。
でも作品として上手に纏まっているのは確かだよ。でもそれでいいの?
まだプロじゃなくて型にはまる必要もない。
自由で好き勝手して良い間だし失敗をもっと繰り返して良いんだよ?
君の絵は間違いを恐れているように思える。
もっと破茶滅茶で奇想天外な絵でも良いんじゃない?
自分の心に従って燃えたぎるような感情の発露を観てみたい。
君の中に眠る獣を解放してほしいんだ。
その時…君の作品がどの様に輝くのか…僕らはそれを観たいし見届けたいんだ。
それが間違った選択だった場合。
今回のように僕らは君の道を正そうとするだろう。
それに聞く耳を持つのも持たないのも君の自由。
君の選択を僕らは期待している。
けれど現状は芸大生ではトップクラスだがプロが片手間で描いたぐらいのレベルだって思っていて欲しい。
それで満足なら君にはもう期待できないけれど。
君の判断に委ねるよ。では総評は以上で」
僕らの油絵科の教授は厳しいことで有名な人だった。
自らの研鑽の為に毎日何処かの個展や展覧会や美術館を訪れて目を養っているらしい。
そんな人に僕ら芸大生の絵はチープに映るかもしれない。
それでもそんな教授に僕は一番の成績をつけてもらえていた。
しかしながら褒められたとはお世辞にも言えない。
僕も教授と同じ様にもっと感性や目を養わないといけなかった。
もっと講義以外でも絵に触れないといけない。
もちろん恋人になった真名を蔑ろにすることは出来ない。
けれど僕は自分の将来のために、真名の隣に立ち続けるためにも研鑽を続けないといけないのだ。
芸大を卒業した僕が路頭に迷い真名に養ってもらうなどプライドが許さなかった。
僕もしっかりと稼いでいつか多田家の人間に完全に認められて受け入れて貰える存在になるのだ。
そんなことを確かに感じると展示されている生徒の絵を観て過ごしていた。
「聞いた?
〇〇高校の報道あったじゃん?
大会後に病院に行ったらしくて。
全員が喉風邪を訴えていたんだけど。実はそれ。全員性病だったんだってよ」
「へぇ。じゃああの報道の裏付けも完璧にされたってことじゃん」
「だな。しかしながら大会途中にすごい度胸だよね。どんな鋼の心臓していたらそんな行為に至ろうと思うんだよ…」
「ってかそれで優勝って…性欲には普段以上に力を出せる秘密の力でもあるんかね」
「いやいや。他の高校に失礼だろ。皆一生懸命に試合相手に集中していたのに…相手は自分たちなんて気に留めていなかったんだぞ?最悪な仕打ちだ」
「スポーツマンシップってなんだっけ?」
「俺の高校の運動部も嫌なヤツ居たっけ…何かあの記事読んだら…裏切られた恋人に同情しちゃって…泣きそうになったよ」
「裏切られた恋人も凄いよね。相手に迫られても完全に断っていたんだって」
「それって本当なの?」
「本当じゃなかったら今頃退学だろ?だって不純異性交遊は校則で禁止されているんだから」
「でも強大な後ろ盾があったんだろ?」
「そうだけど。学校側にまで介入できるとは思えないけど。それに本当に強大な後ろ盾があったら…今頃相手側は始末されていそうだが…」
「社会的には抹◯されたようなものだろ。
もう社会復帰も絶望的じゃないか?
記事を知らない人間はこの世に殆ど居ないわけだし。
何処に行っても居場所なんて無いだろ」
「そうだけど。捨てる神あれば拾う神あり。なんて言葉もあるし。どこかしらで拾われるんじゃないか?」
「どこかしらって?」
「それは…分からないけど。十代で正常な判断が出来なかったから仕方がない。って許してくれる心優しい人だっているかもでしょ?」
「いやぁ…それはどうかな…モラル無い人間を何処も拾いたくないでしょ?」
「だよね…私達も色々と気をつけようね。
大学に行った友人たちにコンパとか誘われても断るようにしよう。
問題を起こすと今の時代すぐに炎上するから。
身元を特定されて私達も画家として活動が難しくなるかもしれない。
細心の注意を払おう」
油絵科の同級生は僕の正体を知らない。
それでも彼ら彼女らは僕の味方だと思われた。
皆の描いた絵を分析解明しながら眺めているとその様な話し声が聞こえてきていた。
しかしながら僕はその会話に加わることはない。
腫れ物扱いされているわけではないが成績トップの僕は少しだけ距離を置かれていた。
現在、作品の総評が終わり殆どの生徒が作品づくりに尽力していたので解放感から来るカタルシスに身を委ねていることだろう。
しかしながら僕はまだまだレベルアップしないとならないために吸収できるものは全て吸収しようとしていた。
そんな僕を周りはどの様に思ったのだろうか。
端的に言って芸大に入学してまだ友人が出来ていなかった。
気の合う仲間とつるむやつ、感性のあう仲間とつるむやつ、ライバル意識があるが仲良くしたくて一緒にいるやつ、僕のような一匹狼。
色んな人間がいる芸大だったが僕はここに友人を作りにきたわけではない。
自分の力を高める為にきたのだ。
そう割り切ってこれからも芸大生活を精進と研鑽に努めるつもりなのであった。
「性病科医師が暴露。
〇〇高校。元野球部並びにマネージャー。
性病を患っていたことを明らかに。
これにて騒動の裏付けも完璧にされた彼ら彼女。
今まで少数いた否定派も頷くことしか出来ない。
彼ら彼女の関係が明らかとなり、今後も厳しい視線は続きそうだ。
今後も続報を待て!」
その様な記事が出たのは四月の中旬だったと思われる。
GWを目前として若者に注意喚起を含んだ内容だったと思われる。
それがとんでもない効力を持つことを彼ら彼女はまだ知りもしない。
紅くるみは自室から出られなくなっていた。
今回の騒動で発狂した母親と呆れて家を出ていった父親。
彼女は現在孤独に身をやつしている。
頼りだった両親と野球部メンバーともほぼ絶縁状態になっていた。
誰のことも信用できず暗い自室で膝を抱える日々。
母親が夜勤で家を出た隙に顔を合わせないように食事を済ませる。
風呂に入ることも煙たがられた。
「性病持ちと同じ風呂に入りたくないわ…」
発狂した母親の不意な一言がきっかけとなり彼女は風呂に入るのを恐れていた。
もう完治しているのだが。
それでも両親でさえも見放してしまうほどだった。
今回の騒動の大きさを改めて認識した彼女だったが…。
時は遡らない。
過去には戻れない。
彼女は今後、孤独と上手に付き合うことしか出来ない。
自らを奮い立たせて一歩外に出ないと何も変わらないことを今の彼女には理解できていないのであった。
元野球部メンバーは散り散りとなっていた。
運良く肉体労働の現場に拾ってもらったやつもいれば、本当に配信者となり大炎上しているやつもいる。
むしろ炎上商法だと抜かして過去の過ちを武勇伝のように口にしていた。
しかしながら世間は許してくれない。
未だに家に引きこもっているやつもいれば、家族とともに海外に逃亡したやつもいる。
それでも彼らに待ち受けているのは罪を裁く一般人達ばかりだった。
今後も彼らは孤独の中で生きるしか無いのであった。
ルールを破ったやつ、モラルの無いやつ、マナーが守れないやつ。
そんな人間は煙たがられて排除され淘汰される。
現在の世情は概ねこの様なものなのだ。
ここから元野球部メンバーと紅くるみが更生し真っ直ぐに進める道は存在しているのだろうか。
もちろんイチ抜けして社会復帰した人間もいる。
反省したかは分からないが受け入れてくれた場所があったことは人生の中でも指折りの幸いと言える。
彼ら彼女に今後どの様な展開が待っているのだろうか…。
それはまだ誰も知らないのであった…。
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