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「さとちゃん、おはよ」
教室に入り、窓側の自席についてすぐ、聞きなれた声であいさつをしながらクラスメイトの平井名ユキが声をかけてきた。彼女の席ではないのにもかかわらず、慣れた様子で壁に背を向けて横向きに座る。
スポーツに全振りのステータスを持つ彼女は、男女問わず密かにファンがいるという噂だ。肩につかない程度に短くした髪は、少し日焼けで明るくなっている。陸上部では、学校内外問わず、過去の記録を塗り替え続けているらしい。
私は軽く返事をすると、少し焦りながら1限の準備をする。
「今日はやけにのんびり登校だね。なんかあった?」
「おばあちゃんを、助けてたんだよね……」
私はさっきの状況をうまく説明することができず、そんなふうにまとめてしまった。
ユキは、自身が質問したにもかかわらずふぅんと聞き流す。彼女はいつもこんな様子で、良く言えばマイペース、悪く言えばテキトーな子だった。
「あんたって、なんかいつも変なことに巻き込まれてるよね」
ユキのそんな言葉に、私は思わず手を止める。きっと彼女にとってはなんでもない感想なのだろうが、なるべく普通に生きていきたい私にとっては、まるで自身の悪行が暴かれたかのような気持ちになる。
「そ、そう?ボーっとしてるからかな」
あまりに不自然な誤魔化し方だと自分でも思ったが、ユキは、アハハと軽く笑い飛ばす。
ちょうどその時チャイムが鳴り、クラスの全員が各々の自席へと小走りで戻っていく。私の左肩に両手を添えて「そういうところが好きだよ」と言いながら、ユキも自席へ帰っていった。
しばらくして担任の男性教師が教室に入ってくると、いつもと変わらない朝礼が始まる。退屈な光景に、次第に生徒たちはガヤガヤとし始めるが、いつも気の抜けたような担任は特に注意もせず、ぼそぼそと連絡事項を伝えていく。
「あと、7組のクラスの牧田だが―――」
急に話題が変わり、何人か話題に前のめりになる。
7組は隣のクラスだ。6組である私たちとはカリキュラムのコースが同じため、同じ授業を受けることがある。
担任は少し言いにくい顔をしながら、次に何というのか考えている。もったいぶられた生徒たちの中で、最初に言葉を発したのはユキだった。
「美佳がどうかしたの?」
心配している声だ。彼女から、『美佳』の話を何度か聞いたことがある。足が速く、一目見たユキが陸上部に勧誘したという話だったか。
私は、どこか嫌な予感がして、今朝見た夢を思い出す。他の生徒たちはあまりに他人事の様子で、興味を持っていない子たちが大半だった。
ユキの言葉に、担任がうーんと少し悩みながら思い口を開き始める。
「7組の牧田が、3日前から家に帰ってないんだ。今朝、警察の人が学校に来ててな。何か知ってるやつがいたら、俺に教えてくれ」
『警察』。その言葉に、クラスが一瞬静かになる。
少し戸惑いながらも、心配になってちらとユキの顔を見るが、動揺しているのは当然だった。
―――あぁ、また嫌な予感が当たってしまった。
だが、私に何かできることなどない。今朝の夢もただの夢だ。私は私を守るために、関わるべきではないのだ。彼女はきっとすでに殺されている。あの男に、頭部を殴られて―――。
今までの人生の中で、私自身の近くでこんなことが起きるのは初めてだった。頭の中でぐるぐると思考が巡る。
「ねぇ」
突然、私の耳元で声がした。どこか冷たい風が私の首元を駆け抜けていく。驚きと不快感にハッと振り向くと、私のすぐそばに見慣れない女生徒が立っていた。
真っ白な顔に紫色の唇は、すでにこの世の者ではないことは明白だった。ポツポツと、彼女の頭部から冷たい液体が私の右手に垂れ、途端に赤黒く染めていく。
「私を見つけて」
途端に酷い頭痛とめまいに襲われ、私はそのまま意識を失った。
拝啓、安倍晴明様。 螽斯 @tatsuodesu
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