第3話「魔王の花嫁」として魔界に送られるアリアナ

 手足は牢獄の壁に長い鎖でつながれています。思うように抵抗できない私の口に、エリナはその不気味な食べ物を無理矢理押し込んだのです。きっと、耐えがたいほどの衝撃の味がして、私は息絶えてしまうのかもしれません。ですが、全くそのようなことにはなりませんでした。


「えっ? 美味しい・・・・・・」


 思わず微笑んだ私に、エリナが期待外れのような顔をしています。


「お姉様、どこも苦しくないですか? 口の中やお腹に異変はありませんか?」


「いいえ。まったく大丈夫よ。予想をはるかに超える美味しさだわ。甘酸っぱくて、後味には微かなバニラのような風味があったわ。高級デザートです」


「そんなわけないだろう。きっと、今はなんともないが、徐々に効いてくる毒に違いないよ。形も匂いも変だったしな。数時間後に、様子を見に来るぞ」


 レオナルド王太子は、これから必ず私が苦しむはずだと断言したけれど、痛くもかゆくもなかった。それどころか気分は爽快で、このような牢獄にいることなど少しも気にならない。ただ穏やかで明るい気持ちになれたのが不思議だった。


「なにをにこにこしているのですか? 気持ち悪い。わかった。これは精神を崩壊させる毒なのですわ。これからお姉様には大変なことが起こるはず。ちょっとそこの看守! きっちり記録をしておきなさい。異変が起きたらすぐに私たちを呼ぶのよ」

 

 エリナはそう言い残して、レオナルド王太子と去っていきました。それから数時間後に、またやって来たエリナは、私の顔を見て叫び声をあげました。


「なぜ、お姉様がこんなに綺麗になっているのかしら? 肌の質感がまるで違うわ。透明度が増しているし、さきほど見た髪の輝きではないわ。それに、お姉様の胸はこれほど大きかったかしら?」 


 なにを言っているのかさっぱりわからないのですが、エリナが手鏡を持ってきて私に見せました。確かに、今までの私の顔とはだいぶ違うように思います。最近気になっていたお肌のトラブルが綺麗になくなっています。目の下のくまや、おでこのニキビ、寝不足による肌のくすみなどが消えていたのです。

 顔の輪郭もいつもよりはシャープで睫毛はより長く、瞳はキラキラと輝いて、髪もしっとりと潤っているのでした。


「不思議ですわね。こんなことってあるのかしら?」


「もしかしたら、さきほどの果物のせいなのではないかしら? 私も早速持って来て食べてみるわね」

 そう言いながら目の前で食べ、あまりの美味しさにびっくりしているエリナです。それからしばらくすると、エレナの肌や髪がいつもより美しくなり、びっくりするぐらい綺麗に変わっていきました。


「凄いわ、これは本当に貴重な実ですわ。早速、王妃殿下にもご相談しないといけませんわね」

「なにを相談するというの?」

「魔王から届けられたのはたった五個だけでしたもの。どうにかして、これをもっといただきたいわ」


 エリナは私を見つめながら考え込んでいましたが、レオナルド王太子に満面の笑みで、恐ろしいことを提案します。


「お姉様を『友好の証』として差し出せば、もっとこの実をいただけるわ。ほら、魔王の花嫁として差し出すのですわ。もちろん、罪人というのは伏せておいて、賢く美しい私の姉アリアナ・クレスウエル公爵令嬢として嫁がせるのです。魔族は人の血を喰らうと言われていますが、どうせお姉様はこのまま牢獄で一生を終える身です。私たちの役に立てて本望でしょう」


「ふむ。それは良い考えだな。もう一回クレスウエル公爵令嬢に戻して、体裁だけ整えてあちらに贈ろう。罪人だとばれたらまずいからな」


「呆れました。私は重罪人なのでしょう? その罪はどうなるのです?」


「魔王に嫁ぐことで罪は消える。醜悪で人の血が大好物な魔族に嫁ぐのは、とても良い罰だ」

 レオナルド王太子が嬉しそうに笑いました。この顔をしたら、必ず自分の考えたことは押し通すでしょう。それがとても愚かなことだとしても。



 ☆彡 ★彡



 それから数時間は経ったでしょうか。ここは謁見の間です。先日とおなじような顔ぶれの前に、私は引きずり出されました。まだ手錠は手首を拘束したままです。国王陛下や王妃殿下、レオナルド王太子もあの実を食べたようで、とても綺麗に変わっていました。


「この魔族がくれた果物は貴重なものだ。もっとたくさんもらうには、こちらもそれ相応の貢ぎ物が必要となろう。レオナルドの進言は素晴らしいものだ。このアリアナを有効活用できる。今すぐクレスウエル公爵令嬢に戻し、綺麗な服に着替えさせよう。『魔王の花嫁』になるのだ」


「そうですね。それはとても良い考えです。もっとその実が手に入ったら、私にもわけてくださるでしょう?」


「もちろんですよ。今は残りひとつだけなので、あげることはできませんがね」

 レオナルド王太子と話す母の顔が、期待に輝いていることが悲しかったです。娘の私が少しも心配ではないのでしょうか。


 私はやってもいない罪を背負わされましたが、それはなかったことにするように国王陛下夫妻に言い含められました。

「罪人だった女が嫁いだとわかれば、怒りのあまりなにをされるかわからない。だから、あちらに嫁いでもここで起こったことは話すのではない。そなたの身の安全のためだ。わかったな?」


 こうして、私は『魔王の花嫁』として魔界に嫁ぐことになりました。それから数日後のこと、黒いペガサスに引かれた馬車が空から舞い降りた漆黒の夜。私はひとりその馬車に乗ったのでした。



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