第2話 地下牢に繋がれ、毒味させられるアリアナ

「申し訳ありませんが、自分の犯してもいない罪を自白するなどできません」


「強情な女だな。自分の罪を認めたら婚約破棄だけで、罪は問わないと言っているんだ。王都から遠く離れたお前を知る者などいない場所に、一人で住むことができるくらいの家は用意してやる。『王室財宝の横領』は本来重い罪だから、一生牢獄に閉じ込められるのだぞ。それでいいのか?」

 レオナルド王太子がとびっきり優しい顔つきで、さも私に譲歩してやるという雰囲気を醸し出しながら、そう持ちかけました。


「レオナルド王太子殿下の温情ですよ。早く認めなさい。そうでないと、クレスウエル公爵家に傷がつきます。あなたが罪人となり牢獄の住人になったら、クレスウエル公爵家の名声は地に落ちますよ」

 お母様が必死になって、私のしてもいない罪を認めろ、と金切り声をあげます。


(なぜ、信じてくれないの? なぜ、エリナとレオナルド王太子のことを疑わないの?)


「お母様。私に嘘はつけません。やっていない罪を認めることなどできません」


「エリナよ、お前をクレスウエル公爵家から追放する。クレスウエル公爵家から罪人を出したくないのだ」

 お父様はその場で決断し国王陛下が認め、私はクレスウエル公爵令嬢ではなくなりました。国王陛下は冷たい眼差しで周囲を見渡し、静かに言葉を紡ぎました。


「王室財宝の横領という不名誉な罪を犯したアリアナを、ただちに牢獄へと連れて行くのだ。既に、アリアナはクレスウエル公爵令嬢ではない。よって、貴族用の牢獄ではなく、平民たちを収容する牢獄に閉じ込めよ」


「お待ちください。今まで私がこなしてきたさまざまな仕事はどうするのですか? 今までなにもしてこなかったレオナルド王太子殿下にできるとは思えません」


「それなら心配ないさ。アリアナが発明した魔道具があるじゃないか? 『アリアナ・スクプリタム』をよく作ってくれたよ。あれがあれば、アリアナはもう要らない。私はアリアナの妹のエリナを妃に迎える!」


(なるほど・・・・・・そういうことですか・・・・・・私は二人が結婚するために罪を着せられたのね)


 父も母もそれを喜ばしいことのように聞いていましたし、エリナはそれこそ満面の笑みでした。国王陛下夫妻もそれは同じことでした。国王陛下夫妻はレオナルド王太子を溺愛していたからです。ひとり息子の彼が言うことが全て正しい、そう信じているようでした。


 私は手錠をかけられ、王宮の暗い回廊を通って牢獄へと連れて行かれました。足音が石畳に響き、その冷たさで身体が凍りつくようでした。その罪は私に着せられたもので、真実はまるで異なるというのに、国王陛下の命令はあまりにも無情なものでした。


 あれだけ私に厳しく、公爵令嬢としての義務を押しつけてきたお父様やお母様は、いとも簡単に私を見捨てました。必死になって守ってきた公爵令嬢としての矜持や努力は踏みにじられ、全てをなくすのはあっという間でした。




 地下牢には二つの部分があることは知っていました。一つは貴族用で、もう一つは平民用です。貴族用の地下牢は、比較的「快適」だと噂されていました。小さな窓から日の光が差し込み、窓も開けることが許されて、ソファやエスクリトワールもあるらしいのです。


 けれど、私が連れて行かれたのはその反対側です。平民用の牢獄でした。扉が開くと、湿った空気が私の身体を包みます。薄暗い窓のない部屋には小さなベッドが一つ、壁には鎖が打ち付けられており、手錠や足かせをそれに繋ぐことができるようになっていました。床は冷たく湿っており、わずかな光は扉の上部に設置された小さな穴から漏れてくるのみでした。壁は厚く、外の音はほとんど聞こえません。ここは完全な孤独と絶望の場所でした。


 

 私がこの暗い牢獄に閉じ込められた翌日のことです。にこにこしながらやって来たレオナルド王太子の横には、寄りそうように立っているエリナの姿もありました。


「お前に栄誉ある毒味役をさせてやるよ。ここに一生閉じ込められたままなのも退屈だろう? この実は魔族の王から贈られてきたものだ。あいつらは邪悪で醜悪な生き物だから、きっと和平を結びたいという言葉も嘘に違いないんだ。見て見ろよ、表面が黒と緑のまだら模様で、螺旋状にねじれたこの果物を」


 目の前に突き出された不思議な果物からは、海藻と硫黄を思わせるような独特の香りがしました。その皮をエリナが剥き、小皿に盛ると私に食べるように促したのです。


「お姉様、私だって本当はこんなことはしたくないのよ。でも、罪を犯してもそれを認めないお姉様が悪いのですわ。さぁ、召し上がってくださいな。お毒味は大事な役目ですからね」

 私に同情するかのような顔をしているエリナでしたが、その目にはわずかに面白がっているかのような光が宿っていたのでした。



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 ※エスクリトワール:装飾的なライティングデスクのこと。簡単にいうと「書き物机」 

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