王太子に婚約破棄された私は魔族に嫁がされました。

青空一夏@書籍発売中

第1話 婚約破棄されたアリアナ

 私の名前はアリアナ・クレスウエル、クレスウエル公爵家の長女です。長い金髪は太陽の光を浴びるときらめき、青い瞳は深い海のように人々を惹きつけます。私、アリアナ・クレスウエルは、金髪碧眼のどこか冷たい印象を与える女の子でした。私は父方の祖母に似ているのだそうです。


 一方、私の妹であるエリナはピンクがかった金髪と緑色の瞳を持ち、特にその愛らしい笑顔は両親や男性を魅了しました。エリナは母によく似ています。


 私たちが幼い頃から、エリナの我が儘はいつも許されてきました。ある日、エリナが庭で美しい花を見つけ、それを摘み取ってしまったことがあります。その花は珍しいもので、母が大切にしていました。けれど、エリナが「きれいだったから」と笑顔で言うと、母は怒ることができず、かわりに「エリナのその無邪気な笑顔に癒された」とエリナを抱きしめるのでした。


 私もエリナのように抱きしめて欲しくて、同じように母が大切にしていた花を摘み取ると、母の怒声が庭園に響きわたりました。

「この花を私が大事にしているのを知っていて、こんなことをしたのね? 今日はお部屋から一歩も出てはいけませんし、夕食はパンと水だけをメイドに運ばせます」


「お母様。先日、お姉様は私に『このお花を摘んでお母様に見せたら喜んでくれるわよ』と私に言いました。そのせいで、私はこの花を摘んだのですわ」

 エリナは手を胸の前で組みながら上目遣いに母の顔を見上げて、私の罪を愛らしい笑顔でねつ造しました。もちろん、エリナにそんなことを言ったことはありません。


「なぜ、アリアナはそんなことをしたの? 私だって、育ち盛りのあなたの食事を抜くことはしたくないのよ。でも、こんな場合は仕方がないわね。明日もお部屋で反省なさい。そして、明日の夕食もパンと水だけです」

 母はエリナの嘘を全く疑いませんでした。


「お母様。私はそんなことをエリナに言っていません」

 何度も否定しましたが、言っていない証拠などありません。言った、言わないの問題で揉めた場合は、必ずエリナの勝利になります。私は情けない思いで、それに屈するしかありませんでした。


 その時、私は学んだのです。エリナが望めば、彼女の我が儘はいつも許されるのだと。そして、私は彼女の過ちさえも肩代わりすることになる運命なのだと。クレスウエル公爵家のなかでの私の存在は、いつもエリナの我が儘をより一層助長させる踏み台のようなものでした。


 エリナが何かを望めば、母はすぐにそれを叶えてしまいます。母を溺愛している父は母の言いなりでした。私が同じことを望んでも、いつも「アリアナは姉なのだから我慢しなさい」と言われ、私の願いは後回しにされるのです。


 だったら放っておいてほしいと思うのに、長女として両親の期待だけは一身に背負い、常に模範を示さなければなりませんでした。権利は主張できずに義務だけは背負わされる、そんな毎日でした。厳格な家庭教師にマナーや教養を叩き込まれた私は、七歳にして完璧なマナーを身につけ、難しい本も読めるような女の子になりました。そのせいで、私は王太子の婚約者に選ばれたのです。


 嬉しい? 誇らしい? いいえ、その瞬間から私は王太子の影としての生活を強いられることになりました。レオナルド・アスタリア王太子、彼は金髪碧眼で顔だちの整った方です。未来の王として生まれながらにして全てを手に入れたように見えました。


 けれど、その美しい外見の裏には、我が儘で怠け者の本性が隠されていました。彼が勉強を放棄し、政務に無関心であるために、その責任はいつも私に押し付けられました。レオナルド王太子と一緒に授業を受け、彼の代わりに家庭教師から出された課題を解く羽目になったのです。


「いずれ王太子妃になる身なのだから、全力でレオナルドを支えるのです」

 レオナルド王太子殿下を溺愛なさっている王妃殿下が、厳しく私に命令します。もちろん、それに逆らうことなどできませんでした。


 王太子としての役割を果たすべき年齢にレオナルド王太子が成長した頃には、私は朝から晩までレオナルド王太子が署名すべき書類に埋もれ、国のために寝る暇もないほど働かされました。彼が遊び呆ける間、私は国の法律、経済、外交について学び、側近たちや大臣たちと議論し、王太子がするべき決断を代わりに下してきたのです。


 レオナルド王太子の我が儘は、私たちの周りの人々にも波紋を広げていきました。彼が納得いかないことがあれば、周りがどれだけ苦労していようとも、彼の気分を害することは許されませんでした。彼が望むなら、「夜中に星を摘んでこい」と言われても、それが不可能であることを説明するのは難しかったのです。


 私は彼の欲望を叶えるために、何度も不可能に挑戦させられました。そして、それができないと無能扱いされて責められるのは私でした。王太子の仕事を私が代わりに行い、大きな成果があると、レオナルド王太子の手柄になります。失敗したり、思うような成果が得られないと私の落ち度になるのです。私は何度も激務のために高熱をだし、寝込んでしまうのでした。


(自分の仕事量を物理的に減らす方法はないのかしら?)


 レオナルド王太子の仕事をしながらも、多くの研究を重ねてきました。やがて、その甲斐もあって、私は古代の魔法文字と現代の魔力技術を組み合わせた、画期的な魔道具を発明しました。この装置は、複雑な政務文書の処理、自動的な文書作成、さらには高度な政策決定のサポートができるよう設計されています。


 音声認識機能により、私が口頭での命令を出すだけで文書が作成され、必要な分析や計算を瞬時に行い、政策の提案までもが可能になりました。さらに、魔法によるセキュリティシステムが組み込まれており、機密情報の保護も万全です。この魔道具は私の名前を取り『アリアナ・スクプリタム』と名付けました。


 これによって私は国王陛下からお褒めの言葉をいただき、大臣たちからも賞賛されました。なぜなら、この魔道具『アリアナ・スクプリタム』は彼らの仕事をも楽にし、その効率を革新的に飛躍させたからです。




 ところが、私とレオナルド王太子との結婚式がひと月後に迫ったある日のことです。私は王宮にある謁見の間に呼ばれました。そこでは、国王陛下夫妻をはじめ、大臣や役人たち、レオナルド王太子や妹のエリナ、私の両親が怖い顔で、私を睨みつけています。


 夕暮れ時の柔らかな光が窓から差し込み、鮮やかなオレンジ色に謁見の間が染まっていきます。一日のなかで、一番好きなこの夕暮れの日差しのなかで、いったいなにが始まるのでしょうか? これまでの人生で、私は常にレオナルド王太子の側で彼の政務を支え、王室のために尽くしてきました。彼の婚約者として、そして一国の未来を担う者として。


「私、レオナルド・アスタリアは七歳の頃より婚約してきたアリアナ・クレスウエル公爵令嬢に婚約破棄を言い渡す! この悪女は私からの絶大なる信用を盾にし『王室財宝の横領』という悪事を働いた」


 レオナルド王太子の思いがけない宣言に、私は心底仰天し気絶しそうになりました。


「そのようなことはしておりません。まったくの事実無根な言いがかりですわ」


「そなたは長年、レオナルドの代わりに政務をこなしてきた。王太子妃になるという資格は失うが、素直に認めれば出来心として罪には問わない。証拠はあるのだから、洗いざらい白状するのだ!」

 そのように決めつける国王陛下から、私の前に突きつけられた書類には、信じられないような疑惑が記されていました。


 私の名前で作成された偽の財務記録、そして高価な宝石や金貨が不正に持ち出されたとする証拠。さらには、贅沢な品々を購入したとされる領収書が、クレスウエル公爵家の私の部屋から「発見された」というのです。これらの書類が目の前に広げられたとき、私の心は一瞬で凍りつきました。


 私がどれほどレオナルド王太子と王室のために尽くしてきたか。長年にわたる努力と献身。それが今、このような形で報われるとは。私の胸は悲しみと怒りでいっぱいになりました。けれど、その感情を表に出すことはありませんでした。私は深呼吸をして、冷静さを保とうと努めたのです。


「よく考えてみてください。ずっと、私は王宮に寝泊まりをしてレオナルド王太子の代わりに政策立案と審議、法案の審査と署名などをしてきました。クレスウエル公爵家に帰るのは希でした。仮に私がそのような悪事を働いたとしても、クレスウエル公爵家にそのような書類や領収書などを置いておくはずがないではありませんか?」


「お姉様はお利口な方ですから、王宮内で与えられた執務室や居室に、大事なものを保管しないと思った私の勝利ですわ。私がお姉様のお部屋を調べたのです。ちょっとだけ、お姉様のドレスを借りようとしたら、クローゼットの奥からたくさんの宝石やらドレスがでてきましたわ。それらの領収書なども一緒にね」


 嬉々として説明するエレナは、レオナルド王太子と顔を見合わせてにっこりと微笑み合いました。


「さぁ、自分の罪を認めなさい!」

 王妃殿下も私に迫ってくるなかで、私の両親であるクレスウエル公爵夫妻までもが、私に罪を自白するように強要したのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る