第8話 宝探し

「……ねぇ、キミっ!」


 私は、馬屋から去って行く男の子の背中に声を掛けた。

 一瞬、無視されるかと思ったけど、男の子は、律儀にも止まって、こちらを振り返ってくれた。


「…………何か用か?」


 男の子の視線は、なぜか冷ややかだ。

 私は、一瞬、怯みそうになるのを堪えて、笑顔を作った言った。


「助けてもらった恩返しがしたいの」


「恩返し?」


 男の子が怪訝そうな顔をする。

 それには構うことなく、私は続けた。


「そう。ここで出会ったのも、何かの縁だし。

 私に出来る事があれば、何でも言って」


「結構だ。見返りを求めてやった事ではない」


「それは解ってるわ。

 でも、それじゃ私の気が済まないのよ」


「……だから、気にしなくて良いと、俺は言ってるんだ。

 悪いが、慈善事業に付き合っていられる程、俺は暇じゃない」


「……な、何よ。

 そんな言い方をしなくても良いでしょ。

 人の好意は、素直に受け取るべきだわ!」


「だから、要らないと……」


「お願いっ、何でも良いのよ。

 何か……そう、困ってる事とか悩んでる事とかない?

 キミの力になりたいの」


 私は思わず熱が入り、男の子の袖を掴んだ。そうしなければ、今にも去って行ってしまいそうだったからだ。

 そんなに強く引っ張ったつもりはなかったが、男の子の袖口から何かがはらりと落ちた。


「ごめんなさい、今ひろって……ん? これって……」


 私が慌てて落ちたものを拾うと、それは、古びた紙切れを小さく畳んだものだった。


「あっ、それは……」


 男の子が慌てた様子で顔を赤くする。

 中身を見るつもりはなかったのだけれど、風で捲れた拍子に、ちらりと地図のようなものが見えた。赤いバツ印のようなものもある。


「…………もしかして、宝の地図?」


「え」


「すごいっ、これって宝の地図でしょう?!

 私、はじめて見たわっ!」


 以前、図書館の本で見た記憶を思い出しながら、興奮した口調で私が言った。

 男の子の動揺した様子から、それが当たっていることが分かる。


「もしかして、あなた……宝物を探しているの?」


「えっ…………ま、まぁな」


 男の子は、気まずそうに私から視線を逸らして答えた。もしかしたら、誰にも知られたくなかったのかもしれない。本当なら、何も見なかったことにして、そっとこの地図を男の子に返すべきだろう。

 でも、私の好奇心がうずうずと動き出して、私には止められそうにない。それよりも、もっと素晴らしい考えが頭に浮かんだ私は、男の子に、ある提案をすることにした。


「ねぇ、その宝探し、私が手伝ってあげるわ」


「えっ」


「別に、宝物をあなたから横取りしようなんて考えてなんかいないわよ。

 宝物は、そっくりそのままあなたが持って行けばいい。

 ただ、私は、その手伝いをするだけ。

 これなら、私もあなたに恩返しが出来るし、あなたも宝物を一人で探すよりは、ずっと効率的な筈よ。どう、名案じゃない?」


 私の提案に、男の子が何やら言いたげな複雑そうな表情をする。

 しかし、私は、じっと男の子を真摯な気持ちで見つめ続けた。その気持ちが伝わったのだろう。男の子は、やがて諦めたようにため息をついた。


「……わかったよ。それじゃあ、君にも手伝ってもらう。

 だけど、このことは他の誰にも話すなよ。これでいいか?」


「交渉成立ねっ!」


 私は、男の子に向かって、握手をしようと手を差し出した。男の子は、少し戸惑いながらも、私の手をしっかりと握り返してくれた。


「嬉しいわ。宝探しと言えば、冒険・友情・涙ありの物語!!

 私、一度で良いから、そんな夢のある冒険がしてみたかったの!」


「そ、そうか……それは良かったな」


「そうと決まったら、早速、冒険の準備ねっ!」


「準備?」


「冒険には、いろいろと準備が必要でしょ。

 ドラゴンと戦ったり、悪い魔女を倒したり……」


「戦うばかりが冒険ではないだろう」


「弱音を吐いたらダメよ!

 ドラゴンくらい倒せなきゃ、勇者にはなれないわっ!」


「……どうゆう発想だ。

 大体、ドラゴンなんてものは、ただの空想上の生き物じゃないか」


「あら、夢のない事を言うのね。

 それじゃあ、君は、世界中を旅して回ったことがあるの?」


「……いや」


「それじゃあ、ドラゴンが本当にいるかいないかなんて、解らないじゃない。

 〝不明〟と〝空想〟は、同意語じゃないのよ」


「それは、そうだが……」


「それで、その宝物ってのは、何なの? やっぱり、金銀財宝?

 それとも、不老不死の秘薬か何か?」


「それは、まだ言えない。

 ……だが、とても価値のある貴重なモノだ」


「言えないって……そんなに警戒しなくても、横取りなんかしないってば」


(別にお金には困ってないし……まぁ、不老不死の秘薬だったら、ちょっとは興味あったかも)


「楽しみは、後にとっておいた方がいいだろう」


「……まぁ、それもそうね。

 それじゃあ、この地図……見てもいいかしら?」


 どうぞ、と男の子が仕草だけで答えてくれる。


「ありがとう。

 わぁ……これが宝の地図なのね。ふむふむ……」


 私は、どきどきしながら地図を眺めた。


「何かわかったか?」


「う~ん……」


「……まさか、地図が読めないのか?」


「そ、そんなわけないでしょう!

 ただ……どこの地図か、が解らないだけよ!

 ……そうだわ、図書館よ!

 解らないことは、図書館で調べるって、相場が決まっているんだから」


「……まぁ、あながち的外れでもないか」


「そうと決まったら早速……」


 私は、はりきって宝探しへの第一歩を踏み出そう……として、大事なことを忘れていたことに気づき、はたと踏みとどまった。


「……あ、そう言えば。

 まだ、あなたの名前を聞いてなかったわよね」


 すると、男の子は、何故か急に不機嫌そうな顔になった。


「俺は……楊賢ようげん、と言う」


「ヨーゲン……?」


「楊賢だ」


 私の発音が気に障ったのか、男の子がむっとした表情をする。

 外国人だろう、とは思っていたが、それにしても呼びにくい名前だ。


「言いにくい名前ねぇ。

 じゃあ、 〝ヨ-くん〟って、呼んでも良い?」


「!?」


 突然、男の子の顔つきが変わる。顔を赤くして、驚いているようにも、怒っているようにも見える。

 私は、また何か気の触る事を言ってしまったのだろうか。


「えっと、あの……」


「…………二度と、その名前で呼ぶな」


「え……ご、ごめん」


 言い方はきついが、私から目を逸らした男の子の顔は、赤い。

 もしかして、照れているのだろうか?


「じゃあ、〝楊賢くん〟ね。

 私は…………」


 おっと、ここで本名を明かすわけにはいかない。私がレヴァンヌ国のお姫様であることは内緒にしておいたほうが良いだろう。

 私は、普段使っている偽名を使う事にした。


「……私は、アリスよ。よろしくね」


「アリス、ねぇ……」


 楊賢が何故か含み笑いをする。その理由を私が訊ねる前に、楊賢がさっさときびすを返して、馬屋の外へと出て行こうとする。


「それじゃ、自己紹介も済んだことだし。

 その図書館とやらへ向かうか」


「あ、うん……」


「ぐずぐずするな、アリス。

 日が暮れない内に、さっさと行くぞ」


(……って、いきなり呼び捨て?)


 反論しようにも、楊賢がさっさと一人で行ってしまうので、私は、慌てて彼の背中を追い掛けた。


「ちょっと待ってよー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る