第7話 不思議な男の子

 どういう意味だろう、と私が訊ねる前に、先程馬を追い掛けていた人が息を切らしながら駆け寄って来た。手に手綱を持っているところから見て、厩の番をしている店の者だろう。


「大丈夫でしたかっ?!」


「大丈夫だ。怪我はない」


 おそらく私に聞かれたのであろう問いかけに、何故か男の子が代わりに答える。

 それを聞いた厩番は、安堵の溜め息をついて頭を下げた。


「本当にすみませんでした!

 先程の馬は、ちょうど発情期の馬でして……。

 急に暴れ出してしまって、手がつけられなかったんです」


 ……という事は、その馬は、私を見て興奮したという事だろうか。


「馬屋が馬を管理しきれなくてどうする。

 もう少しで大怪我を負わせるところだったんだぞ!」


「す、すみません……」


 厩番は、遥かに自分より年下の子供に怒られているというのに、やけに恐縮している。それだけの威厳がその男の子にはあった。

 私は、何だか厩番の人が可哀想に思えてきて、横から口を挟んだ。


「あ、あの……もうそれくらいに……私は、大丈夫なので」


(……あれ?

 でも私、何で無事だったのかしら?)


 自分で言ってから気付いたが、先程私に突進してきていた暴れ馬は、少し離れた場所で、悠々と草を食んでいる。先程の暴れっぷりが嘘のようだ。


「いやぁ、それにしても、君がいなかったら、どうなっていたことか……。

 まだ子供なのに、馬の扱いに慣れてるんだね」


 厩番が関心したように男の子を見た。

 しかし、男の子は、むっとした表情でそっぽを向くと、投げやりな口調で答えた。


「……家で馬を飼っているんだ」


 どうやら私は、この不思議な恰好をした男の子に助けられたようだ。

 先程、『死なれてたまるか』と言っていたのは、その為だろう。

 助けようとした相手に死なれてしまっては、誰だって後味が悪い。


「何のお礼も出来ないけど、何か困った事があれば、いつでも言ってくれよな。

 まぁ、馬を貸す事くらいしか、出来ないけどね」


 厩番はそう言って笑うと、傍で草を食んでいる馬に手綱をつけて、馬小屋の方へ戻って行った。


(……そうだ、助けてもらったお礼をまだ言ってなかった)


 私は、改めて男の子に向き直ると、膝を折って感謝の意を示した。


「危ないところを助けてくれて、本当にありがとう。

 見ず知らずの他人にここまでしてくれる人なんて、そうはいないわ」


 私は、褒めたつもりだったのに、それを聞いた男の子の表情が突然、険しいものに変わる。


(……あ、あれ?

 私、何か変な事でも言ったかしら?)


 無言で下を俯く男の子は、怒っているような、泣いているような複雑な顔だ。

 私がどう声を掛けて良いのか分からず戸惑っていると、男の子は、何かを振り切るように、ぱっと顔を上げた。


「……別に。

 偶然、居合わせただけだ」


(な、何かしら……急に態度がそっけなくなって。

 さっきまでは、あんなに親身になって心配してくれてたのに……)


「何の用があって、こんな所へ来たのかは知らないが、

 これに懲りたら、大人しく家へ帰るんだな」


 それだけ言うと、男の子は、くるりと私に背を向けて、門の方へと歩き始めた。


(私、あのまま馬にぶつかっていたら、きっと無事では済まなかった。

 このまま何もしないで別れるなんて……助けてもらった恩返しがしたい!)


「ちょっと待って!」


 そう考えると居ても立ってもいられず、私は、男の子の背中を後を追った。

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