琳 楊賢 編

第6話 馬屋

 これからどうしようかと考えて、私の頭に浮かんだのは、城外に広がる草原を風のように馬で駆けていく光景だった。


(……この町を離れてみるのも良いかもしれない。

 今まで一度も出た事のない、町の外へ)


 私は、これまでもよくお城を抜け出して城下町を探索していたけれど、城下町の外へ出た事は一度もない。


(それなら馬が必要よね。

 確か城下町のどこかに馬屋があった筈……探してみましょう)


 私は、人に道を聞きながら、何とか馬屋の場所へと辿り着いた。


(……あ、あったわ。

 馬の鳴き声が聞こえるし、きっとここね)


 門が開いていたので、中へと入ってみる。


(えっと……馬は、どこで借りられるのかしら?)


 周囲を見渡してみるが、人の姿は見当たらない。

 どうしたものかとウロウロしていると、何やら厩の方から馬の嘶く音と、人の叫び声が聞こえてきた。


「うわっ……!

 だ、誰かソイツを止めてくれーっ!!」


「……え?」


 声のした方を見ると、一頭の馬が鼻息荒くこちらへ向かって走って来る。

 馬の後方から誰かが叫びながら、馬を追い掛けているのが見えたが、馬は、速度を緩めるどころか加速していくので、追い付けないようだ。


「え? え? え?」


 突然のことに、私は気が動転して、その場を動く事が出来なかった。

 その間にも、暴れ馬は、どんどんこちらに接近して来る。


「危ないっ!!」


 その叫び声と暴れ馬が私の目の前に迫ったのは、ほぼ同時だった。


(いやっ……!!)


 私は、次に来るであろう衝撃と痛みを覚悟し、思わず両目を堅く閉じた。


 しかし、いくら待っても衝撃はやって来ない。


(…………あれ?

 痛く、ない……?)


「……大丈夫かっ?!」


 ふいに暗闇の中から声がした。

 その力強い声が私を現世へと連れ戻す。


 私が恐る恐る目を開けると、目の前に私を心配そうに覗く男の子の顔があった。


「おい、大丈夫か?!」


(……だれ?)


「……どうした、どこか怪我でもしたのか?」


 現状を理解出来ずに放心状態でいる私を見て誤解をしたらしく、

 男の子が慌てた様子で眉を寄せる。


「あ、ううん。……大丈夫、みたい」


 私は、いつの間にか地面に尻もちをついていたようだ。

 身体のどこにも痛みがないことを確認すると、改めて男の子を見上げた。


「立てるか?」


 そう言って、男の子がこちらに手を差し伸べてくれる。


「……あ、ありがとう」


 私は、男の子の手を借りて、立ち上がった。


(……あれ、この子……私よりも背が低い。

 尻餅ついてたせいかな、

 なんだかこの子が大きくみえたんだけど……)


 改めて目の前の男の子を見てみると、まず、見慣れぬ服装が目を惹いた。

 何枚も布地を重ねて前で交差させ、紅い腰帯で留めている。

 一番上には、紺色の羽織を着ており、その服装の所為か、見た目の年齢よりも落ち着いて見える。

 短く切りそろえられた灰色の髪も、この国の人ではない事を物語っていた。


「無事で良かった。

 危ないところだったな」


 男の子に言われて、私は、ようやく自分が陥っていた状況を思い出す。


「あれ、私…………生きてる」


 男の子は、私の言葉に何故かむっとした表情で返した。


「当たり前だ。死なれてたまるか」


「……え?」


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