アラン=ジグラード 編

第6話 市場

 これからどうしようか、と考えた時、前に侍女から聞いた話を思い出した。


(……そうだ!

 確か今日は、私の誕生日を祝って、各国の商人達が来ている筈。

 市場に行けば、何か面白い物が見れるかも)


 たくさん人が集まるということは、それだけ私の王子様と出会う可能性も高いということだ。

 私は、大きな期待を胸に市場へと足を向けた。


(うわ~……想像はしてたけど、すごい人ね!

 露店もたくさん出てて、何がなんだか……)


 周囲を見回して、あまりの人の多さに眩暈がする。

 果たして本当に、この中から私の王子様を探すことが出来るのだろうか。


(……あら、あそこの人だかりは何かしら?)


 大勢の人達が行き交う中、円を作った人だかりが目に入った。

 軽快な音楽が聞こえるところからして、大道芸団でもいるのだろう。


(面白そうね、ちょっと覗いてみようかしら)


 私が人だかりに近寄ろうと人の波を横切った時、急いで歩いていた見知らぬ男とぶつかった。


「……痛っ」


「おいっ、気を付けろ!」


「す、すみませ……」


 男は、私に罵声を浴びさせると、私の謝罪を最後まで聞くことなく、あっという間に人だかりの中へと紛れてしまった。


(ふぅ、これだけ人が多いと前に進むのも困難ね……)


 私が人混みに疲れて溜め息を吐いた時、誰かが優しく声を掛けてくれた。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」


「あ、すみませ……ん?!」


 私が顔を上げると、なんとそこに居たのは、レヴァンヌ城の兵士だった。


 私は、驚きの声を上げそうになるのを必死で堪えた。

 しかし、兵士は、私の顔を見て、はっと表情を変える。


「……ん?

 あ、あなたは……アイリス姫?!」


(なんでこんなに人がいる中で、兵士に会っちゃうのよ!

 ここで捕まるわけにはいかない。まだ、まだ……!)


 私は、人混みに紛れて逃げようとしたが、逆に、兵士に腕を捕まれてしまう。


「お待ちください。

 私は、ここで警備をしている兵士でございます。

 決して怪しい者ではありません」


「は、離してっ!」


(そんなの見ればわかるわよ!

 だから逃げようとしてるんじゃないのー!)


 身をよじって抵抗を試みるが、所詮、兵士の力には敵う筈もない。


「しかし、なぜ姫君がこのような場所に?

 確か今日は、他国の王子様方がおいでになる筈では……?」


(この人もしかして……

 私が城を抜け出した事を知らないのかしら?)


 それならまだ何とか誤魔化してこの場を去ることができるかも……

 ……という私の淡い期待は、次の瞬間、ものの見事に打ち砕かれた。


「……まさか、また城を抜け出してこられたのですか?」


「うっ……」


 普段からよく城を抜け出していた私の行動は、城の兵士達の間でも知られる処となっている。

 日頃の行いが仇になったとは言え、このままでは何を言い繕っても無駄だろう。


「あまり国王陛下に御心配を掛けてはなりませんよ。

 きっと近衛隊長殿もお捜しの筈。

 さぁ、一緒に城へ参りましょう」


(こうゆう時は……最終手段よっ!)


 私は、大きく息を吸い込むと、力の限り大声を張り上げた。


「きゃあああ~~~!!!

 人さらいよぉ~! 誰か助けてぇ~~!!」


「ええ?!

 ひ、姫様……何を……」


 辺りは騒がしかったが、それ以上に私の声が大きかった為、

 周囲を歩く人たちの視線が私と兵士へ集中する。


 兵士相手に、誰かが助けてくれるとは思えないが、

 せめて事を大きくすれば、自然と逃げる隙も出来るだろう。


「いやあああ~~~っ!!!

 だーれーかぁーーー!!」


 予想通り、周囲の視線を気にした兵士は、私の腕を掴んでいた手の力を緩めた。

 今が逃げるチャンス、と思った……その時。


「おい、貴様!

 白昼堂々と悪事を働くなんざ、良い根性してんじゃねぇか」


 まるで空から降る太陽の光のような声がした。


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