オーレン=マフィス 編
第6話 酒場
これからどうしようか、と考えた時、ちょうどタイミング良く、私のお腹がぐぅと鳴った。
(そう言えば、朝食もまだだったわ。
女将さんのお店にでも行こうかしら)
女将さんのお店は、城下町の一角にある。
以前、私が城を抜け出して、ちょうどお腹がすいていた時、どこからか漂ってくる美味しそうな匂いに惹かれ、たまたま入ったお店が、女将さんのお店だった。
旦那さんが料理を作っているのだか、これがお城で食べる料理なんかよりも美味しくて、それ以来、私が城を抜け出した時には、よく女将さんのお店でご飯を食べている。
料理店と言っても、夜になると賑やかな酒場となる。
夜にお店を訪れた事がないので、私はよく知らないが、どうやら料理店よりも酒場がメインらしい。その為、昼間は人も少ないので、周りを気にせず食事が出来る。
扉を開けると、ドアベルが鳴り、それに気付いた女将さんが私に声を掛けてくれる。
……筈だった。
(あれ? 女将さん、いないのかしら。
いつもならカウンターに居るのに……)
お店の中を見回すと、ちらほらと椅子に座って料理を待っているお客さんの姿がある。
おそらく厨房にいる旦那さんに料理の注文を伝えに行っているのだろう。
(……まぁ、すぐに戻ってくるわよね。
女将さんが出てくるまで、空いた席にでも座って待っていましょう)
私は、いつも座る、カウンターの空いた席に向かおうとした。
その時、カウンターの端の方に、金色の髪をした男性が一人で座っているのが目に留まった。
この国でも珍しい髪の色に、すぐ外国の人だとわかる。
私がその人の髪の色に気を取られていると、通りがかった席に座っていた客の一人が私に話し掛けてきた。
「おお。お嬢ちゃん一人かい?
そんな隅の方に行かなくたって良いだろ、こっち来てオジサン達の相手でもしてくれや」
「……え?
お嬢ちゃんって……私のことですか?」
「そうそう、あんただよ。
可愛い顔してんじゃねぇか。ほら、こっちに来いって」
最初に声を掛けてきた人と同席している人が私に向かって手招きをする。
2人とも真っ赤な顔をして、机の上には、空になったお酒の瓶が何本も転がっていた。
真昼間からこんなにお酒を飲むなんて……と、私は何となく嫌な予感がし、後ずさりをした。
「い、いえ。私、すぐに帰りますので……」
「連れないこと言うなや。
今日は、この国のお姫さんの誕生日ってやつで、めでたい日なんだからよぉ」
(この国のお姫さんって……あ、私か)
どうやら私の誕生日にかこつけて、真昼間から堂々と酒を飲んでいるということらしい。
「もっと優しく扱ってやんねぇと、怖がってるだろ?
なぁ、おい。オジサンが優しくしてやるからよぉ」
最初に声を掛けてきたオジサンが痺れを切らして席を立ち、私の方へと近寄ってくる。
逃げよう、と入って来た扉に向かおうとした私の腕をオジサンの一人が掴んだ。
「や、やめてくださいっ!
人を……女将さんを呼びますよ!」
「ぁあ? 何だと、こらぁ。
調子に乗ってると、いくら優しい俺でも怒っちゃうよ?」
「その格好からして、どっかの金持ちの娘さんってとこか。
プライド高くてしょうがねぇや」
いつの間にか、もう一人のオジサンも席を立ち、私に迫って来ていた。
まずい、と思いながらも、私は、反論せずにはいられなかった。
「プライドの問題じゃないでしょう。
レディに対して失礼だわっ!」
毅然とした態度で言ったつもりだった。
しかし、途端に、オジサン達の私を見る目つきがイヤらしいものへと変わる。
「へぇ~、レディねぇ。
んじゃあ、本当にレディかどうか、オジサン達が確かめてやるよ」
オジサンの吐く息から強いお酒の臭いがして、私は顔をしかめた。
「なっ、何言って……
ちょっと離してよっ!」
「そう連れない事言うなって。
レディならレディらしく振る舞ったらどうなんだよ」
酔っ払いと言えど、相手は大人の男性だ。
掴まれた腕を振り払うこともできず、私は、急に怖くなった。
(やだ、本当にどうしようっ……!?)
声を上げれば、奥の部屋にいる女将さんが気付いて駆け付けてくれるだろう。
でも、そうなれば店の評判を落とす事にはならないだろうか。
そんな事を考える余裕があったのは、店に他のお客さんがいたからかもしれない。
だからと言って、その人達が私を助けてくれるという保証はない。
普通の人であれば、面倒事には関わりたくない、見て見ぬふりをするのが一般だろう。
「見苦しいな。せっかくの酒が不味くなる」
突然、私のすぐ傍で声がした。
驚いて振り向くと、そこには、金色に輝く髪を持つ一人の男性が立っていた。
(え……あ、さっきカウンターに座っていた人?)
「あ? 誰だ、テメェ」
横槍を刺されて気を悪くした2人のオジサンが凄んで見せるが、その金髪の男性は、眉一つ動かさない。
(……冷たい、眼……)
氷のように冷たく光る青い瞳。
私は、まるで魅せられたかのように彼の瞳から目が離せなくなった。
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