リュグド=エルバロフ 編

第6話 教会

 これからどうしようか、と考えた時、どこからか教会の鐘の鳴る音が聞こえてきた。


(そう言えば……町外れにある教会の噂を聞いた事があったわ。

 確か、そこで祈りを捧げれば、願いが叶うって……)


 レヴァンヌ国の宗教は、一神教だが、あまり規制が厳しくないので、

 そういった何を信仰しているのか解らないような教会も多々とある。


(噂は、あくまでも噂だけど……

 私の王子様が見つかるように、お願いしちゃおうかしら♪)


 前から気になっていたというのもあり、私は、鐘の音が聞こえてくる方へと歩いて行った。


(……あ、あったわ。

 たぶん、ここよね?)


 鐘の音に誘われるように街外れまで来て見ると、そこには、古ぼけた小さな教会が佇んでいた。

 大体の場所は噂で聞いていたとは言え、鐘の音が聞こえていなかったら気付かない程、町からは孤立している。

 まるで目には見えない何かに導かれているような錯覚を起こしてしまいそうだ。


 誰もいないと思って扉を開けると、祭壇の前に誰かがこちらに背を向けて立っているのが見えた。


(わぁ……髪の毛が、空の色……)


 目の冴えるような水色の髪をした青年の姿がそこには居た。

 この国では、珍しい色だ。おそらく外国の人だろう。

 祭壇の方を向いていて顔は見えないが、私の存在に気付いてか、青年がこちらを振り向く。


「……リリー?!」


(え?)


「あ……」


 一瞬にして彼の表情が変わる。

 その表情があまりにも切なくて、見ている私の胸が痛くなった。


「あ、あの……えっと……」


 私が戸惑っていると、青年がこちらへ近づいて来た。

 その表情には、先程のような激しい感情の色は見られない。


「ごめんね。人違いだったみたい」


「……あ、いえ」


 笑顔の優しい人だな、と思った。

 その所為か、辺りの雰囲気までが柔らかな空間に包まれている気がする。


「ここへは、お祈りに来たの?」


「ええ、まぁ。

 ……素敵な噂を耳にしたもので」


「素敵な噂?」


「御存知ないですか?

 ここの教会で祈りを捧げれば、願いが叶うという噂の事です」


「願いが……。

 そう、知らなかったな。初めて聞いたよ」


「それじゃあ、きっと見つかりますよ。

 その……リリーさん、って人」


「え……?」


「……あ、私の勘違いだったらすみません。

 さっき、祭壇に向かってお祈りをしていたように見えたので」


 それに、と私は続けた。


「私を見て、誰かと勘違いしてらしたみたいだから、誰か人を捜しているのかなって……」


 その言葉に、一瞬、青年の表情が曇る。

 しかし、それはすぐ笑顔に隠れてしまった。


「いや。確かに人を捜してはいるけれど……。

 特に祈っていたわけじゃないんだ。

 こんな事を教会で言うのは、不謹慎かもしれないけど……

 僕は、神様というものを信じていないからね」


「無宗教なんですか? 珍しいですね。

 ……まぁ、私もあまり宗教には興味ないですけど……あれ?

 でも、それなら、どうしてここに……?」


「偶然、近くで鐘の音が聞こえてきてね。

 何だか引き寄せられるみたいにここに来てしまっていたんだ。

 ……おかしいよね」


(え……うそ。

 私と、同じ……?)


 私は、胸がとくんと高鳴るのを感じた。


「じゃあ、そろそろ僕は行くね。

 君も、あまり遅くならないうちに、家に帰った方が良いよ。

 最近、この辺りは物騒らしいから」


 そう言うと、青年は、私の横を通り過ぎて、扉の方へと向かった。


「……あ、そうそう。

 君の夢を壊す気はないんだけど……」


「え?」


 声を掛けられ、私は、後を振り向く。

 青年は、ちょうど扉の取っ手に手を掛けたところだった。


「願い事は、神様にお祈りするよりも、自分の力で叶えるものだと、僕は思うな。

 ……それじゃあ」


 開かれた扉から光が差し込み、彼が光の中へと消えていく。


(あ、だめ……!)


 何がダメなのかも解らず、私の胸の内がざわめいた。

 このまま彼を行かせてしまったら、そのまま消えてしまうような気がしたのだ。



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