第16話 白い謎の男

 しばらく歩いて辿り着いた場所は、村外れにある小さな広場だった。

 暗闇に慣れてきた目で辺りを見回すが、人がいるような気配はない。


「おいっ!

 言われた通り、女を連れてきたぞ!」


 先頭を歩いていた男が足を止めて、声を上げた。

 しかし、暗がりから返ってくる声はない。

 男は、焦った様子で周辺の暗闇を探したが、誰もいない。


「おい、どこに……!」


 私の腕を掴んでいた男が苛立ちを押さえ切れずに叫ぼうとした時、突然、ソレは現れた。音もなければ、気配もなく。まるで最初からそこに居たかのように忽然と姿を現す。


 すぐ傍で男達が驚いて息を呑むのが解った。

 私も思わず息を止めた。

 真っ暗な闇の中から現れた白い人影は、まるでこの世のものではないかのように見えた。


 そして、ゆっくりと滑るように私達の傍へと近寄ってきたソレは、私達のいる場所から、ある程度の距離を保った位置で止まる。


 近くに来て解ったが、ソレは人の形をしており、白い影だと思ったのは、白い布のような物を全身に纏っていたからだった。


「へへ……、ほらよ。

 言われた通り、連れてきたぜ。

 約束だ、残りの金も渡しな」


 男の下卑た笑い声に、私は寒気を覚えた。

 白い人影が答える。


「その前に……

 お前に、確かめたい事がある」


 白い仮面を被っている所為で、顔は見えないが、その声音から男だと解る。

 白い謎の男は、真っ直ぐ私に向かって話しかけてきた。


「お前は、アイリス=レヴァンヌか?」


 あまりにも唐突な問いかけに、私は一瞬、言葉に詰まった。

 何故、この男は私の正体を知っているのだろうか。


「……何のことかしら。

 私は、そんな名前じゃないわ。

 人違いじゃないの?」


 私はなるべく冷静を装って答えた。男の目的が何か分からない内は、無闇に正体を明かすことはできない。

 そもそも、こんな形で私を無理やり連れて来た時点で、それが良い目的である筈がない。


「王都でお前が〝姫〟 と呼ばれるのを聞いた」


 私は、はっとした。

 商店街での、ルカとの会話を聞かれていたのだろう。

 まさか誰かに聞かれているとは思いもしなかったのだ。


 白い男の声は、落ち着いていて、何の感情の色も見えない。

 むしろそれが余計に不気味さを演出している。


「正直に言え。さもなくば……

 お前を殺し、他の女を捜すまで」


(私を殺す気っ?!)


 私が思わず一歩後ずさると、私の腕を掴んでいないもう一人の男が、おい、と口を挟んだ。その声からは、自分たちが何かとんでもないことに巻き込まれそうになっている、という焦りと恐怖の色が感じられた。


「俺達は、この女を連れてくるだけで金がもらえるって話だった筈だ。

 その女が何者かなんて関係ないね。

 もう良いだろう。早く、残りの金を……」


 白い男が、自分に話しかけてきた男に顔を向ける。


「お前達には、生かしておけない理由が出来た」


 それは、まるで一瞬の出来事だった。

 突然、白い男が消え、話しかけてきた男の前に現れる。

 そして、音もなく男が地に崩れ落ちた。

 私は、何が起こったのかまるで理解出来なかった。


「お、おい!」


 私の腕を掴んでいた男が倒れた仲間の元へと駆け寄る。

 私は、解放されたものの、男の様子が気になって、成り行きを見守った。

 男は、倒れた仲間の身体を揺さぶり声を掛けたが、ぴくりとも動かない。

 死んでいるようだった。


「お前、今……こいつに何をした?!」


 男が叫んだ。


「眠ってもらった。

 もう二度と、目を覚ます事はない」


 白い男が何てことないようにさらりと言いのけるのを男が驚愕の顔で見返す。


「ど、どうゆう事だっ?!

 話が違うじゃないか!

 俺達が一体、何をしたって言うんだ……!」


 白い男は答えない。

 私は、解放されたというのに、恐怖でその場から逃げ出すことも、動くことすらできなかった。


「……く、くそぉっ!!」


 白い男が自分の方へと一歩近づくのを見て、男は自分の身の危険を察知した。

 そのまま踵を返して、逃げ出すが、すぐに白い影に追いつかれてしまう。


 そして、先程の男と同じように地に伏せるのを見て、私は、声にならない叫び声を上げた。

 男は、悲鳴を上げる暇もなく死んでしまった。痛いと感じる事もなかっただろう。それだけ、あっさりとした殺し方だった。


「……どうして……」


 こんな事をするのか。そう口に出したつもりで、最後まで言い切る事が出来なかった。目の前で起こった惨劇に、身体は、まるで金縛りにあったかのように動かない。


「元々、生かしておくつもりはなかった。

 この事は、誰にも知られるわけにはいかないんだ」


 今度は、白い男が私に向かって近づいてくる。

 逃げなきゃ、と思うが、やはり足は言う事を聞いてくれない。

 むしろ、立っているだけでやっとだった。


「言え。お前の名前は何だ」


 有無を言わせない気迫。空気がまるで刃物のように痛い。

 これが殺意というものなのだ、と初めて知った。


「……私、は……」


 理由は解らないが、目の前の男は、 〝アイリス=レヴァンヌ〟を殺そうとしている。

 私が本名を言えば、すぐにでも殺されるだろう。


 しかし、ここで偽名を答えたとしても、先程の男達のように、この現場に居合わせた事で口封じに殺される事は明かだ。

 そして、目的を果たせなかった彼は、きっと他の無関係な人を殺すのだろう。


 白い男がするりと私に近づいて来る。

 恐怖で助けを呼ぶ事も出来ず、私は目を瞑った。


(……ルカ――――――っ!)

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