第15話 侵入者

 私が部屋で待っていると、馬小屋から戻ってきたルカが部屋をノックした。

 何も問題はなかったか、と聞くルカに、私は、力ない笑顔で首を横に振ることしか出来なかった。

 その後、二人で明日のことを話しながら、城下で買った携帯食を食べると、少し気持ちが落ち着いた。


「今日は、疲れただろう。

 明日の事も考えて、もう休んだ方が良い」


 ルカは、私の様子が少しおかしいのを見て、慣れない旅路のせいで疲れているのだと思っているようだった。

 私が素直に頷いて見せると、ルカは、何故か少し怖い顔をして言った。


「俺は、隣の部屋にいるから、何かあったら、俺を呼べ。

 すぐに駆け付ける」


「何かって、何?」


「実は、さっき馬小屋に行った時、この辺りを探索してみたんだが……」


「だから戻ってくるのが遅かったのね。

 何か見付けたの?」


 ルカは、何か言おうと一度口を開いたが、すぐ思い直したように首を横に振る。


「…………いや、俺の気のせいかもしれない。

 だが、用心に越した事はない」


「もう、ルカったら心配性なんだから」


「いいか、窓の鍵は、ちゃんと閉めておけよ。

 あと、ドアの鍵も二回は確かめて……」


「わかった、わかった。わかりましたー!」


 私は、いい加減ルカの過保護さに呆れて、部屋の外へとルカの背中を押しやった。


「本当に解ってるのか?

 ……まぁ、いい。あとは、ゆっくり休め」


 納得のいかない顔をしながらも、ルカは部屋の扉を閉めて行った。

 真面目なルカは、いつも眉間にしわを寄せている。

 私は、しわの跡が残って消えなくなるわよ、といくら言っても聞かない。

 その度に、ルカは……


『心配するのが私の役目なんです』


 ……と言う。


(あれは、絶対ハゲるわね……)


 想像すると、少し笑えた。

 ほんの少しだけ、気持ちが楽になった気がする。


「さすがに今日は、ずっと馬に乗ってた所為で疲れたわ。

 もう寝よう……」


 そして、私は、少しカビ臭いベッドに身を預けた。



 アリスがぐっすり眠っている部屋に、カタ、カタと不思議な物音が響ている。

 木でできた窓が音を立てて揺れ、やがてキィと音を立てて外側へと開いた。

 灯りの消えた暗い部屋の中に、外からの星明りが差し込み、床に二つの影を落とす。

 影は、部屋の中へ入ると、静かに音を立てないようベッドへと近づき、何も知らないまま眠っている目的のものを見つけてほくそ笑んだ。


「……くくく、よく眠ってやがるぜ。

 今回は楽勝だな」


「おい、油断するなよ。

 久しぶりの獲物なんだからよ」


 暗闇の中からくぐもった知らない男の人の声がする。


(……ん、なに……?

 人の、声…………?)


「わかってるさ。

 それに……こっちの用事もあるしな」


 私は、眠い目を薄っすらと開けて見た。


(……夢?

 ……人影、が…………)


「……とっとと済ませちまおう」


「ああ」


 突然、何者かによって私のシーツが剥ぎ取られる。

 反射的に叫ぼうとすると、もう一人の角張った手によって口を塞がれた。


「おっと、起こしちまったか。悪ぃな。

 眠ってりゃあ、怖い思いもせずに済んだんだが……」


(な、なに……?!)


 危険だと、私の本能が知らせていた。

 しかし、逃げようと身をよじらせても、肩と腕を捕まれ、身動きが取れない。

 その力と声質から、それが男のものだと解る。


「おい、手荒なマネはするなよ。

 無傷で渡す約束だからな」


「わかってるって。

 報酬は、たんまりもらったんだ。約束は守るさ」


(……約束……報酬……?)


「さあ、大人しく俺達に従うんだ。

 そうすりゃ、危害は加えん」


 出来れば自力で逃げ出したかった。

 しかし、私を拘束する男の力がその可能性を否定する。


(……コワイ……)


 自分の力では、どうする事も出来ないと察した途端、私は、急に恐怖を感じた。

 大人しくなった私を見て、男達が勘違いをする。


「そうそう、よくわかってるじゃねーか。

 大人しくしとくのが一番さ」


 誰が、と内心で私は毒突いた。

 深夜に女性の寝室へ無断で侵入し、このような不当な扱いを受けたのは、産まれて初めてだ。自尊心を傷つけられ、腹立たしく思う気持ちを、私は懸命に抑えた。


(……ルカがきっと助けに来てくれる)


 その時、私の口を塞ぐ男の手が一瞬緩んだ。その隙を逃さず、私は思いっきり男の手に噛み付いてやった。


「いっ……!」


 男が私に咬まれた手を離し、声を押し殺して痛がる。そうして自由になった口で、私は力の限り叫んだ。


「ルカっ……!」


 しかし、恐怖で思った以上に声が出ない。もつれるように扉へ逃げようとしたところで、背後からもう一人の男に捕まった。


「こ、こいつ……黙れっ!」


「離し……てっ……!」


 一度騙された事で、今度は男の抑えつける力に手加減はない。

 男の一人が、手巾のようなもので私の口を塞ぎ、持っていたシーツで私の身体をぐるぐる巻きにした。手足の自由を失った私は、そのまま、もう一人の男の肩へと担がれる。


 男達は二人組のようだった。

 一人が先に窓から外へと出ると、私を担いでいた男が窓枠越しに私を外に居る男へと渡す。

 私は、成すすべもなく、男たちに外へと引きずり出された。

 外気が寝起きの肌を冷たく刺す。

 男達は、乱暴に私を担ぐと、どこかへ向かって移動を開始した。


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