第3話 5人の王子

 レヴァンヌ城の謁見の間にて、玉座に向かって5人の王子たちが横1列に並んでいる。玉座には、王冠を被って豊かな髭を蓄えた貫禄のある中年男性が腰掛け、年若い王子たちに親しみやすい笑顔を向けていた。


「本日は、遠い所から我が国へよくぞ参られた。

 国を挙げて歓迎しよう」


 レヴァンヌ国王その人である。

 5人の王子たちの中で1番背の低い黒髪の少年が一歩前に出ると、丁寧な所作でお辞儀をした。


「こちらこそ。

 この度は、アイリス王女の生誕祝にお招き下さり、誠にありがとうございます」


 遠い東にあるりん王国から来た、【琳 楊賢ようげん】王子だ。


 すると、空色の髪をした青年が一歩前に出た。


「私からも御礼を。

 アイリス王女が16歳の誕生日をお迎えになること、心より嬉しく思います」


 北西にあるエルバロフ国から来た、【リュグド=エルバロフ】王子だ。彼が柔らかな物腰で上半身を傾けてお辞儀すると、綺麗に切り揃えられた空色の髪がさらりと音を立てて彼の顔半分を覆い隠した。

 

 二人の言葉を聞きながら、国王が満足そうな表情で頷く。


「ありがとう。

 このような立派な貴殿達を迎えることが出来て、我が娘のアイリスもさぞ喜ぶことだろう」


 見事な金色の髪を肩まで伸ばした背の高い青年が一歩前に出た。


「その姫君は、今どちらに?

 本日は、お顔を拝見させて頂けるのでは?」


 マフィス国から来た【オーレン=マフィス】王子だ。まるで作り物のように美しく整った顔立ちをしている。


 国王は、その問いかけに、深刻そうな表情で顔を曇らせると、ううむ、と唸った。


「……実は、そのことで私の口から話さなければならない事があります」


 楊賢が眉をぴくりと動かすと、真っ先に口を開いた。


「……と、言いますと?」


 国王は、どうしたものかと視線を宙に泳がせると、深いため息を吐いた。


「昨夜、何者かが我が城へ侵入し……我が娘、アイリスを浚ってしまったのです」


 その衝撃的な事実を聞いた5人の王子たちは皆、驚きの表情で国王を見上げた。

 燃えるような赤い髪をした一番体格の良い青年が一歩前に出て、口を挟む。


「浚われただとっ?!」


 ジグラード国の【アラン=ジグラード】王子だ。その緋色の瞳には、怒りよりも好奇心の色の方が強かった。


 それまでずっと黙っていた、オレンジ色の髪をした少年が一歩前に出ると、悲痛な叫び声を上げた。


「ひどいっ!

 一体、誰がそんなことを……?」


 レジェンス国の【リアード=レジェンス】王子だ。まだ幼さの残る顔立ちをしてはいるが、この中で一番アイリスと歳が近い。


(本当は、またアイリスが自分から城を抜け出したんじゃろうが……

 そんなこと、国賓である王子たちには言えんからな)


 内心とは裏腹に、国王は、娘を誘拐された父親を必死で演じてみせた。

 もし、婚約前に姫が逃げ出したと解れば、深刻な外交問題になる。どうやら今のところ誰も疑ってはいないようだ。

 国王は、5人の王子それぞれの反応を確認すると、難しそうな面持ちで首を横に振った。


「残念ながら……犯人は、まだ解らない」


 その言葉に王子たちが深刻そうな表情で俯く。これでは、生誕祝いや婚約の話どころではない、といった様子だ。


 しかし、オーレンだけは、どこか納得のいかない顔で国王を見上げた。


「……腑に落ちないな。

 何者かは知らんが、そう簡単に城の警備を掻い潜り、アイリス王女を浚う事が可能だろうか」


 それを聞いて、他の王子たちの顔に疑念が浮かぶ。


「た、確かに……。

 警備の厚い城内にわざわざ忍び込んでくる輩なんて……正気の沙汰とは思えませんね」


 リュグドがオーレンの言葉に同調して、考えるような仕草をする。


 国王は、内心焦った。


(ほぅ、なかなか鋭いの……

 確かこの中で一番の年長者じゃったか。

 顔だけじゃなく、頭も切れそうじゃわい。

 ……じゃが、ここはどうしても納得してもらわんといかん)


「それとも……

 この城は、そう易々と何者かの侵入を許す程、警備が緩いとでも仰るのか?」


 オーレンの挑発するような口調に、国王がどう説得しようかと思案していると、王子たちの後方から声が上がった。


「全ては、私の過失です」


 王子たちが一斉に声のした方を振り返った。そこには、軍服を身に纏い、栗色の髪を一つに束ねた青年が立っていた。

 

「彼は?」


 楊賢が国王を振り返って訊ねた。


「おお、これは失礼。ご紹介が遅れましたな。

 ……ルカ、ご挨拶を」


 国王に〝ルカ〟と呼ばれた青年は、右の拳を自分の左胸に当てて敵意がないことを示すと、王子たちに向かって真っすぐ一礼して見せた。


「この国で近衛隊長を務めさせております、ルカ=セルビアンと申します。

 以後、お見知りおきを」


 アランが相手の力量を見極めるかのように、ルカの頭から足まで視線をやった後、どこか面白がっているような表情で口笛を吹いた。 


「ふーん、近衛隊隊長さんにも手に負えなかった、と。

 よほどの手練れらしい」


 そんなことはどうでもいい、というようにオーレンが冷めた目で国王を振り返った。


「だから姫はここにはいない。

 よって、この婚約話はなしとしてくれ、とでも?」


 国王が慌てて両手を上げる。


「とんでもない。

 むしろ、その事で、貴殿らにお願いがあるのです」


 その言葉に、リアードが振り返り、首を傾げる。


「どういうこと?」


(しめしめ、ルカのお陰で話が逸れたわい。

 これで本題に入れる……)


 国王は、内心ほっとしながら話を切り出した。


「わざわざ来国して下さったというのに、誠に心苦しいのですが……」


 国王は、5人の王子たちが見上げる中、堂々と悲劇の父親を演じ続けた。


「どうか姫を見つけ出し、連れ戻して下さらないだろうか?

 ついては、姫を無事に連れ戻して下さった王子に姫を承りたい」


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