第2話 思い出の物語

 アイリスは、近くの椅子に腰を下ろして、その本を読み始めた。


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 あるところに、ひとつの小さな国がありました。

 その国には、一人のお姫様がいました。

 そのお姫様は、たいそう美しく聡明で、その事は、他の国々まで広く知れ渡っていました。

 王様は、愛するお后様を早くに亡くした為、そのお姫様をそれはそれは大事にしていました。

 お姫様は、誰の目に触れることなく、お城の中で幸せな日々を過ごしていたのです。


 ある年、王様は新しいお后様を迎えることとなりました。

 お后様は、それはそれは美しく、その姿を見た誰もが息を呑む程の美しさでした。


 しかし、王様がお姫様を大事に想う気持ちを妬んだお后様は、

 ある日、お姫様を森の奥深くにある塔の中に閉じこめてしまったのです。

 王様は、突然に姿を消したお姫様を想って、嘆き悲しみました。


 そこで王様は、国中に次のような御触書を出しました。


 『お姫様を無事に見つけ出し、連れ帰った者をお姫様の婿としよう。』


 この御触書を見た若者達は、お姫様を手に入れる為、国中を探して回りました。


 それに困ったのは、お姫様を隠してしまったお后様です。

 様々な罠を仕掛けて、お姫様を捜す若者達の邪魔をしました。

 そのせいで、お姫様を探そうと試む若者たちが次々と脱落していきます。

 王様は、また嘆き悲しみました。

 もうお姫様を捜し出してきてくれる人は、いないのでしょうか?


 しかし、お后様の罠にも負けず、お姫様を捜し続ける一人の若者がいました。

 それは、とある国の王子様でした。

 そして、王子様は、とうとうお姫様が閉じこめられている塔を発見したのです。

 お后様は、居ても立ってもいられず、自らの姿を竜に変えて、その王子様の行く手を阻みます。

 それでも王子様は、勇気を振り絞って竜と闘い、ついに竜を倒すことに成功しました。


 こうして、お姫様を塔の中から助け出した王子様は、約束通り、お姫様と結婚し、

 二人は幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。


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「……私と少し、境遇が似ているわね。

 私のお父様は、未だに独り身だけど」


 それは、何度も何度も読み聞かされた物語。

 王子様がお姫様を助けてくれる件が特に好きで、まだ字が読めない頃は何度も読んでくれとせがみ、侍女を困らせたものだ。


 憧れていた、夢見ていた、幼い頃の記憶。

 どうして忘れてしまっていたのだろうか。


「でも……」


「〝何故、塔に閉じこめられたお姫様は、

 自分から王子様を捜しに行こうとはしなかったのかしら〟」


 幼い頃に、そのような疑問を抱いて侍女に聞いた事があった。

 しかし、その度に答えはいつも決まっていた。


『そうゆう物語なんですよ』


 それでは納得出来ず何度も質問をするアイリスに侍女達は、やはり曖昧な答えしか返してくれなかった。


 お姫様が塔から脱出できなかったから?

 自分を助け出してくれる人を試そうとしたのだろうか?

 それとも、自分を閉じこめた憎い継母をやっつけて欲しかったから?


 物語は物語なのだと、そう理解出来る年齢になった。

 しかし、物語のお姫様と自分の境遇が重なる。


(でも……でも、私は違う)


 この城から出ようと思えば出る事が出来る。ここに居るだけでは、誰かを試すことも出来ない。憎い継母もいない。


「私なら……

 待ってるだけのお姫様なんて、退屈すぎて死んでしまうわ」


 アイリスの心の中に忘れかけていた何かが込み上げてくる。

 そう、これは誰の物語でもない。

 『私の物語』なのだ。


「……ええ、そうよ。

 私がするべきことは決まっている」


――もう一度、夢を見たい。――


 その日の夜が明ける頃、レヴァンヌ城から一人のお姫様の姿が消えた。

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