私の王子様~あなたの王子様は誰ですか?~
風雅ありす
【プロローグ】※共通シナリオ。
第1話 マゼンタ色の髪の姫君
レヴァンヌ城にある美しい庭園に、一人の少女がいた。
少女が歩く度に、癖の付いたマゼンタ色の髪がふわふわと揺れる。誰が見間違う筈もない。この城主の一人娘、アイリス=レヴァンヌ姫だ。
「はぁ、暇ねぇ~……」
アイリスは、その日何度目かになる溜め息を吐いた。城外に出ては行けない、と言われたから部屋に居たのに、今度は不健康だと言われ、こうして追い出されたのだ。
(……部屋の掃除だなんて、毎日やってるのに。
いくら明日が大切な日だからって、
あの部屋のどこを掃除する必要があるのかしら)
小国とは言え、一国の王女の部屋。派手ではないが質素でもない煌びやかな調度品の数々に囲まれ、部屋の隅から隅まで埃一つあってはならない、と言うのがメイド長の口癖である。
(みんな明日の準備で忙しそうだしなぁ。
今、この城の中で何もする事がないのは、私くらいでしょうね)
その時、ちょうど回廊を通りかかったメイドたちがアイリスの姿を見とめて、何かを囁くのが聞こえた。
「あ、ほら見て。アイリス様よ」
「まぁ、本当。
でも……お一人みたいね。
こんな所で何をしていらっしゃるのかしら」
「やだ、あの御様子を見て解らない?
きっと婚約の事がお辛いんだわ……」
「あ……そ、そうよね。
いくら一国のお姫様だからと言って、見ず知らずの人と婚約するだなんて、
辛くない筈がないわよね」
「お可哀相に……。
そっとしておいてあげましょう」
そう言って、メイドたちはアイリス姫に憐みの目を送りながら、その場を通り過ぎて行った。
アイリス姫は、聞こえてるわよ、と心の中だけで突っ込みを入れながら、ため息を吐く。
「……図書室にでも行こうかしら」
アイリス姫は、図書室のある方角に目をやった。空は、まだ明るく、今日一日がとても長く感じた。
レヴァンヌ城の一角には、誰も足を運ばない図書室がある。たまにメイドたちが掃除に来るくらいで、普段は誰もいない。
アイリスは、こうして一人きりになりたい時、よくこの図書室を訪れる。
(やっぱり図書室は、落ち着くわ。
静かで、本の香りが良いのよね)
(……それに、私を哀れむ目で見る人もいないし)
「……別に辛いだなんて、思ってないんだけどなぁ」
誰ともなしに呟いた声は、誰もいないがらんとした図書室に陰を落とす。
それは、先程のメイドたちが言っていた事を肯定しているようで、いたたまれなくなったアイリスは、手当たり次第に書物の背表紙を声に出して読み歩いた。
アイリスは、このレヴァンヌ国で唯一の王位継承者である姫君だ。彼女の母親が早くに亡くなった為、他に嫡子を持たないからである。
レヴァンヌ国とは、周りを海に囲まれた島国で、大国とまではいかないが、緑豊かで平和な国だ。
この国を狙った他国の王侯貴族らは、争うことなくレヴァンヌ国を手に入れようとアイリス姫との婚姻を求めた。それは、レヴァンヌ国が他国に支配される事を意味する。
そこで王様は、アイリスが16歳の誕生日を迎えるまで待つという条件で婚約話を引き延ばしてきた。
つまり、アイリスが16歳の誕生日を迎えたら、婚約者を決めなくてはならないということになる。
(明日は……私の16歳の誕生日…………)
自分には決められた結婚相手がいると、幼い頃から周囲に聞かされて育ったアイリスは、それを辛い事だとは思わなかった。レヴァンヌ国の一王女として、それが当たり前の事だから。
(婚約者候補の方達って、どんな人なのかしら。
明日の夜会前に、お会い出来るのよね)
明日の夜会は、アイリスの生誕祝とは名ばかりの、婚約者お披露目会である。正式な婚約発表は、また後日行われる事になるが、その場の行動一つで、婚約者が決まる事になるであろうことは、誰に言われるまでもなく明白であった。
アイリスが聞いた話では、婚約者候補の王子様は5人いるという。
(世の中には、結婚相手を選べない人だっていると聞いたわ。
私は、〝可哀相〟なんかじゃない)
周囲の人達は、政略結婚をさせられる悲劇のヒロインとして、アイリスを扱う。それは、彼女のプライドをひどく傷つけた。
「……あら、この本は……」
ふと何気なくアイリスが口にした本の題名は、どこか懐かしい響きのするものだった。本棚からその本を抜き取り、手に取ってみる。
「ふふ、懐かしい。
昔、眠れない時によく読んでもらっていたのよね」
その古びた表紙を捲って中を覗くと、益々それは、アイリスに幼い頃の記憶を蘇らせてくれる。
「……ちょっと読んでみようかな」
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