休歩(終章) 勇者、これからは。

第36話 勇者、労われる。

 ◆



「助かったよ。お前さんたち、本当にありがとう。この恩は一生忘れないよ」


 ――日を改めた後日、件の依頼主・マゼンタさんの酒場にて。


 涙ながらに礼を述べられる俺、王子、シド先輩、アリア。


「頭を上げてください、女将さん。無事に解決してよかったっす」


 初めての案件クエストを無事に解決でき、ホッとした反面、仲間に助けられてばかりでこれといった活躍ができなかったな……と、心持ち不甲斐なさを感じていた俺は、苦笑まじりにそう告げて女将を労わる。


 女将はそれでもと言わんばかりに再三礼を述べた後、「そうそうこれを」と、思い出したようにカウンター下からずっしりとした風呂敷包みを取り出し、俺たちに差し出した。


「これ、約束の報酬……三百万ベニーだよ」


「……!」


「アンタたちのおかげで店を守れたばかりか、無事にラウルも取り戻せたし、もういうことはない。どうかこれからの冒険資金にでも役立てておくれ」


 女将の後ろには、彼女を支えるように立つラウルの姿がある。


 二人は顔を見合わせて気恥ずかしそうな笑みを交わすと、さあ、といって風呂敷をこちらに寄せた。


「あー……」


 俺は、俺の後ろにいる王子やシド先輩、アリアの顔を順々に見た後、事前に話し合っていた通りその風呂敷を――女将に突き返すことにした。


「要らないっす」


「……え?」


「んー……いや、『要らない』じゃない、『受け取れない』か」


「どういうことだい? 約束通りの報酬なんだから、遠慮なんていらないよ」


 困惑顔の女将に、俺はぽりぽりと頬をかきつつも、揺るぎのない意志で告げた。


「みんなで話し合って決めたことなんです」


 俺は昨晩、俺の部屋に集まってみんなで話し合った時のことを思い出す。


 始めての受注となったクエスト。悪徳組織の悪事が明るみになってイエローグループは解体。代表のブリッツは島流になり、おそらくはもう二度と、この地に足を踏み入れることはできないし、被害に遭った人たちが報復を受けるようなこともないだろう。この界隈にもいずれまた、人や店や活気が戻ってくる。女将の店にも、かつて酒場を愛していた常連たちが戻ってくるだろう。だとすれば――。


「せっかく守りきった店なんだし、お客さんのためにも、自分らのためにも、この店を続けていくつもりなんでしょ?」


「え? あ、まあ、あたしはどっちにしろもう引退だからね。これからどうするかは新マスターのラウルが決めることだけど……」


 女将は自分の背後にいるラウルをチラ見する。彼は伏目がちな目を上げて女将を見たのち、迷いのない表情でこくりと頷いた。酒場を継続するつもりでいるらしい。


「だったら尚更、金が必要になるじゃないっすか」


「それは……っ」


「そりゃ俺らだって、色々目的があるんで資金は必要なんすけど。でもまだ訓練中の身だし、生活ができなくて困窮してるってほどでもないんで、そこまで急いでないっていうか……。……ですよね? シド先輩」


「まあね。王子に売りつけた魔道具のおかげで当面の生活費も安定しそうだし、俺はとりあえず生活ができて、冒険もできて、人生楽しければそれでOK♡」


 回復役の〝回〟の字もないところで、スポンサーが役に立っている。


 とまあそこはさておき、一番難所かと思われていたシド先輩のノリがよくて助かった。


「王子とアリアは……」


「愚問だ。俺は困ってるヴァリアントの民を救えればそれでいい」


「自分は殿……ゴホン。自分は全てにおいてイルさんの意向と同じです。例外はありません」


 こういう時だけはえらく格好よく見える王子と、殿下に忠義を尽くすアリア。だが――。


「(王子が『今すぐその大好きなセレンちゃんの体でヴァリアント湾に飛び込んで死ね』っつったら?)」


 シド先輩が小声でポソっと茶々を挟むと、アリアはキッと先輩を睨みつけ、


「(例外はない。殿下の御所望なら喜んで入水する)」


 と、揺るぐことのない忠誠心を見せている。


「(ふーん。じゃあ王子に『今すぐ国王を殺せ』、国王に『俺を殺すな』って同時に命じられたら?)」


 その返答では満足がいかなかったのか、シド先輩はさらに揺さぶりをかけて、返答に詰まるアリアで遊んでいる。


「……」


「(殺すの? 殺さないの? どうすんの♡)」


「(陛下を殺し、その後、なんとしてでも生き返らせる)」


 アリアはイラっとしたような顔で、張り合うような答えを突き返す。当然、シド先輩は鼻で笑った。


「(蘇生魔法の使えないポンコツ聖女がよく言うわ♡)」


「(あ? やんのかコラ)」


「(はっ。上等だよポンコツ聖女)」


「いい度胸じゃねえか、表にでやがれクソ音痴!!」


「ああ……? てめえのその可愛いツラ、二度と拝めねえよう闇魔法でぶち抜いてやろうか?」


「タイムタイムタイムタイムタイム!!! いいから落ち着けって二人とも!!!」


 相変わらずこの二人は仲が悪いようだ。でかいのとちっこいのが胸ぐらを掴み合い、無駄にばちばちと火花を散らしている。


 見た目だけならイケメンと美女の二人なんだけどなあと、俺は苦笑いで先を思いやられつつ……なんとか二人を仲裁してから、躊躇って顔を見合わせている女将とラウルの方に、改めて向き直った。

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