第35話 勇者、闇案件を解決する。

「いやいやいやいやいや……!」


 思わず半笑いになり、冗談として受け流そうとするも、


「僕、英雄記や冒険の書が好きで、今まで散々読み漁ってきたんで、たぶん間違いないです。師団のトップクラスの魔導士でもない限りあの技は……」


 心なしか平時より早口&どことなく目を輝かせているラウルは、やや前のめりで断言。


「いやいやいやいやいやいや……あのシド先輩が、まままままさかそんなヤバそうな組織の一員だなんて……!」


「あー……師団のこと? 俺、その傍迷惑な組織、もうすでに抜けてっから無関係ー」


 だがなおも信じようとしない俺に、イヤカフの通信機越しに語りかけてくるシド先輩。


「……」


「その組織名、耳にすんのも不快だし、俺、『仕事』で『魔法』を使うのはもう辞めたからー」


「辞めたって……いやいやいやいやいや。っつか……てことは……魔法だのなんだのって、マジなんすか……?」


「言ったじゃん? 俺、転職組だって♡」


「……………。じゃあ前職っていうのは…………」


「魔法使い♡」


 いやいやいやいや『魔法使い♡』じゃねえよ。なんなんだよその転職、大魔法使いからデスボイスで全世界路上ライブとか、そのキャリアプランどうなってんだよ!!!!!?


 ……などという全力のツッコミは、うっかり口からこぼれ落ちる前に必死に飲み込んだ。


 あの鬼のような黒魔術で闇に葬り去られるのは絶対にゴメンだ。


「…………」


「つか……んー……この魔法、久々使ったけど、やっぱマジしんど……早く帰って美味いもんでも食って寝ようぜ……」


 俺がヒヨっている間に、シド先輩はいつの間にか建物内にいる俺達のそばまでやってきていた。ひどく眠たそうな顔をしている彼は、呑気に欠伸をこぼしつつ、長い腕を伸ばして、窓越しに呆然としているブリッツの髪の毛をむんずと掴み上げる。


「…………で? 誰が軟弱そうなクソ音痴だって?」


 シド先輩、『音痴』って言われたこと、絶対根に持ってるって……!


「ひっ!! ぼ、ぼぼぼぼ暴力反対……」


「証拠ごと全部消しちまえば問題ないんだろ?」


 ブリッツが青ざめながら身を引こうとするも、目を据わらせたまま微笑んでいるシド先輩は、格上のやり方で揉み消そうとしている。


「そっ、そそそそそれは……」


「ねえー。それよりさー。早く帰って寝たいんだけど、アンタはどんな闇魔法で消えたい?」


「ひ、ひいっっ」


 にこにこ笑いながら圧をかけてくるシド先輩から、ジタバタと暴れて命かながら逃げ出すブリッツ。だが、逃げた先の部屋の出口には、いつの間に移動していたのか、王子が立っていた。


「よう」


「くっ、どっどどどど退けよてめえっっ。は、早くしないとあの魔導士に消され……」


 青ざめた顔で目の前に立ちはだかる王子を睨みつけるブリッツだったが、王子の顔を見て、何かに気がつき、目を擦っている。


「……ん? アンタの顔、どこかで……」


「ああ。他人の空似だろう。そんなことより、お前の暴挙および暴言は全てこの魔道具ボイスメモにインプットしたぞ」


 王子は手に持ったペンタイプの魔道具をヒラヒラとちらつかせ、逃げようとするブリッツを牽制。


「な……」


「そこに内情に詳しそうな証言者もいることだしな。専門の機関に依頼し、これまでの組織ぐるみの悪事も徹底的に調べ上げてしかるべき審議にかけ、相応の処罰を受けてもらうことにしよう」


 王子が指している証言者というのは当然ラウルのことだ。王子に視線を投げられたラウルは、半信半疑ながらも力強く頷き、徹底抗戦の構えを見せている。


「な、な、な……ふ、ふざけんなっっ!!」


「おっと」


 ブリッツが逆上したようにボイスメモに向かって飛びかかろうとしたので、ハッと我に返った俺は素早く身を乗り出し、ブリッツの片腕を捻り上げながら拘束する。


「あ、あだだ……!!」


「あっぶね。往生際悪いなお前。イルさん相手じゃ逃げらんねーだろうから、もう諦めろって」


「よくわかってるじゃないかアッシュ。俺は、一度定めた標的を仕留めるためなら地の果てまで追いかける」


 苦笑しながら揶揄した俺だったが、王子のストーキング宣言はガチトーンだった。


 怖ッと引き笑いする俺に構わず、王子は徹底的に標的を追い詰める。 


「外にいる蟲師も今頃アリアが捕縛してる頃だろうし、そろそろ俺が招集した騎士団や魔法隊も駆けつける頃合いだ。お前はもう、誰も何もアテにはできない。イエローグループは本日をもって解体。代表であるお前は島流にでもして、二度とヴァリアントの地を踏めないよう取り計らってやろう」


「な、なん……」


 王子がまるで魔王のようにほくそ笑んだ時、建物の外に馬に乗った騎兵隊が駆けつけるような蹄の音が聞こえてきた。視線を向ければ、窓の外にヴァリアント王国の国章を腕に付けた騎士、魔法士達が馬に乗ってワラワラと集まってきている。


「!?!?!? なっ、なんでこんなところに王国騎士団や魔法団が!?」


「さあな。……よしアッシュ、連れて行け」


「うっす」


 王子に顎で指示され、俺は魔王に仕える子分のようにブリッツの巨体を酒場の入り口まで引きずって歩く。


「ち、畜生ォォォ……! な、なんなんだよ⁉︎ クソ、覚えてろよ貴様らッッ!!」


 なおも往生際悪く暴れるブリッツを無視し、難なく入り口に辿り着いてドアを開けると、外には王子の宣言通り、整列して悪人の投降を待つ王国騎士団や魔法団の姿、傍らで蟲師を捕縛し、跪いて待機するアリアの姿があった。


(アレ。俺の活躍は……)


 などと思いつつも、騎兵隊たちに引き渡すよう、ブリッツの体をペッと外に放り出す。


「一昨日きやがれクソ野郎」


 とりあえず最後は溜飲を下げるようそう吐き捨てて、いかにも俺が始末したかのような体でぱんぱんと手を叩いてから店の扉を閉じる。


 かくして俺たちは――、難攻不落と呼ばれていた幻の闇案件に終止符を打ったのだった。



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