第34話 勇者、パイセンの謎を知る。

 ◇



 室内にいたラウルと女将さんは目を見開いて身を寄せ合い、俺はというと、


「あっ。ちょ、待っ!」


 慌てて飛びつくようにブリッツに掴みかかったが、こいつを止めたところで、外にいる蟲師の召喚魔法は止まらない。


「はっ!! ザマアねえなあ。泣こうが喚こうがもう遅ぇ! クソ生意気なてめえに、お望み通り生き地獄を見せてやるよ!!!」


「……っ!」


 むしろ油断した隙に逆に胸ぐらを掴まれたかと思えば、窓際の壁にダンッと叩きつけられ、羽交い締めにされ、無理やり顔を引き上げられて外を向かされる。


 身動きが取れないままの俺を脇目に、ブリッツはくつくつと笑った。


「よーく見とけ雑魚。戦うしか脳のねえ底辺と違って格上には格上のやり方ってもんがあんだ。社会のルールを無視して俺らに刃向かったこと……心底後悔させてやるよ」


「くっ」


「おい 蟲師ケニー! とりあえず手始めに、あそこにいるジャカジャカうるせえ軟弱そうなクソ音痴吟遊ヤロウからぶっ潰せ!!」


「なっ」


「このガキに『大事な仲間』が目も当てられねえほど甚振られて惨殺されるところを見せつけて、二度と生意気なクチがきけなくなるようにしてやれ!!!」


 指示を出しながら、さも愉快そうに高笑いするブリッツ。


 蟲師は頷き、召喚したばかりの巨大な蠍……凶悪モンスターに、シド先輩への攻撃指示を出している。


 やべえ、そうくるかよ! シド先輩が危ねえ!! と、愕然とし、必死に拘束から逃れようと暴れるが、巨躯に押さえつけられ身動きが取れない。


 まずい……と肝を冷やした俺だったのだが。


「……あ?」


 シド先輩周辺の空気が、一瞬にして冷ややかに凍りついたのが傍目にも分かった。


「誰が……軟弱そうなクソ音痴、だって……?」


「あ、アレ……?」


 何やら逆鱗に触れたらしい。負のオーラが渦巻いて暴走を始めるような……そんな不穏な気配を感じ、こいつァ別の意味でヤバいぞと、俺はダラダラと冷や汗を垂らす。


「あ、あの……シド先輩……?」


 返事はない。シド先輩は腕に抱えていた弦楽器をくるりと回転させて地面に突き立てる。すると驚いたことに、弦楽器がドロンと白煙を上げて、なにやら格式高そうなロッドに変形したではないか。


「え? え?? え???」


 そもそも弦楽器が杖に変わった時点でいったい何事なんだと目を疑ったのだが、シド先輩の不穏な動きはここからが本番だった。静かに瞳を閉じ、妙に厳かな雰囲気でブツブツと呪文・・を唱え始める。


「ちょ、ま……し、シド先輩……?」


(ま、魔法……???)


 その殺気立った空気は、単なる怒りだけで構成されているものではない。魔力ゼロの俺にでさえビンビンと伝わってくるような、ドス黒い闇の魔力的な何かを感じる。


 これには蛹型モンスターと対峙していたアリアも、新たな敵に自慢の短銃アイボウで対抗しようとしていた王子も、手を止めてシド先輩を注視する。


 ざわりと震える大気。その場に犇めいていたモンスター達が、妙な空気に呑まれるよう、動きを静止した。


「ん? おいどうした 蟲師ケニー。さっさとあの〝騒音〟野郎を……」


「『愚か者に死の裁きをジャッジメント・オブ・デス』」


 ブリッツの疑問を遮るよう、シド先輩の形の良い唇からこぼれ落ちた呪文。


 その呪文の意味を理解している暇などなかった。魔法を発動したシド先輩を中心に、瞬く間に広がっていく強大な闇の波動。


「なっ⁉︎」


「え」


「うおっ⁉︎」


 周囲にいた凶悪モンスターたちが、次々と悍ましい闇に呑まれて消え去っていく。その場にいたアリアや王子、そして建物越しにそれを見ていた俺は、凄まじいほどの熱量で駆け抜けていく黒い波動に呑み込まれないよう腕で顔を覆い、足を踏ん張りながら、ただただ辺りが鎮まるのを待った。


「……っ」


 悪夢のような一瞬が終わり、やがてあたりに渦巻いていた不穏な空気がすうっと霧散していくのを肌で感じる。


「……」


 恐る恐る目を開けた俺は、目の前の光景に愕然とした。


「な……」


 その場に残っていたのは、一仕事を終えて一息つくシド先輩と、呆然と佇むアリア、王子、木の陰で腰を抜かしている蟲師、そして建物内にいる俺たちと、無傷の酒場のみで、店の外に群がっていたはずの大量モンスター達の姿は、なに一つ跡形も残っていなかった。


「な、なん……」


 これにはさすがに、俺のすぐ後ろにいたブリッツも口をぱくぱくとさせて、しきりに瞬きを繰り返している。


「ちょ、なに、どうなって……」


「き、『禁断の黒魔術』……」


 室内の隅で、女将と身を寄せ合っていたラウルが、ポツリとこぼした。


「禁断の……黒魔術……?」


 目を瞬きながら繰り返し、ラウルに向かって首を傾げると、彼はこくりと頷いて続ける。


「史上最強の魔力者集団『月影の魔術師団』が、独自に継承している禁断の魔法です」


「え」


「中でも……今あの人が使った『デス』を掌る闇系の魔法は、師団の中でもトップクラスの四大魔術師にしか扱えない魔法と言われてるから……」


 え、え、え……⁉︎


 待て待て待て待て待て?


 史上最強の魔力者集団……? 四大魔術師…………???


「ちょ、ちょっと待て。てことは……シド先輩は……?」


「世界屈指の『大魔法使い』のはずです」


 俺の問いかけに、ラウルは神妙な面持ちで思いがけない事実を口にした。


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