第37話 勇者、二言はない。

「……と、まあ、とにかくそんなわけなんで。店の修繕なり再建費用にするなりで、今、本当に金が必要なのは、女将さんたちの方だと思うんすよ」


「……」


「だから俺たちのことは気にせず、その金はご自身達のために使ってください」


 せっかくの三百万ベニーをむざむざ手放すだなんて我ながら惜しい気もしたが、これはどうしようもない俺の性分のようなものだし、もう一度決めたこと。男に二言はない。


「お前さんたち……」


 感心したように俺を見てくる女将の視線がなんだかこそばゆくて、俺は、照れ隠しにさっさとこの場から退散しようと思ったのだが、ふとここで、それまでずっと黙ってやり取りを静観していたラウルが、その口を開いた。


「あの」


「……ん?」


「その……」


「なんだよ? 言ってみ?」


「えっと……その、貴方たちの『目的』って……?」


 じっと、真剣な眼差しで俺を見てくるラウル。


 俺は目を瞬きつつも、別に隠すようなことでもないので正直に告げる。


「あー、まあ、みんなやりてえことはバラバラなんだけど。とりあえず『ギルド』を創ろうかと」


「ギルド……」


「そ。俺ら、経歴の都合やらなんやらで、なかなか条件の合うギルドが見つからなくてさ。だったら創っちまった方が早くね? って。それで一攫千金狙って、この案件に手を出したってわけ」


「……」


「まあ、ゆうてもギルドがなきゃ冒険できないわけでもないし、一攫千金狙いの資金稼ぎなら『全土指名手配中賞金首の捕獲』とか、他にも目ぼしい案件があったからさ」


 ――と、俺が密かに第二候補として狙っていた二百万ベニーの案件を引き合いに出したところ、同じくそれまで黙って話を聞いていた王子が、思い出したように口を開いた。


「ああ、その案件なら、すでに引き下げておいたぞ」


「へ? 『引き下げる・・・・・』?」


 一瞬、王子の言っている意味がわからなくて、俺は眉間に皺を寄せて首を傾げる。


 何か思い当たることでもあるのか、王子の隣でアリアが急に苦々しい顔つきになり、顔を隠すように俯いていた。


「……どういうことっすか?」


「おまえの言っている『賞金首』とは、こいつのことだろう?」


 王子は懐から手配書のコピーを取り出し、俺に見せる。


 確かにそれは、俺が狙っていた案件の概要が書かれたものだ。色褪せた手配書には、精悍な顔つきのイケメン野郎が黄ばんだツートンカラーで写っている。


 俺が頷きを返すと、王子は俺にコソッと耳打ちをするよう呟いた。


「その賞金首、犯人は『アリアの本体こいつ』だ」


「……」


「はい⁉︎」


「国が国営の訓練校にのみ、内々に出していた極秘案件らしい。まあ、神官と逃避行中だというコイツの本体の行方は気になるが、それは追々こちらで捜索するとして、賞金首としてはもう不要な手配だと思ってな。上層部に事情を説明して、早急に取り下げておいたというわけだ」


 王子がそう囁いた途端、うッと呻き、顔を腕で覆って嘆くアリアと、俺らの会話を盗み聞きしてゲラゲラと大爆笑するシド先輩。


「ま、マジか……」


「ウハハハ、ウケる〜♡♡♡ なんだ、そういうことなら全力でとっ捕まえて処刑台に送るし、別に取り下げなくったってよかったのに〜♡」


「うるせえサド野郎! それ以上喋ったらその首刎ねんぞ⁉︎」


 アリアのやつ、シド先輩に抗議しながらガチで涙目になってるっていう。


「マジか……いや、マジかー……!」


 あまりにも衝撃的な事実だったため、もうそれしか言えずに語彙力消失する俺。


 また一つ、迷宮入り寸前の困りごとが解消して(いや、してねえけどさ)よかったのかよくなかったのかはよくわからないが、資金調達の当てが外れて俺はトホホと肩を落とす。


 やれ「おーこわ。これだから賞金首は♡」だの、やれ「おまえいつかぶった斬るから覚悟しとけよ⁉︎」だのと、押し合いへし合い揉み合いの取っ組み合いでヒソヒソわちゃわちゃしていると、今一度、それらを静観していたラウルが、「あのっ!!」と、声を張った。


「……っと、すまん。なに?」


 思い出したように振り返り、俺はラウルと向き合うように首を捻る。


 ラウルは震える拳をギュッと握り締め、勇気を振り絞るように言った。


「ギルド……創りたいんですよね?」


「ん? ああ、まあ」


「だったら、僕を仲間にしてもらえませんか」


 思いもよらない一言に、俺だけでなくシド先輩やアリアが一瞬、動きを止めて一斉にラウルを振り返る。


「……へ?」


 ラウルは決意漲る眼差しで俺を、王子を、シド先輩を、アリアを見渡すと、今一度、揺るぎのない意志を示すような口ぶりで言った。


「僕が、アッシュさんたちの『帰る場所』を作る」


「な……」


「僕に、ギルドのマスターをさせてください」


 ――と。

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